ネコと和解編-1
ミャーは想像以上に頑固だった。
『いいえ、もう決めましたから! 織田の家に潜入調査する!』
可愛い声だったが、もう「決めました!」と言わんばかりに大きい。思わず泉美はミャーの背中を撫で、説得を試みたがダメだった。
「おいおい、ミャー。そんな潜入調査なんてしたら、殺されるかもしれんぞ」
いつのまにか藤河もリビングにやってきた。事情を察した藤河は呆れつつも、ミャーを止めた。
『いいえ! 七道おじがどう言おうと私は潜入調査します。頭きちゃう! 絶対モフボウズを助けてベラちゃんの犯人も捕まえるんだから!』
ぷいっと頬を膨らませているミャーは、絶対に意見を変えるつもりはなさそう。それにソファの上でふんずり返るミャーに、大の大人二人が説得を試みている状況は、泉美を虚しくさせた。同時に、カフェの客来ない問題もどうでも良くなりかけた時だった。
昨日、事情を話してくれた金持ち夫人・美緒子が教会にやってきた。美緒子の耳にもカフェの悪い噂が入り、心配でやって来たのだという。
今日の美緒子は上品なワンピースを着込み、大きな帽子をかぶっていた。見るからに金持ち夫人だったが、ミャーと会うと目をハートにさせ、「クロ次郎きたわ!」と微笑む。ミャーはクロ次郎ではないが、誰も突っ込まない。ミャーも大人しく可愛いネコを演じ、潜入調査問題は一旦保留になった。
カモミールティーを飲みながら、事件の状況も美緒子と共通。
「そうね。モフボウズも織田って信者が誘拐して家にいる可能性は高いわ」
元カルト信者だった美緒子の言われると、説得力があった。
「儀式は満月の日か新月の日。そういう決まりなのよ。だから、まだモフボウズは生きている可能性が高いけど、のんびりはしてられないわ。一刻も早く織田を捕まえないと」
この美緒子の言葉に可愛いネコのフリをしていたミャーが顎をツンとあげてきた。美緒子はこのミャーの仕草のは気づいていなかったが、それに気づいたら泉美は複雑。これはもうミャーが潜入調査をする筋道が着々と整えられているのだが……。
「でも美緒子さん。この状況でどうやって織田を捕まえる? まさか自首なんてしないだろ?」
いつも毒舌で陰キャの藤河も珍しくまともな発言。
「そうですよ、美緒子さん。私も正直どうしたら良いのかわかりません」
泉美がこう言うと、またミャーはアゴをあげる。泉美はイラっとしたが、美緒子の前で文句も言えない。
「牧師さん、こういう時こそお祈りよ。他の人はできないけど、私達はクリスチャン。神様に聞いてみない?」
「美緒子さん、それはいいね。この事件も神様が見てる。神様に頼れば絶対大丈夫だ」
「ええ! 神様よ、絶対大丈夫!」
美緒子と藤河は子供のように目を輝かせ、本当にお祈りを始めてしまった。
その間、泉美は何もできない。意外と二人のお祈りの言葉はシンプルかつストレートなのは驚く。まるで本当の父親やとても親しい人に語りかけているみたい。
「ねえ、ミャー。そんなお祈りで答えなんて来るもん?」
『来るわよ。直接神様が語るケースは少ないけど、聖書の言葉からヒントを示す事が多い』
「ってミャー。あなた本当にキリスト教や神様に詳しいね? あなた、本当にネコ?」
小声でミャーと会話しつつ、そんな疑問も浮かぶ。なぜかこのネコはキリスト教の知識がある。藤河と暮らすうちにつけた知識なのだろうか。そもそも話すネコって何だ?
事件に巻き込まれ、この単純な謎を無視していた。藤河はネコが話すなんてよくある事と言っていた。ミャー自身も全ての動物は神様が創造したとも語っていたが、どう考えてもおかしい。
『そ、そんな事はどうでもいいじゃない』
「あ! まさかミャーの中に神様が入っているとか?」
確かそんなライトノベルを読んだ事がある。神社が舞台だったが、キツネの中に神様が入るあやかしファンタジー。
『そ、そんなバカな話はないわ』
今まで偉そうなほどのミャーだが、ヒゲをヒクヒクさせ、動揺している? どういう事?
泉美が首をかしげつ時だった。藤河と美緒子のお祈りが終わったらしい。二人ともお祈りに集中していた。泉美とミャーが小声で会話している事などは、全く気づいていなかった。
「ねえ、牧師さん。今、心にこんな聖書の御言葉が浮かんだの。お祈りの答えかしら?」
美緒子は恥ずかしそうに申し出た。ミャーの頭を撫でつつ、自信はあまりなさそう。
「いや、神様からの答えかもしれない。俺は何も感じないが、美緒子さん、言ってみてくれよ」
「藤河の言うとおりです。なんかよく分からないけど、思いついた事を言ってみてください!」
泉美も藤河の意見に同意していた。祈りの答えなどあるか分からない。どう考えても非科学的だ。それでも今は少しのヒントでも知りたい。
それに泉美は祈る二人を見た後、思い出す事があった。
数年前、父が入院した事があった。幸い、一週間ほどで完治する病気だったが、主治医は「宗教を持っていて祈る人のが治りが早い」と言っていたのを思い出す。何かの雑談で聞いた言葉だったが、今思うと、それは嘘ではなさそう。例え非科学的な事でも、プラシーボ効果みたいのは確実にありそう。その証拠のように、今の藤河も美緒子の目も安心し切ったものだったし……。
「そうね。だったら、言うわ。今、第1ヨハネ5章の一番最後の御言葉が浮かんだの。何で? 自分でもよくわからない」
「え? あそこ? 何でだ?」
ここで一番驚いていたのは藤河だ。泉美は聖書箇所を言われてもさっぱり分からない。藤河に聖書を持ってきて貰い、その箇所を読んでみたが。
「子たちよ、偶像を避けなさい。って何? 偶像崇拝って事? 子たちは、神様から見て人が子供って事だと思うけど……?」
聖書を見たが、さっぱり分からない。さらに謎が深まってしまった。
「偶像崇拝って像とかイラストを作る事だっけ? 藤河、どういう事?」
泉美の困惑気味の声が響く。
偶像崇拝。その言葉自体は知っている。ニュースでイスラム教の人たちが「自分達は絵や像は作らない」と言っているのは聞いた事はある。逆に仏像などは偶像。仏教は偶像崇拝禁止だとは言われていない事は知ってる。おそらくキリスト教も偶像崇拝について禁止事項などがありそうだが、よく知らない。
「いや、偶像崇拝の意味は知ってるが……。カルトもある意味では偶像崇拝教ではあるが、どういう事だ?」
牧師の藤河も困惑。
「でも、きっとこれが事件のヒントになるんじゃないかしら?」
一方、美緒子の意思は固そうだった。絶対に間違い、気のせいでは無いとハッキリと言う。
「どういう事?」
泉美はそう言ってミャーの丸っこい背中を撫でるが、わからない。ミャーは相変わらず可愛いネコのフリをしているだけだった。




