急がば回れ編-5
夜の尾行は続いていた。
ミャーを先に歩かせ、その後を泉美と藤河が追う形なので、ターゲットの信者とは距離ができていた。向こうは全く気づいている様子もない。あろう事か住宅街の電柱に貼っていたベラちゃん捜索願いのポスターにもツバをふっかけていたのを見てしまう。
これには尾行を密かに楽しんでいた泉美もいい気分はしない。
その上、ターゲットは農家に近い小道にも入ったが、キリスト看板も蹴っていた。
「何、あの人!」
「まあまあ水川怒るなよ、これであいつがベラちゃん殺しに関わっているのは確実だ」
「そうだけどー。どうやって捕まえるの?」
その答えは聞けない。ターゲットはまたキリスト看板を蹴り上げ、今度はスキップしながら走っていたから。自ずとミャーも泉美も藤河も早歩き。
ターゲットは尾行されている事に全く気づいていないが、それもそれで泉美は面白くない。眉間にくっきりと皺が寄る。
「あの信者、まるで罪悪感がなさそう。何なの、サイコパス?」
隣の藤河も泉美と似たような表情をしていたが、首を振る。
「いや、サイコパスではない。おそらく本当に
『善行』しているんだろう。私は良い事してるって本気で思ってるぜ。ベラちゃん殺しについてもな」
「そ、そんな……」
泉美これ以上何も言えない。
「悪気はないのがアレだよな」
「藤河、自白させるのもできない?」
「できないだろうね……。キリスト教だって聖書を悪用して戦争起こして開き直っっていた過去も事実だからなー。その事を思い出すと、おそらくあの信者は犯罪をやっている感覚はない。正義ぐらいだと思っているだろう」
泉美は頭を抱えそうだ。想像以上に厄介な犯罪に巻き込まれてしまったらしい。ネコだけでなく、人間にも危害が加えられる可能性は多いにある。全く笑えなくなってきた。
「自白は無理だ。決定的な証拠がないと」
「カフェの嫌がらせで捕まえられない?」
「それでも、ベラちゃんの事吐くか? あの様子じゃ、絶対悪い事している自覚はないぜ。困ったね」
芋蔓式にベラちゃん殺しも解決できると思ったが、そうはいかないらしい。
この事件、一体どうしたら?
泉美は迷宮に入ってしまった感覚もしたが、とりあえず、ミャーを挟んでターゲットを追う。
ターゲットはスキップしながら走り続け、再び住宅街に入ると、「織田」という表札がかかっている家に入った。貴子が言っていた人物だ。これはもうベラちゃん殺しの犯人で確定。モフボウズも織田が関わっているのだろう。
「ミャー、モフボウズの匂いとかしねーか?」
織田の家の周辺を歩きつつ、藤河はミャーに聞いた。
織田の家はごく普通の庭付き一軒家。この辺りでは全く珍しくない二階建てだが、塀や門にカルトのポスターなどもなく、全く普通の家に見えた。郵便受けの中身も溜まっていないし、庭も綺麗だ。家の様子だけでは、カルト信者には見えない。ましてネコ殺しに関わっているようのも見えない。
『七道おじ、私は犬じゃないのよ。匂いではわからない』
ミャーは織田家の門や塀を注意深く見たあと、鼻もヒクヒクと動かしてはいたが、何も感じていないようだった。
「ねえ、ミャー。他に何か感じない?」
泉美は少ししゃがみ、ミャーに視線を合わせつつ聞いた。何しろ、ベラちゃんの遺体を発見したのはこの子だ。かんが良い事は否定できない。
「そうだぞ、ミャー。この家からモフボウズの気配は感じないかい?」
藤河もしゃがみ、ミャーに伺いを立てていた。いい大人がネコを取り囲み事情を聞いているなんて、側からみたら変すぎる。泉美は周辺に人がいないで良かったと思うが。
『うーん、そうね?』
ミャーは耳をピンピンと動かしていた。尻尾も上に上がっている。これは何か動物的な何かを感じ取っているかもしれない。泉美は事件は想像以上に難しそうだと思った今は。ミャーも頼りになりそうな気がするのだが。
『わかんない。でもこの家には動物が飼われているのは確か。うーん、ネコ? モフボウズかはわかんないけど、たぶんネコ!』
いまいちミャーの証言も当てにはならないが、この状況を鑑みたら、織田家にモフボウズが誘拐されていてもおかしくはない?
しかし、これ以上織田家の周りをうろつくのは危険だ。一旦、教会に戻る事にした。
藤河はミャーを抱き上げていた。ミャーが疲れた、歩きたくないと文句を言ったせいだが。
「そうだ、ミャー。君は人間と違ってネコだ。あの織田の家にこっそり潜入する事は可能かい?」
『い・や!』
ミャーは毛を逆立て怒っていた。当然だろう。あそこに潜入するのは身の危険がある。
「そうよ、藤河。ミャーまで誘拐されて殺されたら?」
『あら、珍しく泉美は話がわかるわね』
今まで喧嘩状態だったが、ここでは少しミャーと仲直りできたような、ゆるい雰囲気になった。
『私だってモフボウズは心配よ。でも、潜入調査はね……』
ミャーの声は珍しく悔しそう。チャームポイントの黄色い目も、少しうるうるしているように見えた。
「悪かったよ、ミャー。潜入調査は無理だよな。まあ、しばらく織田家をマークしつつ、動きがあるか見るか」
「そうね。たぶん、それ以上の事は出来ないわ……」
泉美も同意した。
想像以上に闇深そうな事件だ。その割には警察も全く動いてくれないのは納得いかないが。
「水川、お前はカフェ営業だ」
「え?」
「お客様から情報を聞きだせよ」
『そうよ。あなたの役目はカフェ店長!』
もう泉美は自分の役割も無いような気がしていたが、そうでもないらしい。
泉美は深く頷く。
「そうね。私はカフェ店長。明日からバリバリ営業するからね!」
事件は完全にお手上げ状態ではない。まだまだ泉美にもやる事がある。




