急がば回れ編-4
貴子は明日は仕事があると帰ってしまった。泉美も明日はカフェの仕事があるわけだが、このまま帰るわけには行かない。
「これってコスパいいと思うのよ。まずカフェの嫌がらせの犯人がわかれば、ベラちゃん、モフボウズ、それに万引き娘も見つかってお得! さあ、カフェの嫌がらせの犯人を探しに行くわ!」
「ちょ、水川。お前、計算高いね? でも、そう簡単にカルトのヤツらも尻尾出すかー?」
藤河はやる気を見せる泉美に呆れつつも、逆らえない。結局、ミャーも抱き上げ、カフェに向かう事になった。
「私はコスパいいのが好きだからね。一石二鳥みたいな状況にワクワクするんだよねー」
「確かに計算高そうだけどな」
『七道おじ、カフェ店長は頭の良さ、段取りや計算高さがないと務まらないわよ。バイトと献金で暮らしている七道おじと違うのよ』
ミャーにもそう言われ、呆れつつも、教会を出たところ。隣の書店の糸川とばったり会った。糸川は閉店後、近所の買い物の帰りだという。
ミャーは素早く人間の言葉を話すのは辞め、普通のネコに擬態していたが、糸原は妙に機嫌が良かった。人の良さそうなタレ目がさらに柔和になり、笑ってる。
「なんと最近、万引きが無いんだよ。あのキリスト看板風のポスターの効果かね。本当に嬉しいよ!」
糸原は目尻に涙を浮かべつつ、藤河に感謝を語っていた。
「やっぱり神様は見てるよ。悪い事などできないねぇ。じゃあ、お二人さん。ベラちゃんの調査頑張って!」
糸原は笑顔のまま家の方に帰っていく。その背中を見送りながら、ミャーが声を上げる。
『ほら、言ったでしょ。糸原さんでも神様の存在を認めているのよ。泉美も認めなさい。神を畏れ、敬え!』
「きゃー、ミャーが偉そうに命令形使ってる! 可愛いネコなのに! きゃー!」
「ちょ、水川もぶりっ子するなよ。ミャーもキリスト看板を引用すんな。今はカフェの嫌がらせを探すのが目的だろう?」
「そ、そうね。しかしあのキリスト看板風のポスターが効果あったとか、笑えないわ」
そんな事を言いつつ夜道を歩く。街灯の灯りはあるものの、人気もなく、静かな住宅街の夜だった。
「だから言っただろ? いい加減、水川も降参して神様がいる事を認めな」
『そうよ! 神様と和解しなさい!』
軽く二人(匹)に怒られているのは、不可解なのだが……?
とはいえ、万引きは治った事は吉報だ。希望が出てくるではないか。このままカフェの嫌がらせをしている犯人を見つけ出せば、ベラちゃんやモフボウズの件も全部解決?
「まあ、でもそんな簡単に行くかわからない。聖書でも試練ばっかり合ってる登場人物は多いから」
意外な事に藤河は水をさしてきた。
「ヨブさんなんて理不尽だよな。結果、オーライになって良かったが」
「ヨブさんって言われても知らないし」
『エレミヤさんも可哀想よー』
「何でミャーも聖書の知識あるのよ?」
ミャーの方が聖書を知っているっぽく、泉美は驚く。
『泉美も聖書の教養ぐらい持ったらいいわ。海外の映画やドラマ、絵画を見るのも面白くなるから』
「そうは言ってもねー」
「ミャーの言う通りだぜ。聖書の教養があった方が確実に向こうのエンタメは楽しいぞ」
藤河にも言われ、泉美の心が揺れる。確かに宗教書だというと聖書に抵抗があるが、エンタメの元ネタ探しだと思えば、読むのにもさほど抵抗がない。すっかり藤河やミャーに乗せられている事に気づき、泉美は少し咳払いをした。
「っていうか藤河はカルトの人みたいに駅前で配ったり、布教活動はしないの?」
こんな風に薦められる事はあったが。
「あー、豚に真珠になると思うと、無理矢理教えるのもね」
「は? 豚に真珠?」
有名なことわざだが、聖書由来という。聖書では聖書の真理や福音を無闇矢鱈と伝えるのは、この言葉から禁止されているらしい。間違えて聖書を誤読する場合もあるので、無料で聖書を配り歩く事もしないという。
「な、なんかそう言われるとちょっと悔しい気分もあるんだけどー」
「いや、別に水川が豚とは言ってないぞ! 今日はラーメンとピザを食べたが!」
藤河は痛いところをついていき、今日食べたハイカロリーなラーメンとピザが頭をぐるぐる。
『泉美、運動もしよう!』
「わーん!」
「おいおい、またぶりっ子すんな」
ケラケラと冗談を言い合っていた三人だったが、カフェに近づくと、口を閉ざした。それだけでなく、近くの電柱に身を隠す。
カフェの前には怪しい人影。しかも何かチラシを貼っているではないか。
「ま、まじで! あ、あの顔、今日の聖書配ってたおばさんの一人!」
「ちょ、水川、静かに!」
どうやら嫌がらせの犯人=信者。この予想は当たっていたらしく、泉美が笑ってしまうぐらいだったが。
『そーっと尾行しましょう』
ミャーは素早く藤河の腕からすり抜け、信者に近づき、後を追い始めた。
「これは尾行?」
「だろう。追うしかなさそだ!」
泉美も藤河もそっと後をつけていた。泉美にとっては人生初めての尾行だ。
事件に巻き込まれるなんて本心では嫌。それでも尾行はワクワクしてしまう。隣にいる藤河も少々口元が緩んでいるではないか。
心臓も高鳴ってきた。
今日食べたハイカロリーな食事も一旦忘れられそう。




