急がば回れ編-2
「繁栄の聖書配ってますー」
「神様を信じてください!」
駅前ローターは、カルト信者のおかげで異様な雰囲気が出ていた。
平日とはいえ、駅前は人が多く、これから通勤や通学客が帰って来る時間になるだろう。学校帰りの高校生らしき人も多く通っていたが、カルトの主張には誰もが無視していたのが唯一の救い。
基本的に田舎でのんびりとした江田町ではあるが、駅前周辺は都市開発され、新しいマンションや商業施設ができていた。周辺の街も都市開発され、この駅から快速電車に乗り継げば、一時間程度で都心に出る事もできる。江田町は田舎と都市が混じり合う場所だったが、カルト信者達は絶妙に田舎臭い。
数人立っていたが、全員五十代ぐらいの女性だった。黒髪、すっぴん、眼鏡。服装もナチュラルな自然派ママといった感じだったが、誰一人笑顔はなく、義務感や恐怖感でやっていそうな空気だった。泉美は高校生の時に学校でやらされた募金活動を連想してしまう。
とはいえ、ここまで来たら逃げる訳にもいかない。泉美と藤河はチラシを持ち、通行人に配り始めた。
「ネコが殺されました。情報を探してます」
泉美は丁寧に配っているつもりだったが、なかなか受け取ってくれない。一方、藤河はサクサクと配り、手慣れた様子だった。
「水川。こうチラシはさっと出すんだよ。あと、営業スマイルしろ。お客様にするように。得意だろ?」
アドバイスまでされる始末だったが、藤河の言う通りにしていたら、だんだんと貰ってくれる人も増えてきた。もっちもベラちゃんについて全く新しい情報は貰えてはいなかったが。
「あんた達は変な聖書を配ってないんか?」
しかも、道行くおじさんに笑われたりもした。ますますカルト信者が憎い。
「おじさん、あそこの聖書は全文改竄してるから貰っちゃダメだぞ。新改訳2017とか、新共同訳、ギデオン協会の聖書だったらいいんだが。あとネットの聖書情報もカルトや陰謀論コミュニティがやってるものも多いから決して鵜呑みにしないでくれ」
つかさず藤河は本職らしいアドバイスをしいたが、これがカルト信者達の耳にも入ったらしい。こちらを鬼の形相で睨んでくるものもいて、泉美は気が気ではない。秋なのに冷や汗が出て来るぐらいだった。
一方、藤河はカルト信者にも堂々としたものだった。あろう事かこちらのチラシも彼女達に配っていた。
「ネコが殺されました。あなた達も知ってますよね?」
チラシには「神が見てる」という恐ろしい一文もある(byキリスト看板風)。チラシを見た信者達は、さらに藤河を睨みつけていた。
これで確定だ。
チラシを配っていて気づいたらが、このキリスト看板風デザインは案外ウケが良く、若者は笑いながら受け取ってくれる人も多い。それなのに、睨みつけて来るのは、「私たちがが関わってます」と告白しているようなものではないか。やはり、あの信者の中にベラちゃんをこ殺した犯人が?
一見、地味そうな女性達だ。泉美はファッションやメイクが好きな方なので、地味な人達はあんまり友達にいなかったが、犯罪行為をしていると思うと全く笑えない。
「っていうか、君たち。本物の聖書は見たくないかい? 三位一体は嘘とか、イエスは実はサタンで、ミカエルがキリストというおかしな教義は書いてないからな!」
「ちょっと、藤河。そんな挑発して大丈夫?」
泉美は藤河のパーカーを掴み、無理矢理カルト信者の前から引き離した。
「っていうか、カルトの教義にも詳しいにのね……」
「うちにも美緒子さんみたいな被害者がいっぱい来るしな」
挑発していた藤河はここで、ようやくため息をつく。
「でも、まぁ、悪いのは末端を洗脳して、こんな行いをさせている教祖だよな」
「それはそうね……」
「あの信者達は被害者だよ。ベラちゃんを殺した加害者でもあるがな。こういうのは大抵、被害者と加害者がイコールなんだよ。よくネットでカルト信者に論破したという武勇伝語ってる人も多いが、そこじゃないんだよな。意外とカルトの上層部は理系やエリートが多いし、論破しようとするのも危険だし」
そう語る藤河は、特にカルト信者達に恨みや復讐心はなさそう。挑発していたのも、事件開解決の為だけのようだった。
「まあ、確かにちょっとだけ可哀想ではあるわね。こうやって外野が叩くと、余計に団結しそう。私たちは迫害されてる悲劇のヒロインだって喜びそう」
「だろう?」
気づくとチラシはほとんど配り終えていた。
「それに俺は敵の事を裁く権利もない。正しさでは、誰も耳を傾けてくれないしなー」
「そっか……」
泉美は深く頷く。ネットでは人々が日々中傷しあっている。そこには個人個人の「正しさ」はあるかもしれないが、確かに何の解決策にもなっていなかった。
「イエスさまもいわゆる罪人とよく一緒に食事してたしなぁ。俺だって本当はあの信者達と食事でもした方がいいんじゃないかって思うけど」
「へー」
それは意外だ。イエス・キリストというと、神様として偉そうにしていたんじゃないかと偏見もあったが、そうでは無かったらしい。
「本当に偉い人は一番下の気持ちがよく分かるからね。はて、あのカルトはどうだろう?」
「ちょ、また挑発したらダメよ!」
「しないよ。っていうかもうチラシ無いか。帰るか」
そう、もうチラシは全部なくなった。このチラシでベラちゃんの情報が入るかは未知数だったが、とりあえずあのカルトの反応は確かめられた。あとは向こうがアクションを起こせば、解決のヒントも得られるかも知れない。
「そうだな。ミャーも待ってるし、帰るか」
「そうね。夕ご飯どうする?」
「コンビニでも行くかー」
などと話しながら、帰ろうとした時だった。背後から声がした。
「藤河君? え、水川も一体何をしているの?」
そこには、かつてのクラスメイト・黒崎貴子がいた。
久しぶりに会った貴子の雰囲気は変わっていた。当時の厨二病的な雰囲気が消え、オフィスカジュアル的な服装だった。おそらく会社帰りだろう。気づくともう夕方だったが。
泉美は貴子のことはあんまり好きではなかったが、一応事情を説明。
すると、なぜか貴子は藤河に泣きついて来るではないか。
「助けて欲しい。私のところのモフボウズも昨日からいないの。もしかしたら……」
これ以上、貴子は何も言えなくなってしまった。
「え? どういう事?」
「そうだぞ、黒崎。どういう事だよ」
泉美も藤河も困惑するしかなかったが、とりあえず貴子の話をよく聞く必要がありそうだった。