急がば回れ編-1
腹ペコになり、ラーメンを食べたがった泉美だったが、近くにはラーメン屋がなかった。中華のファミレスチェーン店はあったが、藤河が「あそこは添加物が多い。悪魔崇拝になるぞ」と実に陰謀論者らしい事を言われ、ぎゃーぎゃーと揉め、結局、駅近くのスーパーでラーメンの材料を買い、教会で作る事に。
ミャーは美緒子や青嶋にあざといネコを演じていたので、すっかりお疲れだった。ネコ用のベッドの上でスヤスヤ。もうすっかり教会の藤川の住居スペースに馴染んでいるミャー。飼い主の泉美としては複雑だった。
「藤河、包丁の使い方も手際もいいわね。意外と女子力高いの?」
キッチンに行き、藤河と二人でラーメンを作ったが、かなり手慣れた様子だった。
「それはもう一人暮らしが長いからな! プロみたいなもんさ」
「へえ」
「水川も手際がいいな」
「これでもカフェ店長ですから!」
珍しく泉美もドヤ顔しながら、ラーメンを作っていく。麺を茹で、湯切りし、器に盛ったり。市販のチルドコーナーにあったラーメンだが、半分インスタントみたいなものだ。手順通りにテキパキと作り、藤河が作ってくれたトッピングのネギ、コーン、メンマ、なるとを載せるとあっという間に完成だ。
テーブルの上はホカホカのラーメン。普通の醤油味だったが、スープに脂もシミシミ、麺もツルツル。トッピングも鮮やか。腹ペコだった泉美は今にも食べたくなった。
「ミャーはネコ缶はいいんか?」
「まあ、今は寝てるからね。今日は色々とぶりっ子もさせて疲れちゃったのよね」
「そっか。今日のミャーは大活躍だった!」
藤河はそう言い、寝ているミャーを眺めていた。相変わらず目は細く、前髪も長めのサブカル男だったが、ミャーを見る視線は温かだ。泉美は藤河の事は相変わらず嫌いだったが、こうしてミャーと調査を始め、一緒にラーメンを作っていると、犬猿の中から普通に同級生に戻ったらみたいだ。もっともファミレスを悪魔崇拝扱いしているのはどうかと思うが……。
「では俺は食前の祈りをしてから食べ始める。水川は先に食べていていいぞ」
「いえ、それぐらい待つから」
「ふーん。意外と水川はいいやつだな」
いいやつ?
藤河に直球で褒められた。意味がわからない。あに毒舌の藤河は、少し素直になっているような?
こうして泉美が困惑しているうちに、食前の祈りが終わり、ラーメンを食べ始めた。
熱々のラーメンをふうふうしながら食べる。濃い醤油の味が舌に染みる。ちょっと口の中も火傷したようにヒリヒリしてきたが、なぜかそれも心地いいぐらい。
隣にいる藤河も無心でラーメンを食べていた。静かなリビングにずずと音が響くが気にしない。どうせ相手は藤河だ。泉美もちょっと下品になりつつ、ラーメンをすする。これが婚活相手の風早だったら、もう少し大人しくラーメンを食べていただろうが。そういえば風早の事はすっかり忘れていた。トークアプリからも連絡がない。一応デートの約束をしていたはずだが、具体例には何も進んでいなかった。
なぜか風早の事を思い出すと、イライラしそう。泉美はそれを誤魔化すようにラーメンのスープをすする。もう器の半分以上食べていた。あとは残りの麺とスープでラストスパート。音を立てていたお腹も、ようやくおさまった。
「そういえば藤河。ラーメン食べてもオッケーなの? なんか宗教って食べちゃいけないもの多そうなイメージ」
「それはないね。悪魔崇拝企業の添加物もりもりのは、陰謀論者としては食べないが、クリスチャンは何食ってもオッケー」
「へえ……」
それはやっぱり引く。泉美の頬が引き攣る。
「前は宅配ピザ食べてたけど、それはいいの?」
「ま、ぶっちゃけ、食前の祈りをしてから食べたものは、神様が無毒化しているから、別に。クリスチャンは毒を飲んでも無毒化できるって聖書に書いてある」
今度は藤河がドヤ顔。
「何にそれ、無敵じゃん」
「そうだよ、神様がついていたら無敵だ。そう、この事件だって無敵に解決できる!」
隣の藤河は子供のように無邪気。
この人、こんな笑顔を見せる?
泉美はラーメンを完食しつつ困惑。これだと、藤河が陰謀論者に変わり者の牧師に見えなくなるから困る。
『泉美、どうしたのよ?』
いつの間にかミャーが起きてきて、藤河の側を彷徨いていた。
『ふわあ。寝たわ。で、事件はどうするのよ?』
ラーメンを食べながら、泉美はその事を忘れていた事を思い出す。
『調査するなら計画も立てないと』
「そうだな!」
藤河もラーメンを完食すると、別の部屋から段ボールを持ってきた。そこにはベラちゃんの捜査願いのチラシやポスター。キリスト看板風の怪しいデザインだったが、目立つ事は確かだった。
「次はまず、チラシ配ろうぜ」
「よく準備できたわね」
チラシもポスターも、印刷や紙質に問題なさそう。
「教会ではクリスマスやイースターのイベントチラシ配りをよくやってるしな。こんなの朝飯前よ」
また藤河はドヤ顔。確かにチラシ配りは効果があるかもしれないが。
「しかも今日、駅前では繁栄のミラクル聖母教の連中が聖書配っているらしい。まあ、偽物のカルト聖書だが、ぶつけるぞ!」
「え、ちょっと藤河。そんな挑発みたいな事して大丈夫?」
どうも藤河は気が大きくなっているようだ。
「それは辞めた方が?」
一応止めたが、ミャーも乗り気だった。
『ちょっと挑発したら、相手も何かアクションを起こしてくるかもしれないわよ』
「そうかな?」
『またカフェに嫌がらせ行為して来る可能性大よ。そこを捕まえるのよ』
「ミャー、お前は頭いいな。よし、この作戦で行こう!」
藤河はミャーの頭を撫でた。ミャーは目を細め、ご満悦。
『はあ。でも私は眠い。このリビングは日差しもき心地いいし、寝るわー。チラシ配りは二人で頑張ってね!』
ミャーは再びネコ用のベッドに行き、ゴロンと転がりスヤスヤと眠ってしまった。
「全く呑気なんだから」
そんなミャーにぶつぶつ文句を言いたくなったが、この作戦で良い?
「でも変に相手を挑発しないか心配だわ」
「大丈夫だって。うちらは最強の全知全能の神様が味方だぜ!」
藤河は決めポーズまで取ってチラシを持っていた。ドヤ顔の藤河にはついていけない。
「そう?」
泉美はイマイチ信じられないが、何もしないヨリは、行動した方がいいのかもしれない。それにいくら猫殺しをするようなカルトでも、人が多い駅前で暴れたりもできないだろう。
「ご馳走さま。やっぱりチラシ配りに行くわ。こんなハイカロリーなもの食べたんだし、少しは運動しないとね」
泉美はラーメンの器を片付けると、身体を伸ばしながら、呟いていた。




