調査開始編-7
青嶋は仕事は休みだと言っていた。
「毎週月曜日はお休みなんですよ。ええ、カフェ店長さんも月曜日定休日ですか」
青嶋はゆるく笑うと、目尻に皺ができた。年齢は四十歳ほどだが、この目尻の皺が程よく隙を与え、客商売にはぴったりな親しみやすい顔立ちだ。
ミャーは、青嶋にはまだ心を許してはいないようだ。人間の言葉は話さず、ネコ語で対応していた。もっとも常識人っぽい青嶋。ネコが話している所なんて見たら、倒れてしまいそう。
「今日はベラちゃんのお花、買ってきたんだ。いや、本当に酷い事件だったね。今でも信じられないよ」
青嶋はそう言うと、手を合わせて、ベラちゃんの死を悼んでいた。
あの悲惨な現場だったが、花やネコ缶、おもちゃのお陰か、当時の後継は泉美もあまり思い出せなくなっていた。
「あ、あの時の牧師さんですよね? えーと、お二人は付き合っているとか?」
手を合わせた後、青嶋は誤解していた。
「違います!」
「そうですよ。こんな気が強そうなアラフォー独身女など、興味はないね。俺は美女が好きなんだ」
必死に二人で誤解を解くが、青嶋はまだ勘違い。
「え、でも二人とも同じ歳ぐらいでしょ? お似合いですよ」
そんな事も言われ、泉美はため息しか出ない。
『ミャー』
しかしミャーが青嶋の足元に擦り寄り、あざとい鳴き声を発すると、彼もメロメロになった。
「わあ、なんだこのネコちゃん。とってもかわいいな!」
青嶋がネコ派で確か助かった。妙な誤解の話題は流れ、その隙に泉美は事件の夜について聞く。
「何か事件の事で気になった事とかあります?」
「えー、カフェ店長さん。まさか調査をしてるんですか?」
青嶋は目を丸くしていた。
「そうなんですよ。ベラちゃんの飼い主が常連さんで、放って置けない」
「おお。俺もミャーの可愛さにネコに目覚めた。犯人は許せないね!」
「そうなんですか」
こんな警察でも探偵でもない泉美達だったが、青嶋は良い人らしい。事件当時、変わった事がないか考えてくれた。
「そうだなぁ。特に変わった事はなかったなな。警察のサイレンの音を聞いて野次馬に来たっていう」
青嶋は泉美達が申し訳なく思うほど、恐縮していた。
「ごめんなさい。本当に変わった事とか知らないんです」
「いいんですよ。青嶋さん」
泉美は慌てて手を振り、気にしていない事をアピールした。見た目通り、繊細で気遣い屋らしい。藤河とは正反対のタイプだ。
その藤河は、カルトの仕業が高い事や生贄儀式の事も空気も読めずに語っていた。
「って事だが、あの繁栄のミラクル聖母教について何か知らないですかね?」
藤河は青嶋に近づき圧をかけていた。青嶋と比べて藤河は背が低いので、全く怖く無いのが残念だが。
「やっぱりあのカルトのせいですね……」
人の良さそうな青嶋だったが、カルトの名前を聞くと、頬が強張り、拳を握っている。
「青嶋さん、何か知ってます? 言えられる範囲でいいので、教えてくれません?」
泉美も少し青嶋に近づき、聞く。失礼だと思つつも、何かヒントがありそうな雰囲気。
「ミャーも抱っこして良いですから。うちのネコなんです」
「そっか。ミャーちゃんか」
青嶋はミャーを抱き上げると、目を細めていた。もふもふ毛に癒されたのか、うっかり口も滑らせている。
「実はあのカルトの人達に嫌がらせを受けていたんです。ちょうど疫病騒ぎがあった四年前ぐらい。店を営業すると、ウィルスが広がるからって、チラシやイタズラ電話がいっぱいきましてね」
当時の事を思い出したのか、ミャーのもふもふ毛を触りながらも、青嶋の目は暗くなっていた。
「当時、イートインスペースも店にあったんですが、おかげで辞めざる終えなくなって。一年ぐらい休業してリニューアルオープンした所です」
「酷いな。そんな立場の弱い個人の惣菜屋を狙うとは」
藤河は目を吊り上げ、怒っていた。藤河の事が嫌いな泉美だったが、これは同感で泉美も頷く。
「なんかあのカルトの人達、疫病対策するのも『善行』とか言ってたな。それで神様に祝福されるんだって。こっちは精神的にキツくなって休業するぐらいだったのに……」
生贄儀式だけでなく、こんな迷惑行為をしていたとは。泉美も藤河も声を失う。
「あといわゆる宗教二世も不良になるって噂を聞いたね。親がカルトだと歪むんだろうね。万引きや闇バイトも二世がやっているんじゃないかってお客様が噂してた」
思わず藤河と泉美は顔を見合わせていた。万引き、嫌がらせも、泉美や糸原が被害を受けていた。急に繁栄のミラクル聖母教というカルト宗教が近くなってきた?
「じゃあ、二人とも調査頑張って。ベラちゃん無念を晴らしてね。ミャー、抱っこしてくれてありがとね」
青嶋は最後にミャーの頭を撫でると、帰って行った。
「ミャー、これってうちのカフェの嫌がらせの犯人か、糸原さんとこの万引き犯を捕まえば、ベラちゃんの犯人も分かったりする?」
今は藤河の足元でゴロゴロ言ってるミャーに聞く。
『そうね。急がば回れかも?』
ミャーの声を聞きながら、捜査の道筋が見えてきた。
「遠回りかもしれんが、まずはカフェの嫌がらせの犯人を見つけるか? その犯人もカルト?」
藤河も深く頷く。
「そうね。でもお腹減った。ラーメンでも食べに行かない?」
泉美のお腹は情け無い音を響かせていた。
「アーメンとか言わないでよ。ラーメン食べたくなってしかない……」
その泉美の声も情けなかった。




