調査開始編-6
美緒子の大きな家から、現場までは徒歩十分ぐらいだった。
住宅街の私道から小道に入り、あの森へ。今は昼間なので、あの時よりは不気味な雰囲気はない。冷静さがある今では、土の匂い、葉の音などもリアルに感じられるほどだった。
ミャーは藤河のパーカーのポケットに肉球入れたり、あざとさ全開だった。
「ねえ、ミャー。その可愛らしさはママの私にも見せて?」
思わずミャーに提案したが、ミャーはそっぽを向く。
『誰がママですか? 私は泉美は知らない。嫌い。喧嘩中なんだから!』
「そんなー」
思った以上にミャーは頑固らしい。再び藤河の腕に収まると、ミャオと可愛らしい声も出していた。これには藤河もメロメロになり、ネコなで声を出す始末。
「おお、ミャー。君はなんて可愛いんだ!」
『当たり前よ。私は可愛いのよ』
ツンと顎を上げるミャー。泉美は呆れてくるが、ミャーが可愛いのは確か。
「っていうか、ミャーは何で藤河にはなついているの。解せないわ」
ミャーは基本的に全く人見知りしない。どんな人間にも堂々としているが、なぜか藤河には懐いている?
『七道おじや美緒子さんは、神様の事知ってるからね。神様を信じない泉美と大違いよ』
「ねえ、ミャー、いつからあなたキリスト教のネコになったの? そこが謎よ」
ミャーと喧嘩した理由も「神様」だった。以前、藤河が言ったように、キリスト教の神がこの世界を作ったとしたら、ミャーも藤河も、泉美も創造した事になるが。
『泉美も神様と和解しなさい!』
びしっと言われても。藤河やミャーと歩きながらも、泉美は一歩引く。
「ミャーの言う通りだ。本当は全ての動物もイエス様を知って和解する事を望まれている」
「嘘〜?」
泉美は全く信じられない。確かにもし、動物もキリスト教の神様が作ったとしたら、そう思っていても筋は通るが。
「新約聖書のローマ書8章というところでは、全ての動物も、人間が神様を知り、和解する事を望まれているんだ」
さすが本職。牧師の藤河はスラスラと聖書を引用しながら述べるが。
「私、キリストの神様と喧嘩した記憶はないよ。八百万の神様として、普通に敬えるけどね」
なぜかここでミャーは毛を逆立てて怒ってきた。
『アレと一緒にするんじゃないから! アレは全部悪魔!』
「そうだぞ、水川。その辺の神社で祀られてる神は、雑魚で悪魔だからな!」
「えー」
確かにキリストの神様は一神教。だとしたら、神社とか、寺で祀られてるいる存在は……?
「いや、今のこのポリコレの世の中で、そんなハッキリ言うのは超問題ありません?」
「そういうところだよ。そういう日本人的八方美人な所が、神様と不仲になっているのさ」
『そうよ! ポリコレなんて消滅せよ!』
「ちょ、あなた達過激派すぎよ? 一神教ってやっぱりアレだねー」
そんな冗談も言いつつ、ベラちゃんの現場についた。
もうあの時の魔法陣のようなもの等は消えていたが、花やネコ缶、ネコのおもちゃなどがたくさん置かれていた。
「ああ、あの近所の野次馬達もこうして置いてくれてたんだね」
泉美もその場所でしゃがみ、手を合わせたが。藤河もミャーも何もしない。
ミャーはともかく、藤河は不謹慎では?
「ちょっと、藤河。手を合わせないの?」
「こっちは死んだ人間を拝む文化はないからな」
しれっと言う。薄々と感じていたが、やはり、キリスト教的な文化は、日本人と色々と合わない気がする。泉美は全く笑えない。そんな相容れない文化でも、ミャーはキリストの神を認めているらしいのが、さらに複雑だった。もっとも美緒子のケースを考えると、もっと複雑で泉美は口籠る。
『そんな変な顔しないで、泉美。ベラちゃんもイエス様の側にいるはずだから。そう思うとすごい悲しいっていう気分でもないの』
「ミャーの言う通りだぞ。我々はベラちゃんんはイエス様の所にいると思ってる。だから、ワンワン泣いたり、手を合わせて拝む必要は無いって事だよ」
目から鱗だ。そんな考えもあるのか。決してベラちゃんの死を馬鹿にしていない事も分かり、ホッとした。宗教の違いは、ものすごい分厚い壁にも思ったが、意外とそうでもないかもしれない。色々と問題が多い宗教だが、元を辿れば人の生死を扱っているものなのだろう。
「イエス様は全部見てるから。きっとイエス様だったら、犯人も知ってる」
「ねえ、藤河。祈って犯人がわかったりしないの?」
藤河はかなり呆れていた。
「イエス様は都合のいい占い師じゃないぞ!」
『そうよ、泉美。そういうご利益信仰が神様と不仲になっている原因よ!』
また二人(匹)に責められたが、確かに今の発言は、失言だったようだ。
「でも、祈ろう。何か、神様がヒントを与えてくれる事もあるだろう」
そうは言っても藤河はミャーを腕から下ろすと、しゃがみ、一人で祈っていた。
ミャーも泉美も側で見ているだけだ。手持ち無沙汰。
「ねえ、ミャー。あんたは祈らないの?」
『動物は神様を知ってるけど、祈る事は人間しかできないのよ。人間は神様の子供として創造されたから、特別なんだよ』
「へー、それは知らんかった」
『泉美のことも神様は愛してる。ちゃんと泉美にも使命を与えているから』
「それってカフェ店長?」
『そうかもね。神様は使命のない無駄な人間なんて創らないから。何の役に立っていないように見える人でもそう。みんなそう。みんな愛されているんだからね』
ミャーの声はいつになく優しかった。今、喧嘩している事を忘れそう。それになぜか胸に熱いものが宿る。カフェを継ぐべきか、悩んでいた時期もあった。今はこの道を肯定された気もした。やはりミャーが言うように「神と和解」すべき?
そんな事を考えていると、藤河の祈りも終わった。
「アーメン」
「アーメンって言われると、ラーメン食べたくなっちゃったわ」
「水川、お前、食いしん坊だな」
『本当、呆れちゃう!』
「あはは」
こうして三人(匹)で話すのも、慣れてきたというか、楽しくなってきた。ネコと交えて会話しているなんてファンシーすぎる。今でも泉美は信じられないが、事件の事も忘れそうになるぐらい、笑ってしまう。この現場では、吐くほど気持ち悪かったが……。
「あの、こちらいいですか?」
しばし三人(匹)で談笑していたせいで、人がやって来たのに気づかなかった。
「僕もお花を備えたいと思いまして」
そこには惣菜店の店長・青嶋が来ていた。




