調査開始編-3
「愛する天のお父さま、イエスさま。今日の夕飯、宅配ピザを感謝します。ゴロゴロお肉とトロトロチーズのハーフ&ハーフです。今日はミャーや水川とも一緒です。この時も神様が祝福してください。アーメン」
アーメンなんて初めて聞いた。子供の頃のクリスマス会で聞いた記憶もあったが、こうして藤河の口から食前の祈りを聞くのは初めてだった。
宅配ピザも届き、藤河とテーブルを囲んでいた。ミャーは床でネコ缶。ちなみに一番高おネコ缶のせいか、だいぶ機嫌が良くなり、もくもく食べていた。
テーブルの上のは、大きな平べったい箱のピザ。これを置くだけでテーブルはいっぱいだ。他の箸立てやカップ類がテーブルの上をごちゃごちゃとさせているせいもあるだろう。あと変な電磁波カットグッズが邪魔で仕方ないが、ピザのいい匂いには逆らえない。泉美も食べる事にした。
「いただきます」
普段はちゃんとそう言う習慣はない。泉美は一人娘だった為か、特に父から甘やかされて育ったから。しかし、目の前で食前の祈りなんて見せられると、何も言わずに食べるのは、無作法な気がし、泉美も手を合わせて食べ始めた。宅配ピザというジャンキーな食事なのに、食前の祈りなんてされると、背筋が伸びてしまう。
「水川、食事の祈りに引かないんか?」
「引きはしないよ。一応、世界にはいろんな人がいるって教育されてる世代だし」
泉美はいわゆるゆとり世代だ。多様性とか人権とか自由とか博愛といったトピックは学校でよく習った記憶。
「そっかー。頭硬い人だと嫌がるからね」
「へえー」
「その点、水川はなともだな」
いつになく藤河は複雑な表情でピザを食べていた。
「俺もついつい他宗教や他宗派を叩いたりするけどね。めんどくさい世の中だよ」
「まあ、今は確かにポリコレ、ポリコレって面倒。私が好きな『私達の幸せな結婚式』だって女性差別があるとか一部で叩かれてるのよね」
「そうなのかー。文化までケチつけるって変だよな。そんな事やってると、殺菌消毒された無味乾燥な文化しか無くなって、AIに取られるぞ」
「確かに。不自然にBLネタ入れる映画とか覚めるよ。もっとナチュラルに愛をもって書けっておもう。作者が描きたいっていうよりは、背後にある大人の事情が透けて見えるっていうか」
珍しく泉美と藤河の意見が一致。この場はゆるい空気が生まれていた。確かに一緒に食事をすると、敵のような気がしない。古いことわざ通りだ。「同じ釜の飯を食べる」。泉美はこのことわざを思い出していた。
「文化なんて心に刺さるたった一人に届けばいいのさ。ポリコレ、ポリコレ騒ぐなーって感じだよ。万人に好かれるものなんて絶対に無いよ。例えあったとしても、AIっぽい薄い印象になるだろう」
「確かにね。今、太宰治や宮澤賢治がいても、ネットで才能潰されそう。確かに今の世の中は生きにくい。清潔でキレーで優等生なものを求めすぎてる。特に子供の頃からSNSがある若い人が生きにくい感じになってるよね。ネットで全世界に忖度した発言しか出来ないとなるとね……」
なぜか今日、店に一人でやって来た女子高生の客を思い出す。あの子も生きづらそうだ。
『あら、二人とも結構仲良くなってない?』
こうして話していると、ミャーの突っ込まれた。もういちいちツッコミを入れるのも馬鹿馬鹿しい。
泉美はピザを切り分け、口に運ぶ。生地はサクッとし、チーズはトロトロだ。少し冷めていたが、トマトソースも濃いめで美味しい。トッピングのピーマンやコーンも見た目が良く、どんどん食べてしまう。
頭に中にある電卓は「体重を意識せよ!」と文句をつけて来たが、無視。こんな美味しいピザは無視できない。
藤河もそうなのだろう。箱の中からにあるピザは次々と消えていく。ミャーも高級ネコ缶を食べてご満悦だ。
昨日はあんなショックな事があったが、これだけ食べられば大丈夫だ。泣いていた麗奈も心配ではあったが、まずは犯人を見つけるのが先だ。大丈夫、悪事は必ず面に出る。神様が見ている。泉美もそう信じる事にしたら、元気が出てくるものだ。
こうしてあっという間にピザが胃に治った。食後は藤河がお茶を淹れてくれたが、何とはハーブティーだった。淡い色合いのカモミールティーを出され、泉美は困惑。泉美もハーブティーが好きだが、女子力高いアイテムだと思い込んでいた。
「何でカモミールティーに驚くんだよ」
藤河は口を尖らせる。
「これは都市伝説と陰謀論仲間からもらったんだよ。オーガニックのいいやつだって」
「なんだ。うん? だったらピザは添加物入りで陰謀論者的にはNG?」
『そうよ、七道おじ。ピザの添加物はいいの?』
泉美だけでなく、ミャーまでツッコミを入れたので、藤河はタジタジだ。
「ああ、もう! せっかく集まってるんだから、少しベラちゃんのことの考えようぜ!」
藤河はイライラしつつカモミールティーをがぶ飲みしていたが、それはその通りだ。
ミャーも交えソファに座り、ベラちゃん事件について知っている事を共有。泉美は今日、麗奈から聞いた画像の件を話す。
「まじか。犯人は絶対繁栄のミラクル聖母教の連中じゃないか」
藤河はさほど驚かず、メモをとっていた。
「でもそれだけじゃ証拠にならない。っていうか、猫を殺すとか生贄とかカルトではよくあるの?」
「それがあるんだよ!」
なぜかここで藤河は聖書を持ってきて説明し始めた。さすが本職というべきか、水を得た魚のよう。
聖書の中ではモレクという悪魔がいて、それに赤ん坊を捧げる描写があるという。悪魔は基本的にこうした生贄を要求し、人間の願いを聞くとか。
「は? 聖書の世界の話でしょ? 中東や西洋とかの話でしょ。日本では関係ある?」
泉美は冷静にツッコんだ。リラックスするハーブティーを飲んでいたが、解せない。
「聖書の世界なんて外国の話で、日本には日本の神がいるというのが通説では?」
さらにそう言うと、なぜかミャーが怒り、毛を逆立て、藤河の膝の上にダイブ。泉美はミャーがなぜ怒ったのか不明。
「あのな、聖書では、神様がこの世界を造ったと言うんだ。日本も日本人も例外じゃないぞ。日本人だって神様の子供だよ」
「うそー?」
信じられない。泉美は首を傾げる。
『私も神様に造ってもらった。こんな可愛いネコを創造できるなんて、神様はすごいクリエイターじゃない? こんな可愛い動物、偶然に出来ると思う? 誰かがデザインして創造したのに決まってるでしょ。私は泉美と違って神様を知ってる』
「えー?」
ミャーはドヤ顔しながら語る。「神様が創ったこの可愛い耳や肉球、もふもふ毛のネコを見よ!」と自慢までしてる。
まさか、ミャーが怒って不仲になっているのは、これが問題か。
『ネコや動物は全員、誰が神様が知ってる。知らないのは泉美みたいな人間だけ』
そう言われましても。
「ミャー、あんたいつからクリスチャンの子になった? この変なおじさんに洗脳された?」
『違うから!』
またミャーに叱られた。今は和解は難しそう。
「まあ、普通の日本人の水川がこの全部のものを造ったなんて理屈はわからなんよな」
「ええ、分からない」
「だが、一応そういう理屈があるって前提で語ろう。神がいれば悪魔もいるって理屈は分かるよな?」
「まあ、そういう『設定』なら分かるけど」
宗教の話題などは苦手だし、ついてもいけないが、ベラちゃんの事件と関わりがあるかもしれない。とにかくこの世の全てものは神が創造し、悪魔みたいな存在もいる「設定」だと、一応は認めた。
「その悪魔は、各地の文化に合わせながら、神のフリして人々の生贄を要求してる。悪魔だってちょっとした奇跡のパフォーマンスはできるから、それで人間は騙されるわよ」
「つまり、この繁栄のミラクル聖母教も拝んでいるのも悪魔で、願いを叶える為に生贄を求めた?」
頭を抱える。ついていけない。そんなバカな話はある訳がないと思うが、古代では世界各地に生贄文化があった歴史を思い出す。日本でも寺や城の跡に白骨遺体が大量に出土するニュースをみことがある。いわゆる生贄、人身御供だが、なぜかあんな文化は世界各地にあったような……。
これだけ世界の文化は多様なのに、なぜあの生贄だけは共通点があるのか。確かに聖書のいう「設定」は全部がファンタジーでもない?
そもそもネコが話している現状もファンシーだ。だんだんと藤河の言う事が否定できなくなってきて恐ろしい。泉美は慌ててカモミールティーを飲み込み、頷いた。
「分かった。た、確かに聖書のいう事もあり得そうね?」
「だろう?」
『そうよ! ようやく泉美も神様を認めたわね!』
なぜか藤河もミャーも喜んできたが、困惑。
「繁栄のミラクル聖母教会が生贄儀式をやっていた事は、分かった。これは多分、事実。でも、それで事件とどう結びつくの?」
「そこでだ」
藤河は胸を張りドヤ顔。サブカル系の薄い顔でドヤ顔されも困るが、どうやら手がかりを一つ持っているらしい。
「うちの教会員で美緒子さんって人がいるんだが、何と元カルト信者だ。繁栄のミラクル聖母教もいた事がある」
「本当?」
『さすが七道おじは本職ね!』
ミャーにも煽てられ、藤河の鼻はさらに高くなっていた。普段だったらこんな藤河に呆れそうだったが、今は緊急事態だ。ベラちゃんの犯人を探すのを優先しよう。
「しかも美緒子さん、ベラちゃんが見つかった現場の側に住んでる。何か知ってそうじゃないないか? よし、我々で話を聞きに行こう!」
『大賛成!』
ミャーも叫び、泉美も頷いた。本格的に事件調査開始だ!