生贄儀式事件編-5
泉美はミャーがいるキャリーバックを持ち、藤河の教会へ向かっていた。
昨日、ミャーが教えてくれた小道も使う。おかげで早めに教会の前につく。
「糸原さん、おはようございます!」
教会の隣、ブックタウン糸原の前には、店主が掃除をしていた。
「いやあ、泉美さん。噂で聞いたよ。猫が酷い殺され方してたんだね」
糸原は箒を動かしつつも、頬が強張っていた。確かに平和なこの街でネコが殺されるなんて……。
「ええ。私もショック」
空を見上げると、薄いベールにかかったような淡い色。綺麗な秋晴れとも言えるが、泉美の表情も明るくはない。ベラちゃんを殺した犯人って一体誰?
「でも、警察は当てにならんよ。うちの万引きも無視されてるし」
羊のような温厚な顔立ちの糸原だったが、表情に影が宿る。
「そうね。ネコっていうか、動物の殺害で警察が動くかしら」
「だといいけどね。俺はあんまり信用できないわー。むしろ町内のみんなで犯人見つけた方がが早いんじゃ?」
「そう?」
「ほら、犯人と警察が不倫していた事件も前にあったしな。うん」
糸原はそう言うと、店の中へ。コミックのシュリンクなどの仕事があるそう。
「そうね。ベラちゃんの犯人は一体誰なんだろうね?」
『もう、泉美。ボソボソ独り言を言ってないで、さっさと牧師さんの所へ連れって』
糸原の前では大人しく、普通のネコみたいな態度だったミャー。どうもミャーは人を選んで会話しているようだが、その基準は不明。もっともお爺ちゃんの糸原が喋るネコなんて見たら、腰を抜かして健康に悪いだろう。
泉美はさっそく教会の門をくぐる、一階の入り口へ。見た目は民家を改造したような教会で、入り口も普通の家にものとそっくり。ドラマやアニメで見るような豪華なステンドグラスやマリア像はない。神聖な雰囲気も全くない。どちらと言えばアットホームで地域密着型の教会のようだ。公民館、図書館などの公共施設の雰囲気に近い。
「げ、玄関に変なキリスト看板風のミニポスター貼ってある」
『そうね。神と和解せよ、か。いいポスターね』
「ねえ、ミャー。という事で私と和解しましょ!」
『い・や!』
しかもミャーは自力でキャリーバックを開けてしまい、勝手に教会に侵入すると、二階の方へ走る。
「ちょっと、ミャー。って勝手に入っていい?」
鍵も開けっぱなしで勝手に入れたが。
泉美はこの教会に入るのは、久しぶりだった。たしか一階が牧師の事務スペースや面談室、二階に礼拝堂があった。
中学生ぐらいの時までは、藤河に誘われて、二階の礼拝堂でクリスマスを祝った記憶があった。当時は藤河の父が牧師だったが、今は海外で宣教師をしているらしい。母親もついていったらしく、今は藤河が一人で教会を守っている事は知っていたが。
久々に二階の礼拝堂の中に入ったが、天井が高く、窓から日差しがよく入って明るい。後はパイプ椅子が並び、前方には教壇と教卓。それに電子ピアノ。雰囲気的には聖堂というよりは、学校の教室に近い。神聖なパワースポット感は皆無で、宗教施設らしくはない。それを期待したら、ガッカリするだろう。観光地になれそうにもない。もっとも街中にあるプロテスタント教会はこんなものだと、昔、藤河の父が言っていた。
『牧師さーん!』
ミャーは礼拝堂の椅子に座り、聖書を読む藤河に飛びつく。
「おお、ミャー。どうした?」
『私、泉美と喧嘩中。あの子とは和解したくないから、牧師さんの子になるー!』
ミャーはまさに猫撫で声をだし、ゴロゴロと藤河に甘えていた。恐ろしいほどあざとい。婚活の為、モテる女性の仕草などを研究した事のある泉美は、このミャーのあざとさにため息しか出なかったが。
「おお、ミャー。だったらうちの子になれ! あんな孤独で計算高いアラフォー女の子になる必要はないよ!」
しかし藤河はミャーの甘々攻撃にあっさり陥落。ミャーを抱きしめると、目をハートにし、頬をスリスリ。
「ちょ、藤河。ミャーの味方しないでよ」
泉美は呆れてため息しか出ない。
『フン! 私は泉美なんて知らないから』
「もう、仕方がないわ……」
これ以上、ミャーに何を言っても無駄な気がした。とりあえず藤河にキャリーバックやミャーの餌なども渡す。ベットやトイレは後で持っていくと説明したが、藤河はミャーにメロメロらしい。目をハートにさせたまま、ミャーの日用品を全部揃えてあげようと言うではないか。
『牧師さん、いえ、七道おじさん大好き!』
「おー、こっちこそミャーが好きさ! 大好きさ!」
「なんなの、この人達……」
泉美はさっきよりもっと呆れてしまうが、一つ気になる事を思い出す。
「ベラちゃんのことは何かわかった? やっぱりカルトが変な儀式をして殺したの?」
「実はそれはな……」
藤河はミャーを腕に抱えたまま、言いかけた時だった。
「ちっすー! 牧師さん!」
声がした。
礼拝堂に若者が一人入って来たのが見えた。金髪、長身の若い男だったが、だらしなくジャージを着込んでいた。アクセサリーもジャラジャラ。眉毛も半分ない。見るからに「世の中舐めてますw」と言いたげな若者だったが、昨日野次馬に来た迷惑系動画配信者ではないか。確か動画サイトでの名前はユージン。
「牧師さーん、一緒に飯でも食おうぜ。朝マック買ってきた」
ユージンはそう言うと、藤河の隣に座った。
「なんだこのネコ。可愛いな」
『みゃ♪』
ユージンにはミャーはネコらしい態度だった。また猫撫で声をあげ、ユージンにも気にも入られていた。
「ちょっと、藤河。この人何?」
「うん、ユージンくんとは昨日仲良くなった。炎上行動繰り返して、あんまり地元にいたくないっていうから、教会に来ないかって誘ったのだ」
藤河はそう言い、ユージンと手を叩いて大笑い。そういえば藤河は陰キャっぽい変わり者なのに、だれとでも仲良くなれる特殊スキルを持っていた。このユージンと藤河が親しくしていても、意外と不思議ではないが、泉美は引く。
「おばさん、よろしく!」
「ちょ、だれがおばさんよ」
しかも案の定、ユージンは態度が悪い。人は見た目通りかもしれない。
「失礼ね。世の中舐めていると、将来大変だからね」
「あざーっす!」
ユージンの登場で泉美のペースはすっかり乱された。
「もう、知りません。私は仕事に行くから」
泉美はこれ以上ここにいても、イライラするだけだと悟った。ため息しか出ない。
「おばさん、仕事がんばって」
「おお、水川。ミャーの事は心配しなくていいぞ」
『ミャ♪』
「あ、そ」
この妙な三人(匹)は付き合ってられない。泉美は自分のカバンを持つと、さっさと教会を後にし、カフェへ向かった。
今日はカフェには何の嫌がらせもされていなかったが、泉美の機嫌は良くはない。
「さ、仕事、仕事!」
泉美はミャーやベラちゃんの事、その他諸々の問題を頭から追い出し、腕まくりをしてエプロンをつけると、いつものように仕事を始めていた。




