生贄儀式事件編-3
気持ち悪い。視界がぐるぐるとし、泉美はその場に座り込んでいた。
遠くの方からサイレンの音も響く。藤河が警察を呼んだので、そのうち着くだろう。
この騒ぎで近隣住民もベラちゃんの現場に駆けつけ、騒々しい。いわゆる野次馬だが、その中の一人がベラちゃんの飼い主・麗奈にも連絡を取ったらしい。そのうち麗奈もここに着くだろうが。
ベラちゃんの飼い主でも何でもない泉美でも気持ち悪い。実際、吐いた。この現場は麗奈に見せない方がいいだろう。
『泉美大丈夫?』
「大丈夫じゃない」
ミャーは空気を読み、小声で泉美に話かけたが、答える気力などない。
一方、藤河は駆けつけた警察官に「ちゃんと調査しろ!」と吠え、現場は騒然としたものだ。まだ麗奈は来ていないが、野次馬達の声もうるさい。
「あのカルトが犯人じゃない?」
「そういう噂あるよね」
「生贄を殺して願いを叶えているとか」
野次馬達はそんな噂をしていたが、泉美はギブアップ。また少し吐いてしまい、野次馬の噂を聞くどころではない。本来なら今頃「私達の幸せない結婚式」をニヤニヤしながら読んでいるはずだったのに……。
『私は野次馬達の噂を聞いてくるわ』
一方、ミャーは機転がきいていた。ただの可愛いネコのフリをしながら、野次馬の中に入り、噂を聞いている。
どうやらミャーはこの事件を調べようとしているらしい。
「あの、警察官と喧嘩している人は誰? っていうかカフェの店員さん、大丈夫ですか?」
そこに一人の男が近づいてきた。野次馬だと思われたが、あの惣菜屋の店長だった。確か名前は青嶋だ。下の名前は不明だったが、泉美を見つけると、ペットボトルの水を差し出してくれた。
「ああ、ありがとうございます」
青嶋の優しさが身を滲み、目元が熱くなるぐらいだ。
「あの人は牧師です。成り行きで一緒にベラちゃんの遺体を見つけてしまったんです」
「そうか。しかし酷い事する人間がいるね。俺もカルトの仕業だと思うんだが……」
青嶋は呆れたようなため息。
「悪い噂もよく聞くしね。一応あそこの警官にも伝えてくるよ」
「あ、ありがとうございます」
青嶋の優しさに本当に泣きそう。ペットボトルの水も冷えてて生き返る。一方、藤河は警察官と喧嘩したままだ。
「いいからちゃんと調べろよ! 何、有耶無耶にしようとしてるんだ! あ、お前らもカルト信者か? だから調査しないんか?」
そう吠える藤河は、公務執行妨害にもなりかねない。泉美はふらふらと吐きそうになりながも、藤河を止めた。
「へえ。あんたも第一発見者か?」
しかし、藤河と喧嘩していた警官は嫌味な視線を泉美に向けてきた。
南辺という巡査部長で、小太りで、制服もきつそう。頭も禿げ、清潔感も全くない。目も細く、瞼の脂肪がとても重そう。
「一応話は聞きますが、ネコは法律上ではモノみたいなもんですしね。全く、こっちは闇バイトの調査で忙しいってのに、余計な仕事増やすなよ」
カチンと来た。南辺は典型的な嫌なヤツだ。藤河より口が悪そう。
泉美も一応事情を全部話したが、南辺も他の警官も取り合ってくれない。
しかも野次馬はもっと増え、迷惑系の動画配信者もやってきてしまい、現場はカオス。麗奈はまだやって来ていなかったが、泉美は余計に気持ち悪くなり、警察からも帰って良いと言われたた。
野次馬の中からミャーを抱き上げ、逃げるように現場を後にする。
「ミャー、これはどう言うこと? 本当にベラちゃんはカルトの変な儀式で殺された?」
泉美の顔は真っ青だった。ミャーのもふもふした毛並みだけが救いだ。
『さあ、まだ何もわからない』
「えー、犯人は捕まらないの?」
『あの警察の体たらくでは捕まらない可能性も大よ』
ネコなのにミャーは人間の泉美よりも冷静だった。
『これは生贄儀式事件ね! 私達が犯人を捕まえた方がいいわ!』
「えー?」
『出来るわ。私達には神様がついてるわ。きっと神様からいい知恵が貰える』
「うそー? ねえ、ミャー、神様なんて架空の存在でしょ。宗教とか神様とか人間が作った創作では? 科学的証拠もないでしょ?」
腕の中にいるミャーにツッコミを入れる。青嶋から水を飲んだおかげか、少し気分が回復してきたが。
『何を言ってるの? 泉美、私たち動物はみんな神様がいる事を知ってるわ。ふん! 人間って愚か。さっさと神様と和解せよ!』
「はあ? ねえ、神様って何? まさか藤河が信じているイエス様ってやつ?」
『もう本当に愚か! こんな泉美なんて知らない!』
ミャーはぷいっとそっぽを向き、泉美の腕から逃げ出す。ささっと前を歩き、泉美を無視し始めた。
「ちょ、ミャー!どういう事?ねえ?」
しかしミャーは無視。口も聞いてくれない。もっともネコと会話している方がおかしかったわけだが。
「ねえ、ミャー!」
どうやらミャーと不仲になってしまったらしい。
「私はネコと和解したいんだけど!」
ミャーは泉美の言葉を無視し続けていた。