人魚姫( もうひとつの昔話 50)
人魚姫は原稿用紙を前にペンを手にした。
深い海の底に人魚たちの国があり、人魚姫は王様の末娘として生まれ、かわいらしい娘に育ちました。
ある日のこと。
人魚姫は嵐で沈む船から王子を助けました。
――なんてすてきな方なのかしら。
ひと目で王子に心をうばわれます。
と、そのとき。
人間の娘が浜辺をかけてきたので、人魚姫は王子のそばから離れて波間に隠れました。
「助けてくれてありがとう」
目をさました王子が娘に言います。
その娘は隣の国の王女でありました。
――助けたのはわたしなのに……。
人魚姫は王子のことがいつまでも忘れられませんでした。そこで陸に上がり、お城にいる王子に会いに行くことにしました。
「わたしを人間の娘にしてください」
人魚姫は海の魔女にお願いしました。
「人間になれば声を失うことになるぞ。それでもいいのかい?」
「はい、かまいません」
お城に行った人魚姫、口はきけないけれど、王子はとてもかわいがってくれました。
ある日。
王子は隣の国の王女と婚約をしました。
――王子を助けたのはわたしです。
そう言えたら……。
でも、声の出ない人魚姫にはそれがかないません。「悲しそうな目をして、どうしたんだい?」
心配した王子が人魚姫の手をとりました。
するとです。
「王子様!」
なぜか失ったはずの声が出ました。
人魚姫はすべてを話しました。
真実を知った王子は、隣の国の王女との婚約を取り消して、人魚姫に結婚を申しこみました。
物語を書き終えた人魚姫は、さっそく姉さんたちにそれを読んで聞かせた。
「なによ、ハッピーエンドなの?」
「あまっちょろいわね。それじゃあ、白雪姫や眠れる森の姫と同じじゃない」
「主人公は悲惨な運命をたどるものよ。そんなものじゃ、読者の心はつかめないわね」
姉さんたちが口々にクレームをつける。
「そうよね」
人魚姫はペンを取り直すと、物語の終わりの部分を書き直した。
人魚姫の恋はかなわぬまま……。
大海原の船の上で、王子は隣の国の王女と盛大な結婚式をあげました。
――これで王子様とはお別れなんだわ。
人魚姫が悲しみにくれていますと、
「このナイフで王子を殺しなさい。そうすれば、もとの人魚になって海にもどれるわ」
ナイフを手にした姉さんが波間にあらわれました。
――王子様を殺すことなんてできない。
人魚姫は船から身を投げ、みずから海のあわとなり消えてゆきました。
「うん、なかなかいいできだわ」
人魚姫はペンを置き、ひとり満足そうにうなずいたのだった。