Doll迎撃 2/2
『——————————』
またもDollから圧縮言語が届く。開示許可を出す。補助脳に拒否される。鬱陶しい。こちらの気を散らす作戦だというのなら、それはわずかにだが成功している。
切り替える。
考えるべきはとにかくあいつらの倒し方だ。一対三の不利をどのようにして覆すか。勝つための方法は負ける方法に比べて選択肢が少なすぎる。——以前にもこうやって、不利な状況から相手をどうやって倒すのかを考えていた気がする。
『彼らを倒す絶好の機会はすでに失われました。なんとか各個撃破を狙っていくしかありません』
アンノウンボックスを立方体に戻す。
まずは死にぞこないのあいつを殺す。
上半身だけのDollに狙いを定める。クリエイティブマシンガンを撃つ。アンノウンボックスを盾のようにして防がれる。他の二体は、互いに距離を離すように走っている。一対三は単純な足し算の戦力差ではなく、取れる戦術の幅から戦力差が何倍にも膨れ上がる。彼らの動きの狙いはFEAを前後に挟むことだ。
狙いを変える。
クリエイティブマシンガンを二対のDollの牽制に使う。撃ちながら、彼らに挟まれないように動き回った。
二体のDollもまた、FEAをクリエイティブマシンガンで牽制しながら前後に回り込んでくる。
迫りくる銃弾は、壁のように広げたアンノウンボックスで防ぐ。こちらが撃つ時は、アンノウンボックスに銃弾の通り道を作った。
二体のDollも、こちらとまったく同じようにアンノウンボックスを操っている。
ジリ貧だ。
彼らにこれ以上回り込まれたら、こちらはアンノウンボックスを銃弾が防げる厚さに保つことができない。
時間の問題で、こちらが銃弾の雨を食らう。
焦る。少女からの指示はない。どうするのか考える。
常時展開のドップラーレーダーに反応あり——頭上。
見上げる暇もない。槍の形状のアンノウンボックスが脳天を貫くように落ちてきている。わずかに目を離した隙に、死にぞこないの一体がアンノウンボックスを操作していたのだ。——足を止めるわけにはいかない。足を止めればすぐにでも二体のDollに挟まれる。
腰元からヒートナイフを取り出し、迫りくる槍の落下軌道にヒートナイフを構えることで一刀両断に伏す。頭上から二分にされたアンノウンボックスが地に落ち、追撃でクリエイティブマシンガンの銃弾を食らわせた。穴だらけのアンノウンボックスが転がった。損傷の大きなアンノウンボックスはしばらく動かすことができない。修復作業が終わるまでに五秒といったところか。それまでに無防備な死にぞこないの一体を殺したいところだが、そこに構っている余裕もない。
まず殺すべきなのは、後ろに回り込もうとしてくるあいつだ。
防戦一方はもうやめる。
クリエイティブマシンガンをしまう。
右後ろを振り向いて、前方の視界にDollの一体を捉える。背面の守りは、完全にアンノウンボックスに任せる。ヒートナイフを構え、ありたっけの力を足に込め、地の割れるほどの踏み込みでDollの一体に向かって走り出した。——体が驚くほどに軽い。神経の巡りが、生身の時よりもわずかに速いと感じるほどだ。FEAとのシンクロ率百四十一パーセントという数字は比較対象がないから高いのかどうかわからないけど、自分が想像していたよりもずっとFEAを動かしやすいというのが正直な感想だ。
身を翻して唐突に突っ込んでくるFEAに対して、Dollは一瞬の戸惑いのような隙を見せる。判断の遅れというよりも、反応が、判断に対応せずに遅れているといった印象である。
やっと銃弾が迫ってくる。
左方向にスラスターを噴射し、片足を軸にした一回転、銃弾がすぐ横をかすめていき、すぐさま体勢を正してから空気を巻き込みながらの疾走を開始、またも銃弾が迫ってくる。体を仰け反らせて地を滑る。銃弾の軌跡を見上げてから、すぐさま地面に手をつき立ち上がり、勢いをそのまま殺さずに走りを再開。巻き上がる赤い土煙はFEAの体を舐めるようにして尾を引いた。Dollとの彼我の距離はすでに百メートルもないほどに消し飛ばされている。
二歩もあれば、すでにヒートナイフの刃圏に入れたも同然である。
後ろのDollの動きも見えている。自分のアンノウンボックスと視覚をリンクし、背中に目があるような状態だ。後方のDollは、どうやらアンチマテリアルライフルを形成したらしいが、自らの射線上に仲間がいることを悟って引き金を引けないみたいだし、この段階になってようやくこっちに向かって走り出している。アンノウンボックスを広く展開した。こちらの姿を視覚、レーダー探知、エコーロケーションから隠した。こちらの位置を完全に把握できなければ、後方の敵は、しばらくは仲間を気にして次の手を打てない。
眼前には、こちらと同じくクリエイティブマシンガンをしまい、ヒートナイフを構えたもう一体のDollがいる。盾のように展開していたアンノウンボックスは、収縮させて厚みを増している。
二歩。
FEAが、まずヒートナイフを横薙ぎに振るった。胴体部分に迫るその一撃は、厚みを増したアンノウンボックスに阻まれる。——通常であれば難なく切断できるはずだが、おそらくはアンノウンボックスに耐熱性を付与している。凄まじい量の火花が散る。アンノウンボックスにヒートナイフが食い込んでいく。Dollその隙間に潜り込むように、FEAの胸にヒートナイフを突き立てようとしてくる。
その数瞬前のこと、FEAは脚のアンカーを射出していた。
アンカーを敵の顔面に打ち込み、そのままこちらに引き寄せ、Dollの体勢を崩す。胸に突き立てようとしていたヒートナイフは当たり前のようにこちらには届かず、前のめりになって倒れていく顔面に、FEAは思いっきりひざ蹴りをお見舞いした。Dollはたまらず手からヒートナイフをこぼれ落とす。自らの顔面に打ち込まれたアンカーを取り外そうとする。しかしその間も許さずにFEAは敵の頭を両手で掴み、何度もそのまま顔面に向かってひざ蹴りを食らわせる。
Dollの顔面のブラックアーマーと外骨格が、内部構造を露出させるほどに激しく陥没した。
もう終わりだ。
アンノウンボックスに食い込んでいるヒートナイフを引き抜き、それから、胸部を貫いて敵に止めを刺そうとした。
——背中に衝撃。
狙撃された。仲間がすぐ近くにいるというのになぜ撃ったのか、という疑問はFEAの背中が凍りついたことで察せられた。後方のDollが撃ったのは氷結弾で、氷結弾の役割は相手の動きを凍らせて阻害することで、それはつまり、仲間が死にさえしなければ別に氷結弾で撃って凍らせたところで構いやしないという発想だろう。
しかし、そもそもなぜ弾が当たったのか。
こちらのアンノウンボックスを広く展開して、あらゆる情報は遮断しているはずだ。圧縮言語の通信だって遮っている。目の前のDollが情報を与えたという線もない。
FEAのアンノウンボックスが、一部だけ膨れ上がる。——自分の意思ではない。
すべてを察する。
まず、死にぞこないのDollのアンノウンボックスが、先ほど与えた損傷から修復された。その後に、FEAのアンノウンボックスに無理やりに同期してきて、それから、こちらの位置を視覚リンクにより把握し、圧縮言語によってFEAの位置をアンチマテリアルライフルを持った仲間に伝えた。
情報を遮っているはずのアンノウンボックスが、あちらの目になっていたということだ。
迂闊だったかもしれない。目の前のDollと、アンノウンボックスの外側にいる二体の圧縮言語のやり取りは防げても、外側にいる二体の通信までは防げない。
アンノウンボックスの膨れ上がった部分が、そのまま分離して槍になる。
後方の敵のアンチマテリアルライフルに、新たな弾頭が装填される。
FEAはその場をなんとか離脱しようとするが、顔面の潰れたDollのブラックアーマーが変形し、互いの足を地面に縫い付けるように固定している。
逃げられない。
槍に貫かれる。
銃弾に撃ち抜かれる。
頭の中を埋め尽くしたのは、死ぬという未来。
——その時だった。
ギ——。
これが前兆だった。金属の擦れあうような不快の音が頭の中に聞こえたかと思うと、頭の中で、断末魔を幾重にも重ねたような叫び声が頭の中を上書きした。この世に生きたいという生存本能が形を成して自分の存在を飲み込む。ありとあらゆる意識がはじき出されて、FEAの操縦権が別の何かに乗っ取られたようだった。
空の心は、一切の迷いも、そして微塵の考えさえも許さなかった。
すべては、一瞬の出来事だったはずだ。
FEAは、自分のヒートナイフを、火花を散らしながら食い込んでいる耐熱付与のアンノウンボックスから思いっきり引っこ抜き、Dollの頭から股までをまるで稲妻の如き速さで裂いた。断面から赤い液体を噴き出しているその半身を手でがっちりと掴み、そのまま半円を描くように持ち上げて背中に背負うような形に持ってくる。背中に背負ったDollの半身にHE弾が着弾し、Dollの肉片が周囲に弾け、FEAの体が赤くコーティングされる。
FEAはヒートナイフを真上に投げる。そして固定された足に力を込め、固定されたブラックアーマーを地面から引き抜き、回し蹴りの要領で、ブラックアーマーで足に繋がったDollの半身を振り回す。振り回された半身に、槍のアンノウンボックスが穿たれ、しかしそれは貫かれることなく、FEAと繋がったDollの脚にさっき真上に投げたヒートナイフが落ち、切断され、回し蹴りの勢いのままにDollの半身と槍は遠くへと放り投げられる。
二つの脅威を処理した。
次はFEAの攻撃だ。地面に突き立ったヒートナイフを抜く。自身のアンノウンボックスをこちらに引き寄せる。ヒートナイフを拡張して、鞭のような形状のワイヤーブレードへと変形させる。そして、Dollの耐熱付与のアンノウンボックスを掴み、それを力の限りにアンチマテリアルライフルを構えた敵に向かって投げつけた。と同時に、Dollに向かってワイヤーブレードを横薙ぎに振るう。
それに対してのDollの行動は、冷静にアンチマテリアルライフルでFEAに標準を定めるというものだった。
当然ともいえる。ワイヤーブレードが届くまでに相当な時間的余裕があるし、投げつけられたアンノウンボックスに至っては、Dollから逸れた位置を飛んでいっているのだから当たることすらない。確実にFEAを撃ち殺すことだけを考えればいい。アンノウンボックスはFEAのものではないから操れないし、迫ってくるワイヤーブレードは伏せて避けてもいいし、その場で跳んで避けたっていいのだ。
FEAが仕掛けたのは、しかしアンノウンボックスとワイヤーブレードの同時攻撃ではなかった。
飛んでいくアンノウンボックスに、ワイヤーブレードの刃が触れる。耐熱付与のアンノウンボックスにそれは食い込み、ワイヤーブレードの刀身が折れるように曲がる。折れ曲がったワイヤーブレードの刀身が、アンノウンボックスを軸にしてより加速度を増してDollに迫っていく。
敵はその速度の変化に対応できずに斬られ、沈黙した。
その様子を見ていた死にぞこないの一体は、各合筋肉をいくつもの泡が膨らむように盛り上げていた。自爆機能を起動させたのだろうが、FEAが拾い上げたクリエイティブマシンガンで、わずかな狂いもなく自爆回路を撃ち抜いた。
自爆は不発に終わる。
すべてのDollの殲滅が終わる。
頭の中の叫び声は、すでに消えていた。