「白」
「あの、起きてください。あのお、起きませんかね? どうしようかな。シャットダウンが無理やりすぎたのかな。だけどあのまま目覚めてたらきっと、」
う、
「あ、起きた」
視界が開けた。
目の前には一人の少女がいた。
誰かはわからない。だけど知っているような気もする。
不安と期待の入り混じったような不思議な表情をしている彼女は、なにも言わずにまじまじとこちらの顔を観察しているようだった。だけどなにも理解できない自分の頭は、現状を理解しようと辺りを見回して少しでも情報を得ようとする。
頭の中に「白」というイメージが湧いた。
少女以外にも人がいて、それは六人で、誰もが真っ白な髪をしていて誰もが真っ白な服を着ている。周囲には壁に埋め込まれた光源の白い光が満ちていて、真っ白い壁が六面に空間を形作っている。自分の寝ているベッドは白で、自分の目にかかっている髪も白で、自分の着ている服も白だった。
違和感はなかった。
だけど自分に向けられた視線は、明らかに異物を見るようなそれだ。
その視線の意味がわからない。
どうしてそのような視線を向けられなければならないのかわからない。
そんな混乱を、少女はまるで見抜いたように声をかけてきた。
「えっと、どうですか?」
なにを問われているのかがわからない。
「聞き方が悪かったのかも。私のことが、どう見えますか?」
質問の意図がわからなかった。
だけどとにかく答えてみた。
「普通の子……かな」
それを聞いて、彼女の表情からは不安が一気になくなったのだと思う。目を見開いて、馬鹿みたいにぽかんと口を開けていた。それからなにかを確かめるようにうんうんと頷いて、小さくガッツポーズを決めたのが見えた。
なにかに成功した、のだろうか。自分が目覚めたことが彼女にとって喜ばしいことだったのかもしれない。とりあえず質問をぶつけてみて、質問に対する回答を自分で考えて、そして自分で答える。それができたことが、意識がはっきりとしていることへの確証になったのかもしれない。だから質問自体に意味はない。この部屋の色は何色に見えるのかでも、立てた指が何本に見えるのかでも、この部屋にいる人数が自分も含めて何人いるのかでも質問だったらなんでもよかったのだ。
とにかく大事なことは、自分が意識を取り戻し、そして自分が意識を取り戻すのをすぐ傍で待ってくれている、そんな人がいたということだ。
「ねえ、ここはいったいどこ? 俺のことを君は知っているんだろ? 教えてくれないか。なにもわからないんだ」
さっきよりも長く喋ったことで、自分の口を覆う機械の存在に気づいた。首元の機械から延びているようだった。多少の息苦しさを感じていたが、それはこいつのせいだったのだ。邪魔だと思い、それを取り外そうとすると、
「待ってください。それは外したら駄目です。それは濃酸素中でも呼吸をするための呼吸補助器で、それがないとすぐに死んじゃいますよ」
言う通りに呼吸補助機を外すのをやめた。
だけど、
「君たちはそもそも首の機械をつけていないけど、大丈夫なのか?」
少女は少したじろぎ、
「えと、私たちは濃酸素の環境に適合するように体をいじっていますから。あなたにはそれをする暇がなくて、本当に申し訳ないと思っています。少し息苦しいでしょ? だけど時間が経てば慣れると思いますよ。だからそれまでの辛抱です。がんばです」
少女は申し訳なさそうな顔をした後にまっすぐにこちらの目を覗き込んでくる。心の底から頑張ってね、と伝えてくるようなその表情。面白いぐらいにくるくると表情が変わる。なんだか懐かしい気分に陥る。
やっぱり彼女のことを、自分は知っているのだと思う。
周囲の六人にも目を移す。身じろぎもせず、ただじっとこちらを見つめてくる。この感覚にも覚えがあるような気がする。あの六人のことも自分はもしかしたら知っているのかもしれない。
「で、さっきの質問なんだけど、ここはどこで、俺はいったい誰なんだ。悪いけど本当になにも覚えていなくて、覚えているのは簡単な物の名前とか、あとは言葉ぐらいで、君たちのことがまったくわからない。だから、よければ君たちのことも教えてほしい。俺たち仲間なんだろう?」
この時、周囲の六人の表情に明らかに穏やかではない感情が宿った。眉間にしわを寄せ、するどい目つきでこちらを捉え、それでも飛び出る言葉を抑え込むように血が滲むぐらいに唇を噛んでいる。
こちらが視線を返すと、彼らはいっせいに目を逸らした。
なにかを考える間もなく、少女が言葉を紡ぐ。
「実はゆっくりと説明している時間はもうないのです。とにかくあなたにはやってもらうことがあります。私たちにはできない、あなたにしかできないこと。私たちに迫る脅威、天使の人形——Dollをなんとか撃退してほしいのです」
「ドール?」
「とにかく私についてきてください。脅威に立ち向かう力をあなたに授けます」