まどろみに溺れる
ひどく息苦しかったことはなんとなく理解できた。
意識がまどろみに溺れていることも、頭が鈍い痛みに侵されていることも、体中が重りをつけられたみたいに動かないことだって理解できている。
だけどわからない。
ここはどこだ?
たぶん、上を向いている。滲む視界には底なしの闇があって、耳を澄ましても雑音の一つだって聞こえやしない。背中に当たる感触はかなり硬質な物質で、やっとのことで伸ばしてみた腕にはなにも触れることはなかった。闇に取り残されたような感覚。
思う。
背中にある物質以外は本当になにもなくて、身じろぎの一つでもしてみれば終わることのない落下が待っているに違いない。そうやっていつまでも落ちて、死ぬまで落ちて、自分の一生は誰にも知られることなく終わっていくのだ。
だけどわからない。
自分とはそもそも誰だ?
ぼやけた疑問が、靄の晴れていく頭にとんでもない恐怖へと変わり染み込んでいく。呼吸が荒くなる。体が小刻みに震える。寒いのか暑いのかもわからない。どうしてこんなにも息苦しいのか。どうしてこんなにも心が熱を求めるのか。
誰かの声を聞きたい。
誰かの姿を見たい。
誰かに手を握ってほしい。闇が恐ろしく、自分がなにより恐ろしい。
自分を信じられないのなら、誰かの存在がなによりも必要だった。
心の空虚は、しかしどこまでも自分に馴染む。今までの自分は、このような闇を抱えていたのだろうか。
狂いそうだった。
もしかしたら、すでに狂っているのかもしれない。
必死に誰かを求めた。
死に物狂いで無理やりに体を動かそうとし、なにかを思い出そうと壊れるぐらいに頭を働かせようとした。体の動かし方も頭の働かせ方も至極曖昧ではあったけど、それでもやらなくてはならない。自分を必死に手繰り寄せようとする。そうして誰かの存在を感じたかった。
頭の中には、誰かがいる。
安心しきったへにゃへにゃの笑顔だ。
誰なのかはわからない。
だけど、この笑顔に救われたような気がする。
もう一度この笑顔に会いたかった。
そのためならばなんだってできると思った。
——突然の激痛が走った。それは直接脳を揺さぶられたような感覚で、目覚めかけていた意識が無理やり閉ざされていくように錯覚した。いや、違う。錯覚ではない。意識が何者かの意思によって閉ざされかけている。
笑顔のあの子が遠のいていく。
やめろ。奪うな。もう少し、もう少しだけでいい。あの子の笑顔を、あの子の記憶を奪うな。目に刻む。心に刻む。だからあと少しだけ、時間を——。