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地には妖精、月には天使  作者: 仲島 鏡弥
プロローグ
2/49

VSバンシー 2/2

 帰還部隊を待って、ナインズターミナルに帰った。

 ナインズターミナルは月にある。ナインズターミナルは九階層まである。№0122は天使のいる八階層に呼び出されていた。気が狂うほどに長いエスカレーターを昇り、気が狂うほどに入り組んだ通路を進み、気が狂うほどに白い空間にいつの間にか立っている。

 白い空間には、顔が浮いていた。

 顔のモデルはライオンという動物らしいが、№0122にはこの顔こそが智天使ケルビムの顔である。

 ケルビムはなにかを言っていたらしいけど、鼓膜が潰れているのでなにを言っているのかがわからなかった。

 それに気づいたのか、ケルビムは圧縮言語で、№0122の頭に直接情報を流し込んでくる。


『俺の勇ましい使徒よ。お前はバンシーの単独撃破を成した。その報奨として、階層アクセス権の上昇、配属部隊の変更、快楽物質の一時的な投与の権利を与える。治療も受けろ。耳を治してはやく戦線に復帰するといい。お前の居場所はそこにしかないのだからな。そして三階層に新たな部屋を用意してある。晴れて上の階級の仲間入りというわけだ。誇りに思うがいい。さあ、要件は以上だ。戻れ』


「仰せのままに。天使様」


 №0122は片膝をつき、頭をうやうやしく下げた。

 そして踵を返す。

 結果に対して、彼だけがそれに見合った報奨を与えてくれる。そのためだけに頑張れる。

 三階層で治療を受け、新たな自室で快楽操作をし、先行部隊を辞めていったいどこの部隊に行こうか考える。先行部隊はあらゆる部隊の中で最も死亡率が高い。攻略部隊は、先行部隊の集めた情報を利用して妖精獣の本格的な討伐を行う。いわば使徒たちの花形で、それは使徒の中でもエリートが担う役だ。

 しかしなんだっていいのだ。

 調査部隊だろうが補給部隊だろうが、自分が認められたらそれでいい。

 №0122は二階層のロビーに向かう。考え事をする時は、狭い自室よりも広いロビーのほうがいい。ロビーは三階層にもあるけど、いまいち場所もよくわかっていない。階層エレベーターに乗って、見知ったロビーに向かったほうがいくらか気が楽だった。

 そして二階層のロビーには、№0153がいた。


「おいてめえ」


 №0122を見つけるやいなや、彼が近づいてくる。

 髪質のせいか逆立っている髪は、いつも眉間にしわを寄せている彼にはぴったりだと思う。使徒に支給される作務衣は真っ白で、№0153も例外なく真っ白な作務衣を着ている。しかし近づいてくるにつれ、№0122との作務衣の違いがわかる。胸元の丸いバッヂの数だ。№0122は三つで、№0153は二つだ。これは常時階層アクセス権のレベルの違いを表している。

 つまり、№0153は二階層までしか昇れない。

 殴られた。

 尻もちをついた。


「お前だけがまた生き残りやがって。それに三階層アクセスまで手に入れただあ? ずいぶん偉くなったみたいだな。みせびらかしにでもきたのか? おい。今度死んだら俺は一階層落ちだとよ。ふざけやがって」


 騒ぎを聞きつけて、使徒たちが次々に集まってくる。

 こいつらは知っている。

 バンシー攻略戦で死んだやつらだ。

 どいつもこいつもが恨めしそうにこっちを見ている。

 俺を単騎で突撃させたくせに。俺をいの一番に殺そうとしたくせに。

 脊髄に埋め込まれた微細処置メディカルナノマシンが、№0122の怒りを感知する。メディカルナノマシンの薬物投与の鎮静化作用が働いた。しかしすべての怒りが収まることはなかった。

 頭の中で、怨嗟の言葉が渦を巻く。

 もう一回死ねばいい。どいつもこいつもが一階層に落ちたらいい。そして二度と俺の目の前に姿を現すな。お前らみたいなやつが天使様に認められるはずがないだろう。


「すいぶんと反抗的な目つきだな。ちょっと運がいいからって調子にのりやがって。暴力行為は二度目は厳禁だがまだ一発も殴ってないやつはここにごまんといるんだぜ。試してみるか?」


 もう疲れた。


「やってみろよ。新しい体にまだ馴染めてないだろ。殴ろうとして無様にこけないように気をつけろよ」


 №0122のあからさまな挑発に、№0153だけでなく他の面々にも苛立ちが募った。一触即発の雰囲気とは、まさにいまの空気のことをいうのだと思う。

 №0122は頭の片隅で、もう二度と二階層になんて降りてくるかと誓った。

 №0139が不機嫌そうな顔で近づいてくる。

 殴られる、そう思った。

 目を閉じた。

 しかし、いつまでも痛みはやってこない。

 目を開ける。目の前には、№0122を庇うように両手を広げた少女がいた。


「こ、この人を殴っても、いいことなんてないですよ。むしろ罰則を与えられるかも。だからもうやめましょう。ね?」


 №0122には見えなかったけど、彼女は自分が殴られるかもという恐怖に声を震わせながらとんでもなくぎこちない笑顔を作っていた。首筋のカラーに刻まれた№を見れば、0199とある。

 怒りも冷めやらない彼らではあったが、№0199の顔に免じて今回は許してやるといった風に解散していく。

 №0199はその場でへなへなと座り込む。それからこっちを振り向いて、安心しきった笑顔を見せた。


「いやあ、怖かったですね」


 尻もちをついている№0122と、ちょうど同じ目線の高さ。

 そして生の疑問。


「どうして……」


 庇ってくれたのか。

 という言葉は抜けていたけど、№0199はちゃんと意図を汲んでくれて、


「あのですね。バンシーに一人で立ち向かっていくあの姿がとてもかっこよくて。それなのにこんな仕打ちはあんまりじゃないですか。だから私黙っていられなくて」


「……そう」


「でも本当は、私がバンシーに近接戦を仕かけてやる、って提言できなかったことがちょっと心残りだったんです。まあその罰が下って死んだのかもしれませんけど。はは。——でも、だからこそ、今度こそは、って勇気を振り絞ってみたんです。あなたからしたら、こんなものは勇気とは呼べないものかもしれませんけど。だけど、またあなたが困っていたら一緒に行動したいです」


「…………俺が殴られてたら一緒に殴られてくれるってこと?」


「え⁉ ううんと、ええと、そ、そうですよ。どんとこいです。上等です」


 №0199は薄っぺらい胸を拳でどんと叩いて見せた。

 そんな姿がどこかおかしくて、№0122は小さく笑ってみせた。

 久しぶりに笑った気がした。

 少しだけ、救われた気がした。

 部隊の変更は、とりあえず現状保留ということにしておいた。

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