Apostle Memory 2/3
バンシー討伐戦以来、№0122の様子が少しおかしい。
彼のことをよく見ている№0199が、そう思うのだからまず間違いない。
№0122と言葉を交わしたあの日から№0199は彼と交流を始めた。№0199は、三階層に昇る権限を有していない。だから№0122が必然的に二階層に降りてくる形になった。だけど、それを目ざとく見つける使徒たちがなにかと突っかかってきて、碌に言葉も交わせやしない。しかし、二人で誰にも見つからない場所を探している時間は、妖精獣と戦う時よりも緊張感があって、なによりも楽しかった。
言葉は多く交わさなかった。
それでも、彼は、時々おかしなことを言う。
人間って知ってるか。
俺たちはいったい何なんだろう。
死が怖いんだ。
おかしなことを言うものだと思う。人間というのは昔の地球に住んでいた生物で、使徒の姿のベースになった生物でもある。それぐらいのことは教育の中で教わった。だが、人間の生態に関してはよく知らない。だから生態に関しての質問なのかと思ったが、№0122は歯切れ悪く曖昧に相槌を打つのみだった。
よくわからない。
私たちはいったい何かと問われれば、そんなものは使徒という言葉以外にない。天使様のため、地球に巣食う妖精獣を狩る存在だ。いつしかすべての妖精獣を狩りつくし、熾天使の涙を手にし、天使様にあの緑の地球を献上するのだ。じゃあその後は——そんな風に質問を受けたが、それ以上のことを考える必要があるのかが疑問だった。
よくわからない。
死が怖いというのなら、そんなことは当たり前だと思った。天使様からの評価は死ぬことによって大きく下がる。それに死ぬ際に受ける怪我はとんでもなく痛い。死ぬことが怖いだなんて、改めて言うようなことではない。だけど、彼は評価が下がるとか怪我が痛いだとかいう理由じゃなくて、もっと違う理由で死を恐れていた。それがなにかと問えば、よくわからないという返答が返ってくる。
——わからないから怖いのかもしれない。
彼は、とても難しいことを考えているのだと思った。
そして次の討伐対象が決まった。
妖精獣の名は「ノーム」というらしい。
作戦決行前夜、№0122はひどい頭痛に悩まされていた。何でも、頭の中で甲高い悲鳴が聞こえるのだそうだ。
心配だったが、№0199にできることは特になかったし、作戦はすでに始まってしまった。
速乾性ブロースーツを着込む。FEAの格納庫に向かう。一階層から七階層までが吹き抜けで繋がった広い空間に、各々の乗るべきFEAが壁面に格納されている。腰元からポータブルフロアを取り出し、乗り、№0199は自分のFEAの元へ浮遊していく。
FEAに神経接続した。そのままカタパルトレーンの射出口へと向かい、大気圏カプセルに包まれて地球に向かった。
降下地点がアイ・センスで見えるほど近くなってくる。深い樹海の中心が、クレーターのように抉られて、赤から茶色の地層が露出している。その場所こそがノームの出現地点である。先行部隊のFEAたちはアンノウンボックスを溶け合わせ、箱を作り、虚数領域を侵す。
肉の化け物が現れた。
ピンク色のひたひたした表面が、脈を打つように静と動を繰り返している。目や鼻といった器官は特に確認できず、手足もない。どころか、ノームは原型を留めていない不定形の肉の塊のように思えた。
そいつが、何の予備動作もなく動いた。
視認も難しい速度で、ノームの体の一部が触手のように伸び、FEAを三体まとめて押し潰したのだ。
部隊長の指示が飛び、FEAたちは散開しながら銃弾をまき散らす。しかしノームの体は損傷した箇所をすぐさま修復し、触手を伸ばしてFEAの残骸を次々に積み上げていく。
触手がこちらに向かってきたら、終わりだ。とても避けられる速度ではない。
——そのはずなのに。
FEAの一体だけ動きが違う。何の予備動作もないノームの動きを、まるで事前に察知したように最小限の動きで避け、しかも伸び切った触手をヒートナイフで切断している。そのFEAはクリエイティブマシンガンで焼夷弾を放つ。
なるほど。
ヒートナイフで切断されたノームの触手は再生が遅い。焼夷弾で焼かれた箇所にしてもそうだ。
ノームの弱点は火や熱。
それを暴き、尋常ならざる動きをしているのは№0122だった。
だが彼は、部隊長の命令を無視し、さらにはノームの攻撃を避けるために仲間を盾にし、明らかな違反行為を繰り返している。
どうするべきか。彼を止めるべきか。だが、そんな思考をしている暇もない。さらなる妖精獣の反応が現れた。パターン信号を解析すれば「バンシー」とある。
馬鹿な。
バンシーは№0122がすでに倒したはずだ。
パターン信号の発生源に目を向けてみれば、№0122がその先にいる。パターン信号の動きと彼の動きが完全に一致している。そこから導き出される結論は、彼が妖精獣バンシーであるということだ。
№0199が、思考をまともに回すこともできずに立ち尽くしていると、なにかが視界の隅でもぞりと動く気配がした。
押し潰されたFEAの残骸が緩慢な動きで立ち上がり始めた。起き上がったFEAの残骸は、例外なくノームの肉体がまとわりついていた。肉がFEAの体に張り巡らされ、操り人形のように動いているのだ。
同士討ちが始まった。
クレーターの斜面を駆ける№0122は、ノームに操られているFEAたちを容赦なく蹂躙していく。
№0199は、どうしたらいいのかわからなかった。
迷いは隙を生んだ。
ノームの触手が№0199のFEAを貫いた。№0199の本体に、気持ち悪い肉が入り込んでくる。それは内側で膨らんで、体の隅々まで張り巡らされ、やがて体を作り替えていく。
その過程は、今までに感じたことのない強烈な痛みを伴っていた。
神経を剝き出しにした肉は、空気に触れるだけでも痛い。つまりは、自分の体はそういうものになってしまったのだ。
何とかFEAの中から脱出し、外の光景を見た。
一体のFEAに、ノームの本体が殺されていた。
この時に気づいた。
彼に苛立ちを募らせる使徒たちの気持ちが、どうしようもなくわかってしまった。
自分が醜い姿になり、常に激痛に苛まれ、天使様に何の貢献もできなかったのに、彼だけは自分の姿を保ったまま最大の戦果を挙げている。
ずるい。
どうしてお前だけ。
だけど、さらに気づいたことがいくつかあった。
先行部隊は、№0122を除きすべてが自分と同じノームの肉体に成り果てたということ。ノームの肉体は、ノームがかつて人であった頃の記憶も№0199に与えたということ。そして、№0122がすでに妖精獣であったということを確信した。
きっと、バンシーは倒されたのではなく、№0122の肉体に入り込んでいたのだ。今まで話していた彼は、彼の記憶を持っていたバンシーということになる。
№0122のFEAが動きを止めた。
感情が押し寄せてくる。
彼を、いったいどうしてやろうか。
周囲の元使徒たちは大半がすぐに自殺した。残った者たちはすべて同じ理由で生き残った。
——彼に、自分たちと同じぐらいの苦しみを与えよう。
彼の記憶を消し、仲間を殺させ、居場所を奪い、最後に真実を打ち明けよう。
私たちと同じように彼は絶望してくれるだろうか?