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地には妖精、月には天使  作者: 仲島 鏡弥
第2章 名前
13/49

Dollと再びの邂逅

 最初にDollを撃破した時みたいに、まずは落下してくる無防備なDollを狙撃する。

 敵はしかし同じ轍を踏むほど愚かではない。落下するにしてもだいぶ距離を離している。まとめて狙撃されるリスクを減らしている。その位置取りは、緑海に身を隠して狙撃されることのない最善の間合いを取っている。

 こちらが狙撃するには、FEAの身を晒し、さらには、こちらが狙撃可能な場所まで走らなければならない。

 それに落下速度を鑑みれば、狙えるDollは一体に絞られる。

 どいつを狙うか。

 でも、天使に操られているやつらにそもそも個体差なんて存在しないだろう。

 だったらどいつを狙ったところで、勝敗の結果はきっと同じに違いない。

 ミライは適当な一体に狙いをつける。アンチマテリアルライフルの射程圏内に入るまで走り出した。

 身を晒しているのだから、不意を突いて狙撃することは不可能だ。だからといって、狙撃をしないことはありえない。

 アンノウンボックスによる拡張。クリエイティブマシンガンをアンチマテリアルライフルへ。狙撃に必要な、気温湿度風向き角度コリオリ等のすべてを演算し尽くす。最適な斜面に伏射の姿勢を取った。

 狙うのはやはり、大気圏カプセルが燃え尽きた時、動力系操作の覚醒しきれていない瞬間だ。

 一撃で倒すことができれば上々で、最低でも動力系に支障をきたすほどの損傷を与えることが重要だ。

 狙いを定める。

 敵、九秒後に狙撃位置まで到達。五……四……三……二……

 一。

 狙撃。

 弾着確認まで四秒。

 四……三……二……

 この時、大気圏カプセルから解き放たれたDollは上方に肩のスラスターを全力噴射し、落下速度をより増しながら地面に向かって行く。

 一。

 FEAの放った銃弾は、Dollの肩口をわずかにかすめる程度だった。損傷なんてまったく与えることができていない。

 おかしい。大気圏カプセル内ではシステムチェックや擬似感覚器を呼び起こすぐらいしかできないはずなのに、動力系統の機能であるスラスターを大気圏カプセル解放直後に作動はできないはずだ。

 大気圏カプセルが燃え尽きる瞬間を誤魔化す擬似映像投写、Dollの機能や大気圏カプセルの相互干渉レベルをいじった機能改造、アンチマテリアルライフルの銃弾の弾道を狂わせる周囲の風圧変化装置、狙撃の外れた理由はいくつか予想がつくけど真実を辿ったところで別段意味はない。

 とにかく撃たなければならない。

 このまま射程圏を外れていくDollをそのままにしておくことはできず、ミライは先ほどの弾着観測結果から誤差を修正していきアンチマテリアルライフルで四度の狙撃を繰り返す。

 すべてが外れる。

 Dollはすでに射程圏外だ。五体のDollが特に危険も犯さずに地面に降り立とうとしている。狙撃による最大の戦果は、肩口を最初に銃弾がかすめた程度のものだ。このままでは万全の状態の五体のDollを相手取る必要が出てくる。

 勝てるのか、という単純な疑問がある。

 最初の戦闘では、初めの狙撃で五体の内の二体を仕留めた。そして大きな損傷を五体の内の一体に与えた。

 万全な状態の二体と、まともに立ち上がることもできない一体。

 こいつらとの戦いで、ミライは散々追い込まれたあげくに、死を覚悟したのだ。

 ミライが敵を倒すことができたのは偏に、ミライの知らない謎の力があったからだ。頭に、不快な音が鳴り響き、自分の体が制御できなくなり、気づけば知らぬ間にDollの残骸が積み上がっていたというのは妙な感覚だった。それでも、自分がやったのだという感覚は残っていた。気味が悪かった。

 あれがなにかはわからない。

 わからないものには頼れない。——今はまだ。

 自分の力だけで五体を倒すということは荒唐無稽のようにも思える。単体でできることには限りがある。

 だからとにかく、数を一体ずつ減らしていくという方針は変えない。

 狙撃を恐れたDollたちはバラバラに落ちてきている。着地地点の距離からではすぐには合流ができない。

 各個撃破のチャンスは恐らく、そこしかない。

 狙撃を外したDollの元に向かって走り出す。接近戦にもつれ込み、すばやく対処し、次のDollに向かい、また撃破する——これを繰り返さなければならない。

 あるゆる擬似感覚系、広域探知系を総動員して隙は作らない。

 Dollの反重力翼の使用を確認。落下の勢いを殺しての着地を確認。

 ヒートナイフを格納鞘から抜き放つ。獰猛な唸り声を上げる鞘の内部のチェーンエンジンと、ヒートナイフの刀身がかち合って周囲に盛大な火花を散らす。ヒートナイフに熱と振動が生まれる。

 目標のDollも臨戦態勢を取ってくる。

 そう思っていたが——

 Dollは、ヒートナイフもクリエイティブマシンガンを構えることもなく、くるりとこちらに背を向けて、そのまま走り出した。


 ——は?


 逃げた。

 ふざけるな。

 ミライは逃げていく背中を追いかける。

 逃げていくDollは、自分のアンノウンボックスに銃を持たせている。不定形のアンノウンボックスが、器用にトリガーを引いた。そのままこちらに牽制の銃撃を行ってくる。

 ミライは弾着予測箇所のブラックアーマーの厚みを増し、銃弾を防ぐ。こちらもDollに対しての射撃を試みる。Dollのアンノウンボックスが、クリエイティブマシンガンの持ち手以外を触手のように伸ばし、銃弾を防いでくる。

 攻撃と防御の一切をすべてアンノウンボックスに任せ、自分は逃げることに注力する腹づもりか。時間を稼ぎ、ほかの四体のDollと合流するつもりか。

 そもそも他の四体はなにをしている。

 ミライは、四体の動向をドップラーレーダーにより確認する。

 四体のDollは、まったくその場から動いていない。

 なにを考えている。

 一方は逃げ、一方は動かず、彼らからは戦意というものを感じられない。

 戦う気があるのか。

 以前とは戦況がまったく違う。

 このままDollを追いかけても状況は進展しない。

 こちらもアンノウンボックスを使って、目の前のDollに対しての攻撃手段を増やすか。しかし攻撃手段を増やしたところで、距離を離され続けている状態でできることは少ない。それにアンノウンボックスは、不足の事態の対応手段として使うのが好ましい。

 視覚内に、不審物が映り込む。

 上空。

 雲を貫いて落下してくる。

 増援かと思ったが、それにしてはDollに比べて一回り小さい。

 視覚をズームする。落ちてくる物は、六角形の下辺を引き延ばしたような形だった。数は五つだ。FEAの機能を脳に圧縮言語で叩きこまれた際に、あれの情報は得ている。あれは武器を格納するコフィンだ。

 何の武器が入っているかはわからないが、不動を貫くDollたちは新たな武器を得るためにこちらに攻撃を仕掛けなかったのだ。そして、逃げ回るDollの目的は仲間が安全に武器を確保するための時間稼ぎだ。

 まんまと策に嵌まった。

 しかし後悔したって時は巻き戻せない。

 ミライは足を止めた。

 追いかけられていたDollがミライの行動を不審に思ったのか、わずかに走る速度を緩めた。もしかしたら、ミライが他のDollを狙いに行くと思ったのか、もしくはミライがすべてを諦めたと思ったのかもしれない。

 その隙に、ミライはブラックアーマーを右腕に集約させて外付けの筋肉のように扱った。アンノウンボックスをヒートナイフの拡張に使って、長さ二十メートルに及ぶ幅広の剣を生み出した。

 それを恐ろしい膂力で、投げた。

 幅広の剣は、Dollの操るアンノウンボックスとクリエイティブマシンガンを貫いて、逃げ回るDollに向かって一直線に飛んでいく。

 Dollはこれを横に転がるようにして避けた。Dollに飛来した幅広の剣が地面に深々と突き刺さった。

 Dollを殺せなかった。それでも障害物は排除した。

 そしてなによりも、Dollの足を止めた。

 Dollは、転がった体勢から地面に手をつき、そして立ち上がろうとした。

 その間にミライが距離を詰め終えている。

 クリエイティブマシンガンの銃口をDollの眼前に突きつけた。無数の銃弾がDollのブラックアーマーと外骨格の形を変えた。各合筋肉からの血飛沫と機械部分からの火花を浴びる。Dollが腰のヒートナイフに手を伸ばそうとしたが、ミライはその手を踏みつけ、一切の反撃を許さずにDollを一方的に蹂躙した。

 Dollが完全に動かなくなったことを、相手を何度か踏みつけることで確認した。Dollの腰元を探り、Dollの抜くことの敵わなかったヒートナイフを奪った。

 その後に傍の地面に突き立っている幅広の剣に近づき、そのまま抜いた。

 ヒートナイフとアンノウンボックスを一時的に手放した。ブラックアーマーの防御を一時的に放棄した。これらのリスクを背負うことが、ミライには追いつめられるまでできなかった。


 ——やっと一体を倒した。


 しかし、反撃開始なんて気分にはなれない。

 すべてが、予定調和のような気がする。

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