VSバンシー 1/2
ロボットに乗りたい
大気圏カプセルの中で、FEAは三角座りで浮いていた。
FEAの中の№0122は、あまりこの格好が好きではなかった。大気圏カプセルは、このような格好にならないとFEAが収まらない。これ以外の格好では、各合筋肉の可動域にちょっとした負荷がかかる。それぐらいのことは理解しているが、それにしても三角座りというのは少し卑屈に見えないだろうかと思う。FEAに接続している時ぐらいはもっと好きな姿勢をしてみたい。とは思ってはみるものの、これ以外にどんな姿勢をとればいいのかはわからなかった。
№0122は素直にチェック作業に入る。
FEAとの神経接続は、シンクロ率九十三パーセントとすこぶる良好だった。
どうせ百パーセントに至ったところで、生身に比べたら神経伝達の巡りは目にわかるほどに遅い。電気信号の速度が生身よりも速いからって、FEAの体長が三十七メートルであることを考えれば、ちょっとした電気信号の速度の違いなんてあってないようなものである。だから九十三パーセントも百パーセントも大した違いなんてない。周りのやつらなんて八十五パーセントを超えたらいいぐらいだし、それに比べたら№0122のシンクロ率はかなり優秀といってもいいだろう。
FEAの手を握った。そして手を開き、また手を握る。
生身との神経誤差は正常値内で、各合筋肉の可動にはなんら問題はない。
『——————』
圧縮言語を捉えた。
FEAに備えられた補助脳に、内容の要点を絞らせる。
『着陸次第、作戦開始。バイタルやシステムのチェックは済ませておくように』
とのことで、№0122は言われた通りにあらゆるバイタルとシステムをクソ真面目に一つ一つ確認していった。
問題はなかった。
アイ・センスを起動する。
初めて視界に光が満ちる。
真っ黒な宇宙空間に散りばめられた星々が煌めいている。地表の八割が緑海に覆われている地球が近づいてくる。大気圏カプセルの周りが真っ赤な炎に包まれる。周囲には№0122と同じようにFEAで大気圏に突入している者が大勢いて、地表から眺めてみればそれは流星群のように見えるに違いなかった。しかし№0122には、自分の周りの炎を眺めることしかできなかった。
大気圏を突破する。
大気圏カプセルは燃え尽きた。
周囲の炎が消えた。
地表が、どんどんと近づいてくる。
№0122は、背中から反重力翼を展開した。№0122のFEAはすべての重力を殺してから着地した。
周囲のFEAも着地に失敗したマヌケはどうやらいないようで、圧縮言語による指示で彼らはすぐさま作戦に移行した。
目指した場所は穴ぼこの岩盤だ。
穴をヒートナイフで掘削する。広がった穴をほふく前進で進む。ドップラーレーダーを反射させながら目標位置までの安全を確認する。驚くほどになにもなく、FEAの部隊はあっというまに目標位置にたどり着く。
広い空間だった。
上下左右がすべて岩盤に覆われている。FEAの部隊はアンカーを射出。岩盤に、ばらけるようにアンカーで張りつく。
FEAたちの囲む先にはなにもなかった。
そのなにもない空間に向かって、FEAたちは付随するアンノウンボックスを展開する。普段は黒い立方体としてFEAの周りを浮遊しているアンノウンボックスは、FEAの脳波に反応してどのような姿にも変わることができる。百に近いアンノウンボックスたちは、それぞれが溶け合うようにして巨大な「箱」を形成した。
圧縮言語で、部隊長が言った。
——虚数領域侵犯。
巨大なエネルギーが、アンノウンボックスで形成された箱の中に現れる。地が震え、空気が痺れ、体の芯が凍えるような暴力的な感覚に身を浸す。
箱の中に、なにかがいる。
アンノウンボックスたちは箱の形を維持できずに黒い立方体としての姿を取り戻す。アンノウンボックスはそれぞれのFEAのもとに帰っていく。さっきまで箱のあった位置に、さっきまではいなかったはずの巨大な生物がいた。
どうやら二脚二腕で、空間を埋め尽くすような大きさで、黒い外套のようなものが張り付くように体に纏わりついていて、そして外套から唯一覗いた両の手がなにかに祈りを捧げるかのように組み合わされている。顔は見えないし、考えも見えない。わからないことだらけではあるが、パターン信号から「バンシー」という名前だけはわかっている。
さらにもう一つだけわかっていることといえば、こいつは地球に巣食う「妖精獣」と呼ばれる化け物の一匹だということぐらい。
そして、№0122を含めたFEAたち先行部隊は、これからの戦闘によってバンシーの情報を明らかにしていくことが目的である。
『目標はバンシー、クリエイティブマシンガン構え、形状はそのまま、弾はHE。三秒後に一斉掃射』
FEAたちは部隊長の指示に従う。
三秒。
榴弾が、空間を埋めつくす。すべてはバンシーに向かって撃ち放たれ、大きな的は一発すら外れることがなく、バンシーの纏っていた外套は本当にただの布のように貫通されていく。爆炎がバンシーを包み込んでいく。青白い肌が露出される。女性的な乳房が露になる。すべてが血液の赤に染まっていく。
『撃ち方やめ』
射撃音が止んだ。
爆炎が晴れて、そこに現れたのは傷だらけのバンシーだった。体勢は膝から崩れ落ちるような形で、纏われていた外套は見るも無残にぼろぼろで、女性的な体つきと、目も鼻も耳もない顔がある。体が痙攣するように震え、どうみたって立ち上がる気力さえないように見える。しかし組み合わせた両の手だけは崩さない。
なんだこいつは。
どうしてここまで無抵抗なのか。
これまでの妖精獣であれば、問答無用の再生能力を持っていたり、体を光子に変えて地球の裏側に一秒足らずで逃げたり、圧倒的な運の良さであらゆる攻撃を回避したりと、様々な固有能力を発揮して、次々とFEAたちを翻弄してきた。
なのにどうしてこいつはなにもしない。
№0122以外にもこれを疑問に思った者は多く、圧縮言語の飛び交う中で楽観的な台詞よりも懐疑的な台詞のほうが多く見受けられた。
そして圧縮言語の一つが言った。
『おい、№0122。お前ちょっと近接行動取ってみろよ』
こいつは№0153だ。なにかにつけて№0122につっかかってくる嫌なやつ。しかし、嫌なやつはこいつだけではない。
№0106と№0139と№0187もそれに同調して近接行動を勧めてくる。
それを皮切りにして、周囲も№0122に近接行動をするように説得を始めた。情報収集のためだと言って、部隊長までもが周囲の意見に準じた発言をするようになった。
なにもかもが嫌になる。
どうしてお前らのためなんかに命懸けの行動をとらなければいけないんだ。
№0122の発言は、
『了解』
ヒートナイフを構えた。
アンカーを取り外した。
落下地点の先に、死にかけのバンシーがいる。
バンシーの胸を、ヒートナイフで重力の勢いそのままに貫いた。抜いて、また刺す。抜いて、また刺す。——あんなやつら、死んでしまえばいいのに。抜いて、また刺した。
ギ——。
イヤー・センスが、音を捉えた。
音の発生源はバンシーの口。
なにかが起こると理解しながらも、なにかをする間もなく異変は起こった。
バンシーが叫んだ。
音の波は、それが音であると理解できないほどの巨大なもので、№0122は、イヤー・センスをカットすることもできずに意識を沈めた。
——目が覚めた。
FEAとの神経接続が切れていた。リプレイスニューロでFEAとの神経接続を試みる。イヤー・センスだけはうまく起動ができなかったけど、アイ・センスとスキン・センスは通常通りに起動が可能だった。
現状を把握する。
自分は、バンシーの胸に顔をうずめるような形で寝ていたらしい。FEAの体はバンシーの血液に濡らされ、アンノウンボックスはさっきまで石ころみたいに転がっていたらしく、自分が気絶してからいったいどれだけの時間が流れたのか見当もつかない。
起き上がり、まず目に入ったのはバンシーの死体だった。
そして周囲をぐるりと見渡せば、№0122を除いた、作戦に参加していたすべてのFEAが地べたに寝転がっている。
すべてのFEAに生命反応がない。
これらのすべてが、死んでいた。