昼休憩の時間だけ異世界に繋がるタイプの中華料理屋〜くっコロエルフさんとまかないチャーハン〜
「ーーありがとうございやした」
という言葉と共に暖簾をしまう。
オフィス街の一角で営む源五郎の中華料理屋は、休憩を挟んで昼と夜に営業をしているタイプの店だった。
店長の源五郎は、昼の忙しい時間を終え、さて自分の飯でも作って休憩するかねえと首にかけたタオルで汗を拭う。
ーーと、そこで、閉めたはずの扉がガラガラと開いた。
「すいませんねお客さん、今は休憩の時間で……」
そう言って源五郎が振り向くと、そこに立っていたのは、ボロボロに傷ついた若い女だった。
女は、明らかに只者ではなかった。
その衣服はまるでつい今しがた戦場に立っていたかのように破れていたし、金色の長い髪はぐしゃぐしゃに乱れ、全力疾走してきたみたいに肩で荒い息をしている。
女はぎょろぎょろと視線を忙しなく動かした後、カウンターの奥で硬直している源五郎に目を止めると、ぎょっとした顔をした。
「……ここにも敵がいたか……!」
「いや、あの……」
「……万事休す、か……仕方がない」
女はその場に膝をつくと、血に塗れた剣を置き、重々しく言う。
「くっ……殺すがいい」
「…………」
なぜ、中華料理屋で殺す殺さないの話になるのか。
近所の目もあるし、店の評判にも関わる。
できることなら、止めてほしい。
源五郎はこの女に取り合わず、ひとまずは予定通りに自分の分の賄いを作ることにした。
冷蔵庫から取り出すのは、チャーシューと千切りキャベツ、冷やご飯に卵だ。
チャーシューと千切りキャベツは細かく刻み、卵は解きほぐしていく。
油を引いて熱したフライパンに、まずは具材であるチャーシューとキャベツを投入。
さっと具材に火が通ったら、冷やご飯を入れる。
そうしてご飯がほぐれたら、卵を入れる。
ここからは時間との勝負だ。
火力を最大にして、中華鍋を大胆に振り、鍋の中で材料を踊らせる。
メラメラと燃える炎の上で渾然一体となって舞うチャーハンの具材!
源五郎は左手で中華鍋を振りながら、右手に持ったおたまで具材を素早く混ぜ続ける。
やがて全ての具材に満遍なく火が通り、ごはんに少しの焦げ目がついたら、上から醤油を回しかけ、仕上げに胡椒を振った。
おたまでチャーハンをすくい、皿の上に盛り付ける。
これで「源五郎特製まかないチャーハン」の出来上がりだ。
「さて、と……」
源五郎がカウンターの中に立ったまま行儀悪くチャーハンを食べようとしたその時。
第三者のごくり、と生唾を飲み込む音が響き渡った。
「んん?」
見れば先ほどの女が、源五郎を、いや正確に言えば源五郎の作ったチャーハンを食い入るように見つめていた。
源五郎は女とチャーハンを交互に見つめ、しばし迷った後、カウンターにどんとチャーハンを置いた。
「食うか」
「! い、いや、しかし……それは貴殿の食事では……」
「いんだよ。腹を減らした客がいれば、食わしてやるのが料理人っつーもんだ」
女はおそるおそるカウンターに近づくと、そろそろと椅子に座り、おっかなびっくりレンゲを持ち上げる。
そして、本当にゆっくりとした動作でチャーハンにレンゲをいれると、意を決した様子でパクリと一口。
「!」
女の青い目が輝いた。
「お……おいしい! なんだこれは!? 口の中で、ライスがほろりとほぐれる……しかもそれだけでなく、卵と肉と野菜とがライスと合わさり、絶妙なハーモニーを奏でている……!」
そう言った女は、耳をピクピク動かして、猛然とレンゲを動かした。
ていうかこの女、なんか耳が尖ってるなと源五郎は思った。
「おいしい……貴重な胡椒がこれでもかと使われているが故に、ピリリとした味わいがたまらなく癖になる。というかこの、しょっぱさは一体なんなんだ? こんな味は未だかつて食べたことがない!」
まかないチャーハンひとつにここまで感動してもらえるとは思わなかった。
食レポのうまい女の客は、あっという間にチャーハンを食べ終えた。
源五郎が水をそっと差し出してやると、女は「かたじけない」と武士のような面持ちでいい、一気に水を飲み干してしまった。お代わりの水を注いでやると、それも飲み干す。
都合五杯の水を飲んだ後、女は立ち上がった。
「ありがとう。おかげで生き返った。これでもうしばらくは、戦えそうだ。あいにく持ち合わせがないのだが……これで許してほしい」
女はそう言うと、胸元から見事なエメラルドの嵌まったネックレスを取り出し、カウンターの上へと置く。
見るからに高価なその代物に源五郎が目を剥く。
「こんな貴重そうなもの、受け取れるわけねえだろ」
「しかし、今、金を持っていなく……」
「いいいい。いらん」
源五郎はうっとおしい蝿を追い払うかのような仕草で右手を振った。
「どうせあまりモンで作ったまかないだ。金なんかいらねえよ」
「だが……」
「いいっつったら、いい」
女はしばしまよっていたようだったが、やがてネックレスをもう一度首からかけ直すと、深々とお辞儀をした。
「ありがとう、主人。次に訪れることがあったら、必ず礼をする」
「いらんってば」
女はもう一度お辞儀をすると、その場で華麗に回転して出入り口に向かった。ボロボロに破れたマントを優雅に打ち振り、「いざ!」という勇ましい声と共に去っていく。
「なんだったんだ、今のは」
静かになった店内で、源五郎は一人そう呟くと、はっと我に返って立ち上がった。
「いっけね、オレの昼飯も用意しねえと。もう面倒だから、チャーシューと白米そのまま食えばいいか」
ーー後日、この女が仲間を引き連れて盛大なお礼に来ることなど露とも思わず、源五郎はチャーシューごはんをまかないにかきこむのだった。
昼ごはんのチャーハンが美味しく作れた記念に書いた短編です
気が向いたらまた書きます