いち クロウの苦労
よろしくお願いします
「でんかたいちょー」
間の抜けた声に、思わず出そうになった舌打ちを飲み込んだ。
「でんかたいちょー、ここは危険ですって言われてますよーう」
金髪碧眼の整った顔立ちの少年は、ため息は飲み込めなかった。
「呼び名はどっちかにしろといつも言ってるだろう」
言われた部下の少年兵は、首を傾げて傾げてんー、と唸った。
「えーと、たいちょーでんか?」
誰が入れ替えろと言った。
「名前に隊長をつけろ」
「えーと……おうじたいちょー?」
拳が唸るのは止めようとは思わなかった。
そんなマイ日常。泣きそう。
北の国との境、互いが砦を築き牽制し合い時に小競り合いを繰り返す辺境。
いつもお互い大した怪我もなく、マニュアル通りのやり取りと化していた小競り合いに、変化が出たのは一年ほど前のこと。
数年前から常駐しているクロウは、王国第二王子ということもあり、前線で兵の士気を上げ指揮をとれと、まぁぶっちゃけビッチに騙されて婚約破棄からの断罪返しを食らって左遷状態なだけなんだが。
おまけに剣の腕もからきしなので、役立たずでもある。やだ泣く。
それなのに、兵たちはバカにするでもなく(超呆れてはいたが)雑用から丁寧に教えてくれて(捨てられた仔犬に見えたんだと)、少年兵の部下までできた。人生捨てたもんじゃねぇな。
まぁ、名前も覚えてもらえないけど。くすん。
隣国の襲撃間隔が狭まって来た、と報告した一年前から、攻撃に魔術が加わった。魔術師は貴重で希少だ。こんな辺境で使い潰していい存在ではないはず。
探らせた所、魔術師がいたのは確認できた。が、封じの魔術でがんじ絡め状態。魔術を使える状態ではなかった。
どうやら、魔術師の魔力を魔道具に変換してこちらに撃ち込んでいるらしいと推察。やだ面倒と誰かが呟いた。
同じくその一年前。クロウは森でデカイ白狼(犬)を拾った。いや、正確には狼でも犬でもない。獣人だ。
本人曰く、魔虎の獣人だと言う。初耳だ。虎? 虎ってなに? え、ネコ? ネコって? 皆首を傾げたさ。
魔王領には集落があるらしいが、魔虎の獣人、アルは滅んだ小国出身だった。人を探していると言い、砦から出て行こうとしたが、怪我が酷いのでとりあえずクロウ預かりになった。
怪我が治り、闇雲に人探しは無謀と説得したクロウに懐いたこともあり、アルは砦でクロウと雑用から働き始めた。
アルだけあっという間に騎士になった。喜んだけど、部屋でひとり泣いた。ギャオン。
そのアルが、隣国との小競り合いで前線に立ち、噂の魔術師との邂逅後、ふたりを中心に爆発が起きた。
砂煙が収まったそこには巨大なクレーター。中心にはバチバチと空気が弾ける円型の結界。誰も近寄れないまま、いたずらに時だけが過ぎて行く。
一日に一度、結界の様子を確認するのがクロウの日課になっていた。
この日までは。
ありがとうございました。