「エッチはダメよ」
1985年夏休み。
保健の授業はないけど、
水泳部の指導を任されてる俺は
時々GPz1100でZ高校へと向かう。
飲まない時は基本どこへでもバイクで行く。
学校に到着すると集合マフラーの
排気音を聞きつけて男子生徒が2人
近寄ってきた。
クラブ活動で登校してきたらしい。
「先生、おっきいバイクやなあ。
ええっ! これ1100cc??
カッコえー!!」
「やっぱりスゴイ音ですねえ!!」
興奮した2人はメーターを覗き込む。
「うわ! 260キロ以上まで
刻んであるやん!」
「先生、何キロまで出しました!?」
エンジンを切るとカンカン照りの空に
セミの声がうるさく響き渡る。
「それはナイショやなあ。」
(立場上言えるわけないやろ)
「ええよなあ。
俺も絶対いつか中型免許取って
400に乗るぞおー。」
プールに行くと2年女子のS田と
T上の仲良しコンビ、
そして1年の男子1人がいた。
「今日は3人かあ。」
あとは3年男子が2人と
2年女子3人の合計8人だけの
まだ試合に出たことさえない弱小水泳部だ。
S田とT上だけは必ず来ている。
2人ともまだ全然実力不足だけど
水泳がすごく好きらしく
真面目に練習を続けている。
男子は人数が少なすぎて
3人ともあまりやる気が起きずに
積極的な練習はしていない。
こんな環境で気の毒やなあ。
S田とT上はクロールはだいぶフォームが
安定してきたけど、平泳ぎがダメだ。
2人にプールの壁に手を付かせて
足を持って蹴りの動きを教える。
遊びの泳ぎと違って、
競技の平泳ぎでは脚を左右に大きく
開かずにやや狭い軌道で
両脚が真っすぐ揃うまで蹴り込む。
「足を引きつけた時はこうやって
グッと足首を曲げるんやで。
ゆっくり引きつけて、、、サッと蹴るっ。」
しばらく繰り返して指導していると
M橋先生がプールサイドに現れた。
たぶん28歳くらいでこの春に
結婚したばかりの、ウェイブさせた
黒髪が素敵な学校一の美女という噂だ。
胸元にフリルの付いた洒落た黒の水着が
よく似合っている。
女子2人がはやし立てる。
「ヒューヒュー!
M橋先生、せくしいーーっ!」
「スタイル抜群ですねえ!」
そんなに泳げるわけでもないのに
水泳部顧問を任されてしまった
M橋先生は俺がスイミングコーチも
していることを聞きつけて
顧問代理を頼んできたのであった。
「アホ! アンタら何言うてんの!」
M橋先生はちょっと恥ずかしそうな
しぐさをしながら近づいて来た。
「レオ先生、あとでクロールの
息継ぎを教えてもらえます?」
女子2人への指導が一段落すると、
M橋先生に水の中で立ったまま
顔を水につけて、上半身で
クロールの動きをしてもらう。
M橋先生の後ろから覆いかぶさって
右手で彼女の右手を掴んで
水をかきながら息継ぎの姿勢を
とらせる。
「顔をつけたままだとキレイな姿勢で
泳げてるのに、息継ぎの時に
こうしてアゴが前に上がるから
おなかから沈んでしまうんですよ。
少しアゴを引いて視線を斜め後ろに
向けるようにしてください。」
左手で彼女の左腕を掴んで
右手でやさしくアゴを引かせる。
横で見ていたS田が
「先生、水着姿のM橋先生とぴったり
くっついてドキドキしませんかあ?」
と茶化す。
「なんでやねん。
そんなこと言うてたら
スイミングコーチなんかでけへんがな。」
水泳の指導とは正に手とり足とりなのだ。
エッチな気持ちは、、、
なんとかアタマから振り払わないと。
「あひょおおおおーーーーーっ!」
どっぼおーーーん!
突然O谷先生、I丹先生コンビが
勢いよくプールに飛び込んできた。
「レオ先生、ボクにもクロール
教えてくださいよー。」
細身のI丹先生がクネクネと
ふざけた泳ぎで生徒らを笑わせる。
「あははは! 何それえ!
スルメイカみたいやあー! 」
5年連続剣道日本一だったこのひとも
水の中ではどうも勝手が違うようだ。
続いて2年連続相撲日本一だった
ゴツイ体のO谷先生が見よう見まねで
バタフライに挑戦。
ものすごい水しぶきを上げるけど
まっっったく前に進まない。
まるでキングコングが
激しい背筋運動をしてるみたいだ。
「ぎゃははは!
先生、マジメにやってるのお??」
夏休みのプールでは平和な時間が
ゆっくりと過ぎていく。
まさか次の週、学校での1泊水泳部合宿で
「学校の怪談」に実際に遭遇するとは
誰も気付くはずもなかったのだ、、。
(続く。ドキドキ、、、。)