「裏切り者」
1学期も半ばに差しかかった頃、
体育教官室でカレンダーを見ながら
「う~ん、、、」
と唸っている俺に気付いたI丹先生が
近づいてきていつものように
おどけた声をかける。
「なあ〜にをまた考え込んでるフリを
してるんですか、レオセンセッ?」
この人は27才でほんとにめちゃ
ハンサムなのにまったく気取らなくて
なんともひょうきんで、
学校中の生徒から一番人気なのは
当然だろうし、俺とも一番親しい。
悪ノリするのさえなければいいんやけど。
「フ、、、フリ、ってなんなんですか。
いやほら、ボクが教えてる木曜って
祝日がまったくないんですよ。
でも月曜は特に代休が多いし、
他の曜日も時々祝日があって
それだけ授業の進行が遅れるから
ボクの受け持ってるクラスは他より
もう2、3時間分先まで
行っちゃってるんですよね。
これ以上どんどん進めないようにするには
どうしたらいいんかなあって。」
にわかにマジメな表情になるとI丹先生は
「ああ、それなら授業をしないで
ビデオ観せたらいいんじゃないスか?」
と言う。
「え? ビデオですか?」
NHKの教育番組かな?
「ええーーっと、、、あった、あった。
これいいでしょ? ハイ。」
スチール棚に並んだ本の間から取り出すと
俺に手渡す。
「風の谷の、、、ナウシカ??」
「先生、知らないんですかあ?
去年大ヒットしたアニメ映画ですよ。」
「ア、アニメえ???」
「生徒ら皆喜びますよ。
2時間くらいの映画やから
2週分授業が進むのを止めれるでしょ。
視聴覚教室使ってもらっていいですから。」
高校の授業でアニメなんていいのかあ、、、。
I丹先生の言う通りこの映画は
生徒らにも有名であった。
「うわー、これ観たかってーん!!」、
「先生、こんなん観せてくれるんですか!!」
最初のクラスの授業でプロジェクターを使って
映していると突然教室の前のドアがガラッ!
と勢いよく開いて
「ちょっとアンタら! 何コレ??
なんで授業中に勝手にこんなとこで
アニメなんか観てるのっ!!」
M橋先生だ。
結婚したばかり、28才くらいで
学校イチ美人と呼び名が高い。
あまり泳げないのに水泳部の顧問を任されて
困っていて、木曜だけ俺に顧問代理を、
できればついでに自分にも泳ぎを教えてほしい
とお願いしてきたので引き受けたのだった。
美女にはヨワイのだ。
普段おしとやかでもやっぱり生徒に叱る時は
キリっとしてるんやなあ。
生徒のひとりが言った。
「M橋先生、そんなこと言われても
レオ先生がビデオ観ようって
持ってきてくれたんですよお。」
「え! レオ先生?? あっ!!」
2mほど横に立っていたけど、照明を消して
暗いから俺に気付いていなかったようだ。
「ご、ごめんなさい!!
先生すごくお若いから、、、
生徒かと思って、、、。
すみません、
差し出がましいことしてしまいまして、、。」
恐縮して何度も何度も頭を下げながら
出て行った。
ハタチの時から自分でサンパツを始めた。
髪をツンツンに立てて前髪だけ少し
たらして、紺色のサングラス風メガネを
かけているチャラい外見の俺は
襟付きシャツを着たり、
ネクタイをするわけでもなく、
ジャージの上下でいるせいもあってか、
先生からも生徒からもよく生徒や
卒業したOBかと勘違いされていて
ちょっとつらいのであった。
実際この春まで学生やったんやし、
まあしゃーないかなあ、、、。
受け持っている3クラス全部に2週連続で
ビデオを観せて進み過ぎている授業の進行を
食い止めれたとホッとしていると、
「砂かけババア」Y田先生が近寄って来た。
1985年当時たぶん40代、
バスケット部の指導に熱心で、
34才の体育主任K山先生、
35才の去年主任だったT田先生、
体育科みんなが煙たがっている
ちょっとクチうるさいひとだ。
「レオ先生、授業でマンガ観せてたんやて?」
生徒から聞いたらしい。
「あ、アニメの映画ですけど、、、。」
すぐ横にはI丹先生がに席に座っている。
「アンタ、まだ学生気分が
抜けてないんちゃうの?
高校の授業でマンガなんか、、、
ホンマにもう。
先生という自覚が足らんのとちゃうか?
しっかりせなアカンでっ。」
「はい、、、すみませんでした、、、。」
チラッとI丹先生を横目で見ると
まるで何も聞こえていないように
知らん顔をして何か資料を見ている。
(おおーい、助けてくれよおー!)
Y田先生が体育教官室から出ていくと
I丹先生がくるっとこっちへ向き直った。
整った眉毛をぎゅうーっと寄せて
真剣な表情でひとこと言う。
「ダメですよ、レオ先生。
授業でマンガなんか観せちゃ。」
こ、こ、
このひとはあああああああーーっ!!!