「Pure」
Z高校水泳部のプールを使えない
冬場のトレーニングの一環として
器械体操が専門だった俺は
マット運動を教えていた。
今日は水泳部以外のクラブは
この体育館での練習はなく、
しーんと静まりかえっている。
ジャージ姿の女子S田が足を揃えて立ち、
真剣な表情で呼吸を整えて
精神集中している。
他の女子部員4人がじっと見守る。
俺はS田の横から腰に手のひらを
添えてバク転の補助の構えをする。
「ふうーっ、、、。」
静かに息を吐くとS田は一瞬
かがんだあと両腕を大きく振り上げて
後ろ向きに跳んだ。
俺は彼女の動きに合わせて
腰に手を当てたまま一緒に横に移動する。
トン!タン!
両手、続いて両足がテンポよく
ロングマットの上で音を立てた。
S田の顔がパッと輝いた。
「うーわっ! できた私!」
「すっごおーいっ!」
「バク転成功第1号やん!」
皆が拍手して大喜びする。
今までは全員に左右から二人がかりで
ジャージの腰に親指を突っ込んで
しっかり体重を支えて補助して
無理やり回転させていた。
最近S田がかなり上達してきたので
今回初めて俺ひとりで軽く
補助をするだけでさせてみたのだ。
「秋に練習始めた時は
後ろ向きに跳ぶのが怖すぎて
こんなん無理〜って思ったけど
なんとか回れるようになったわ〜。
先生ありがとう!!
もうメッチャうれしいーーっ!!」
「うん、よかったなS田。
もうちょっと後ろの方に大きく
跳ぶようにしたらよくなるで。」
純粋なこの子らはステキやな。
強い陽射し。
夏が近づいてきていた。
「うーわ! きったなあー!」
T上が驚いて大声を出す。
冬の間置いたままにしていた
水を抜いたプールは当然汚れている。
今日は水泳の練習再開に向けて大掃除だ。
「さあ、デッキブラシ持って。
みんなで分かれてゴシゴシや。」
「はあ〜い。」
今日は3年女子5人だけでなく、
2年の今や唯一の男子部員、
そして学校イチの美人教師M橋先生も
ジャージの裾を膝下までまくり上げて参加。
「M橋先生、来てくれたんですね。」
「レオ先生、いつも任せきりですみません。
器械体操まで指導してもらって
ほんとにありがとうございます。
あんまり泳げないけど名前だけは
水泳部顧問ですからプール掃除は
しっかりさせてもらいますよ。」
「ジャージ姿は初めて見ましたけど
スポーティでそれもいいですね。」
「え? いやレオ先生、
なんか、、、恥ずかしいわ。」
「ああーっ! M橋先生
顔が赤くなってるうーっ!」
「かわいいーーっ!」
「ひゅうひゅううーっ!」
「コおーラっ!
アンタら大人をからかうなあ!」
I民先生とO谷先生がデッキブラシを
肩に担いでプールサイドから降りてきた。
「人手がいるでしょ?
手伝いに来ましたよー。」
「あひょおーーっ!!」
くるぶしまで水が溜まったプールを
上半身ハダカになったO谷先生が
バシャバシャと走り回る。
「こんな感じでどうですか? レオ先生。」
ザッシュ! ザッシュ!
「ちょっとちょっとおーっ!
こっちに水を跳ねさせないでえ!
ああーっ! ワザとやってるでしょ!
汚いっちゅうのにもおーっ!」
「いやいやいやいや。」
「まあまあまあまあ。」
「あひょおーーっ!」
バシャバシャバシャバシャ!
、、、こ、この悪ノリコンビは
完全に遊びに来てるな。
Z高校弱小水泳部初めての地方大会参加。
去年の初夏に俺が顧問代理を任されて
来た時は指導してくれる教員がいない状況で
彼らは手探りで自己流で練習していた。
スイミングクラブでコーチをしている俺が
基本のフォームをイチから
教えていったのだった。
T上が賞状を手にして俺の前にやってきた。
他の部員が彼女の後ろに並ぶ。
「レオ先生!
初めて39秒台出しましたっ!
水泳部部員としてはまだめちゃ遅いのは
わかってるけど、、、わかってるけど
まえはクロール50mで50秒以上も
かかってたから、、、。」
お、おいおい、また泣くなよ。
「全然でけへんかったバタフライも
レオ先生に教えてもらって
やっとできるようになってきたし、
ちょびっとだけ自信持てるようになりました。
審判のひとが賞状に私の名前を
書き込もうとしてたんやけど、
お断りしてもらってきました。
絶対レオ先生に書いてほしいんです。
ここにT上友美ってお願いします!」
彼女は今まで見せたことのない
熱い強い眼差しで正面から俺を見据えて
両手で賞状と筆ペンをを差し出してきた。
ああ、、、なんかシアワセやな、俺。




