７.港町
『商船』
一行は陸沿いに東へ進み、始まりの国の港町へ船を向けた
陸を見失わないように航海すれば迷うこともない…遠洋に出るよりずっと安全だ
商人「ドラゴンの涙にはそんな効果が…」商人は驚いた顔で言った
囚人「ドラゴンは肉体が死んだ後もスカルドラゴンとして蘇る…それと同じだ」
商人「心はどうなる？」
囚人「心はしばらくは肉体に残る…維持するためには新鮮な血が必要だ」
商人「それが吸血鬼の起源か…」
囚人「俺はもう血を与えられなくなって随分たつ…正気を保つのが辛い…グガガ」
商人「新鮮な血は人間以外の物でも良いのかな？」
囚人「ガガガガ…知らん…グガガ」囚人は時折ゾンビのように動きがおかしい
商人「新鮮な血か…」
しばらく後…
僧侶「どうしたの商人？顔色が悪い」
商人「こ、これを囚人に持って行って」ヨロヨロと商人が倒れかけた
僧侶「え！？誰か～～～助けて～～！！」
騎士「ど、どうした？」騎士が飛び出した
商人「ぼ、僕の血を囚人に…」フラフラ
騎士「こんなに！！？僧侶！商人の介抱をお願い」
僧侶「うん…」
盗賊「おいおいどうした！！」
騎士「商人が囚人のために自分の血を抜いたみたいだ」
盗賊「なぬ！！馬鹿やろう！抜きすぎだ！薄めた塩水を飲ませろ！」
商人「僕は大丈夫だよ…囚人に血を早く…」
騎士は囚人の所へ生き血を持って行った
囚人「ゴクゴクゴク…」一気に飲み干す
騎士「き、気分は？」
囚人「最悪だ」
騎士「正気なようだね」
囚人「自分が魔物になるのを感じる」
騎士「不便な体だね」
囚人「だが世界を救う為に俺はまだ動ける」ギラリ
騎士「血はどのくらいの頻度で必要に？」
囚人「1ヶ月か2ヶ月か…分からん」
騎士「商人は自分の血を半分くらい抜いたみたいだ」
囚人「クックック…まだ千人分には程遠いな」
騎士「商人が全部悪いわけではないよ…」
囚人「そんなことは分かっている…俺も片棒を担いでいたのだから」
騎士「あまり商人を責めないで…」
囚人「フフ…何年ぶりかの外の空気…呼吸をしていればさぞ美味いだろうな」
騎士「ハハ…死人は言うことが違う」
囚人「私がもしも正気を失ったら一思いに心臓を突いてくれ」
騎士「わかった」
囚人「人間のままでいたいんだ」
---あなたは多分まだ死なない---
『船尾』
そこでエルフの娘は海を眺めていた
魔女「また黄昏ておるのか？」
エルフの娘「魔女様…」
魔女「囚われたエルフの行く末が心配じゃのぅ」
エルフの娘「はい…私の姉たちも行方不明のまま…」
魔女「エルフは肉体が滅んでも魂は再び新たな肉体を持って生まれるというが…」
エルフの娘「同じ肉体とは限りません…木々に生まれ変わったり…花になったり…」
魔女「ふむ…主はこの世界に再び生まれることを望むか？」
エルフの娘「愛があればまた…」
魔女「森で静かに生きる…それが答えかもしれんのぅ」
エルフの娘「私は精霊樹に生まれ変わりたい…そしてすべてを愛したい…」
魔女「ほうか…天候が怪しゅうなってきたのぅ…雨に濡れんようにな？」
『甲板』
盗賊「おーい！風が強くなって来た！帆をたたむのを手伝え！！」
騎士「これかい！？」
盗賊「そうだ！！それを引っ張れ！！」
騎士「フン！フン！フン！」騎士は全力でロープを引っ張り始めた
盗賊「ハハー良い運動になるなー！！」
騎士「なかなかキツイねこれ…」ロープを手繰り寄せるのはかなりの重労働だ
盗賊「体を紐で縛っておけよ！！落ちんようにな！！」
騎士「転覆する可能性は！？」
盗賊「無いとは言えんが最悪は気球で脱出する」
騎士「みんな一箇所に集まった方が良いね」
盗賊「今日は気球の籠ん中でお泊りだハハー」
騎士「今のうちにみんな呼んでくる」
盗賊「おう！呼んでこい！！」
『気球の籠』
この気球は貨物運搬用の気球で籠の部分が少し広い
とは言っても７人が自由に動ける広さは無いからハンモックを活用して数人は天井から吊るされて居る
騎士「僧侶！商人の容態は？」
僧侶「血が足りないみた～い」
魔女「7人で気球の部屋は少し狭いのぅ…エルフの娘や、こっちへおいで」
盗賊「にぎやかで良いじゃねぇか」
騎士「みんなはぐれないように体を紐で縛って」
商人「う、うううぅぅ…うげぇ」
騎士「商人は何も食べてないのに吐き気はあるんだね」
僧侶「血が足りないと回復魔法は効かないみたーい」
魔女「薄めた食塩水を少しずつ輸血すると良かろう」
盗賊「吐き気は果物を少しかじると収まるぞ？」
騎士「持ってくる！！」
盗賊「とにかく栄養だ」
僧侶「商人は体がすごい華奢だね？」
盗賊「心臓に病気を持ってるんだ」
僧侶「え！？」
盗賊「血を抜くのは本当は命取りになるんだ」
騎士「じゃあドラゴンの涙を」
盗賊「万病の薬だが…心臓あっての薬だ…商人には使えんらしい」
僧侶「私たちの血を少しずつ分けてあげられないかなぁ？」
盗賊「それもダメだ…商人の血は特殊な血なんだってよ…安静にしておくぐらいしかやれることが無え」
魔女「祈るしかないようじゃな」
僧侶「わたしがお祈りしてあげる～」
『嵐』
大きくうねった波と吹き荒れる風…そして強く打ち付ける雨
狭い籠の中で何も出来ず嵐が去るのを待つしか無かった
盗賊「こりゃ本格的にまずいな」
エルフの娘はピクリと動く 何かを気にしている様子だ
騎士「ん！！？エルフの娘？」
盗賊「どうした！？」
エルフの娘「いや…」（何か感じた…心を触ってきた）
エルフの娘は何も言わず眼を閉じた
騎士「ちょっと外を見てくる」
盗賊「海に落ちんなよ？」
騎士「紐は付けてあるから大丈夫」
騎士は甲板に出た
盗賊「どうだ！！？」
騎士「何も見えない…っと待てよ…なんだろうアレは？」
盗賊「ん？何かあるのか？」
騎士「向こうの方にも船が見える」
盗賊「どれ…おおおおお！でかい船だな…海賊船では無いようだ」
騎士「並行して同じ方向に向かってる？」
盗賊「嵐じゃみんな同じ方向に流される」
騎士「あ！！！あれは！！」
盗賊「なんだ？どこよ？」
騎士「何かの触手が見えた…なんだアレ…」
盗賊「なぬ！！クラーケンに襲われてるってか？まじかよ…」
商人「ううぅぅ…聞いたことがある」
盗賊「おい！しゃべらなくても良い 寝てろ！」
商人「その船は機械の国の船だよ…ううぅぅぅ…きっとトロールを乗せてる…はぁはぁ」
盗賊「もう良い！！しゃべるな！！」
ドカン！ドカン！
盗賊「大砲の音！！やっぱあのでかい船は戦ってんな…」
騎士「だめだ！遠くて見えなくなった」
ドカン！ドカン！
騎士「音だけか…」
盗賊「こんな嵐でクラーケンに襲われちゃたまらんわな」
騎士「クラーケンはトロールを助けるつもりなのかな？」
盗賊「さぁな？助けてもここは海のど真ん中なんだが…」
囚人「クラーケンは世界を救おうとしている…」囚人が口を開いた
騎士「え？」
囚人「我々もそのつもりで魔王城に行こうとしているのだろう？」
騎士「そうだ…僕は魔王を倒して世界を救うために此処に居る」
囚人「人間と魔物…いったいどっちが魔物なのか…」
騎士「……」
---確かに…トロールもゾンビも人間が関わって居なければ戦う事も無かった筈---
---多分クラーケンもそっとしておけば戦いになんかならない---
---この世界は…そんな世界になってしまっているんだ---
『翌朝』
嵐は去り、雲の隙間から朝日が射していた
騎士「嵐は去ったようだね」
盗賊「おう！大漁だな」
僧侶「うわぁ～お魚さんがいっぱ～い！ウフフ」
騎士「思わぬ収穫かな？」
盗賊「甲板に打ち上げられた魚を捕まえてくれ！！今日は海鮮料理だ！」
騎士「わかった！帆も張るよ？」
盗賊「おう！スピード上げるぞ」
騎士「フン！フン！フン！」ロープを手繰る手に力が入る
僧侶「お魚さん！待って～ ウフフ」
『数日後』
航海は順調に進んでいる
騎士「まだ商人の具合は良くないのかい？」
僧侶「うん…食事しても吐いちゃうみたい」
盗賊「早く陸に上げて休ませてやらんとな…」
騎士「そんなに心臓の調子が良くないのか…」
盗賊「数年の命と言われてもう数年経ってる…いつ逝ってもおかしくない」
騎士「そんな風には見えなかった」
盗賊「本当は走ることすら出来ん」
騎士「でも監獄まで一緒に…」
盗賊「まぁ…やせ我慢だな」
騎士「そうだったんだ…」
『無人島』
騎士「おーい！！陸が見えたぞー！！」
盗賊「ありゃ無人島だ…この位置だと港町まで後3日ってところだな」
騎士「目印になってるんだ？」
盗賊「夜になるとあそこの灯台が灯る」
僧侶「じゃあ無人島じゃないねー変なのー ウフフ」
盗賊「おぁ！！商人！！立てるようになったのか？」
商人「あぁ…もう大丈夫だよ」フラ
盗賊「フラフラじゃ無ぇか…無理すんなよ？」
僧侶「商人さん何か食べるぅ？」
商人「少し食べようと思う」
盗賊「精の付くもの用意してくれぇ！」
僧侶「怖い顔のお魚さんはいっぱいあるよ？」
盗賊「それで良い 丸ごと鍋にしてくれぇ」
『港町近海』
僧侶「ねぇ～～まだ着かないの～～？もう飽きたよぅ」
盗賊「今日の夕暮れには港町に着くはずだ…他の商船もチラチラ見えてる」
騎士「港町かぁ…つい何ヶ月か前に来たはずなのに随分経った気がする…」
僧侶「港町はねぇ…私が通った教会があるんだよ？ウフフ」
騎士「ハハ じゃあ昔の僧侶に会えるかもしれないな」
僧侶「うん！！でもね…4～5年前ならまだ来てないと思う～」
騎士「そうか残念だ…その頃は何してたんだい？」
僧侶「まだ孤児院だったかな～あんまり覚えてないの」
盗賊「うはは俺も孤児院の出だ」
騎士「みんな帰る場所が無いのか…」
盗賊「お前はどこ出身なんだ？」
騎士「向こう側の大陸だよ…最果てに小さな村があるんだ」
盗賊「ほーー…そういや肌の具合と髪質がちっと違うな？」
騎士「向こうの大陸は赤毛が多いね…僕は黒い方だけど」
盗賊「僧侶も良く見ると肌質が少し違うな？」
僧侶「かわいい？ウフフ」
盗賊「まぁなんつうか…お人形さんみたいっつうか髪の色も特殊だわな？」
騎士「あ！！陸が見えてきた？」
盗賊「マジか！！下船の準備しとけよ？騎士！！帆走を加減するから手伝え！！」
騎士「あ…うん！！」
『港町』
ここは始まりの国に入る玄関口だ…中立の国と違って城塞は構えていない
入り組んだ海岸の地形がそれに代わるからだ…しかし半面死角になっている浜辺から海賊が出入りする
盗賊「騎士！お前は先に行って宿屋を取っといてくれ！俺は商人を背負って後から行く」
騎士「分かったよ」
僧侶「わ～い帰ってきたぁ～ウフフ」
魔女「のん気じゃのぅ…わらわの愛しい人を探すぞぃ」
盗賊「もうすぐ日が暮れるから早く行け！」
騎士「宿屋まで案内してよ」
僧侶「は～い」
『宿屋』
宿屋のおばさん「旅人のお方…今日はお疲れでしょう…休んで行かれますか？」
僧侶「宿屋のおばさん！久しぶりぃ？ ウフフ」
宿屋のおばさん「はて？？会ったことがありましたかねぇ？」
僧侶「あぁそっか…忘れてた 7人分のお部屋お願い」
宿屋のおばさん「では4人部屋を2つでよろしいですか？」
僧侶「御馳走もよろしくね～？ ウフフ」
宿屋のおばさん「それは後ほど…ではお部屋までご案内します こちらへ」
『4人部屋』
盗賊「さぁ商人…これを飲め 栄養剤と増血剤だ」
商人「ありがとう盗賊」グビグビと一気に飲み干した
盗賊「すっかり痩せちまったな」
商人「大丈夫だよ…おかげで頭は冴えてるよ」
騎士「情報収集は僕が行ってくる…取り合えず酒場かな」
盗賊「あぁ頼む」
僧侶「私も行くぅぅぅ」
魔女「わらわも付いて行くぞよ…エルフの娘もな」
盗賊「美女3人連れてモテモテだな？」
騎士「囚人はどうする？行くかい？」
囚人「俺の顔は始まりの国の衛兵に見つかると厄介だぞ？」
騎士「わかった…酒を持って帰るよ」
囚人「クックック…酒で酔える体か実験か…それも良い」
騎士「じゃぁ行ってくる」
『酒場』
マスター「いらっしゃいませ…4名様ですか？こちらへどうぞ…」
騎士「いやカウンターで良いよ…マスターと少し話がしたい」
マスター「ではこちらへ…お飲み物は如何いたしましょう？」
僧侶「ハチミツ酒～」
マスター「皆様ハチミツ酒でよろしいですか？」
騎士「あぁ良いよ…それでマスター」
マスター「はい？」
騎士「勇者の噂を聞いたことは無いかい？」
マスター「ああ！2週間前に始まりの国の武闘会で優勝して王国から船をもらったそうです」
騎士「おお！！その船はどこに？」
マスター「3日前まで港に泊まってましたよ」
騎士「3日前？」（入れ違いか）
マスター「今は出航されたのではないかと…いよいよ魔王城へ向かったんじゃないですかねぇ」
魔女「そなたは武闘会を見てはおらんのかえ？」
マスター「見に行きましたよ…上位4人が全員勇者一行で不戦勝でした…ハハハ詰まらない試合でしたよ」
騎士「他に何か面白い話は無いかな」
マスター「これは噂ですが海賊王の娘の一人が始まりの国の衛兵隊長に抜擢されたそうです」
騎士「海賊王の娘？」（隊長の事か？）
マスター「始まりの国と海賊の癒着が最近話題になってますねぇ」
騎士「海賊はここら辺で何か悪さを？」
マスター「沖に出るとウヨウヨ海賊船が居て漁師は外に出られないらしいです」
騎士「へぇ…それは困ったね」
僧侶「ねぇ～退屈～飲もうよぉ～～ねぇねぇ」
騎士「あーわかったわかった…乾杯しよう」
僧侶「わ～い♪ かんぱ～い ウフフ」
『宿屋』
盗賊「おう！もう帰ってきたのか…」
騎士「いぁ僧侶が飲みすぎちゃって…」
僧侶「ぐがががすぴーぐがががすぴー」
盗賊「うはは…まぁ旅疲れだろう今日は休め！」
騎士「囚人！！お土産のウォッカだよ…一番キツイのを買ってきた」
囚人「フフ久しぶりの酒だ」
盗賊「ところで何か情報はあったか？」
騎士「勇者は３日前に船で魔王城へ向かったらしい…たぶん幽霊船を探しに…」
盗賊「入れ違いか…あと少しだな」
商人「うぅぅ…明日追いかけよう」
盗賊「おい！もう少し休んでからで良いんじゃねぇか？そう簡単に幽霊船は見つからんと思うが」
商人「良いんだ…作戦がある…明日の夜気球を使って出発する」
騎士「夜？」
商人「うん…気球は目立つから夜出発する方が良いよ」
騎士「じゃぁ今日は早めに休むよ」
盗賊「そうだな」
僧侶「ぐがががすぴーぐがががすぴー」
『翌日』
僧侶「え～～～もう出発しちゃうの～？」
騎士「あぁ…仕方が無い…早く勇者に追いつかないと」
僧侶「シュン…昨夜だっこ出来なかった」
騎士「お酒飲み過ぎだよ…まぁ夜まで時間があるから教会にだけ行ってこよう！」
僧侶「うん！！ありがとう」
騎士「魔女とエルフの娘も行くかい？」
魔女「わらわとエルフの娘は商人の介抱をしておるよ…二人でお行き」
騎士「わかった…じゃぁ行ってくる」
『教会』
僧侶「こっちこっち」
騎士「待ってよ…そんなに慌てなくても」
僧侶「あ…あれ？…あの子…」
僧侶は急に立ち止まった
司祭「ふむ…顔を見せてごらん」
司祭「泣き虫の顔をしておるね」
少女「ふえーん」
司祭「心を癒すには慈悲の祈りを捧げるんだよ」
少女「しくしく…」
司祭「ほらこうやって」
その子は教会の司祭に祈りのやり方を教わっていた
僧侶「どうして…」
騎士「ん？」
僧侶「あ、あれ…多分わたし」
騎士「え？どういう事？3年前じゃなかったっけ？教会に来たのは…」
僧侶「どうして？…おかしい…ここは4～5年前じゃないの？」
騎士「何かの間違いじゃ？」
僧侶「間違い？わたしの…記憶違い？」
騎士「4～5年前だって言ったのは…誰だっけ？」
僧侶「森の町の宿屋のおばさん」
騎士「1人だけだね」
僧侶「もしそれが思い違いだったとしたら…」
騎士「今居るのは…3年前かい？」
僧侶「この後…司祭様が犬に噛まれて私が回復魔法を…」
ワンワン！
司祭「これ！どこから入って…」ガブリ
司祭「いだだだだ」
少女「司祭様？…ふぇーん」
司祭「大丈夫…慈悲の祈りを続けなさい」
少女「痛いの痛いの飛んでけ！！」優しい光が傷口に溶け込んだ
司祭「フフフ良い子だねぇ」
騎士「ま…間違いなさそうだ」
僧侶「わたしたち祝福される…」
その少女はこちらを見つけ歩み寄って来た
少女「主があなたを祝福し…あなたを守られますように」
僧侶「え…あの」
少女「主が御顔をあなたに照らし…あなたを恵まれますように」
僧侶僧侶は僕の耳元でささやいた
少女「主が御顔をあなたに向け…あなたに平安を与えられますように」
僕は言われた通り…いつものように僧侶にキスをした
司祭「これ！勝手に祝祷してはイカン！！す、すいません…まだ見習いでして…」
少女「シュン…」
騎士「あ、あぁ気にしないで下さい」
司祭「これ！奥の部屋に入っていなさい」
少女「はぃ」その少女は奥の部屋に消えて行った
司祭「旅人の方…良かったらお祈りを捧げていって下さい」
『祈り』
僧侶はいつものように祈りを終えた
僕はその傍らでそれを見ていた
僧侶「あの時のまま…いざ昔のわたしを目の前にして何も出来なかったょ」
騎士「じゃぁ今からもう一回会いに行こうか？」
僧侶「なんかさ…そういう気にもなれないな…どうしてかなぁ？」
騎士「歴史は変えられないって事かな…」
僧侶「わたしの初めての祝福の祈りがわたしの結婚だったなんて」
騎士「え？結婚？」
僧侶「うん…さっきので結婚したんだよ」
騎士「いや…あの…」
僧侶「私を目の前にして何も出来なかったのはその後祝福されるのを知って居たから…」
何か変えると結婚出来なくなると思ったから…
もう一回会いに行く気になれないのも…全部壊れてしまいそうで怖いの
私このままで良い…このまま騎士とずっと一緒に居る
騎士「君の気持は分かったよ…」
僧侶「だっこして良い？」
騎士「おいで」
僧侶を抱きしめながら不謹慎にも別の事を考える僕が居る
---今が3年前という事はもう勇者達が危ない---
---確か先代の勇者は3年前に不明になってる---
『宿屋』
盗賊「おい！何処行ってた！？気球に荷物積むの手伝え！」
騎士「あぁ悪い！今から手伝うよ」
盗賊「日暮れまでに全部積むぞ」
騎士「そんなに沢山積むのかい？」
盗賊「食料をな…長くなるかもしれん」
騎士「気球で？」
盗賊「いや…商人の作戦では海賊船を一隻奪う…それからは魔王城まで陸には上がらない」
騎士「奪うって少人数で？」
盗賊「きっと上手く行く」
騎士「どういう作戦かな？」
盗賊「それは後で話す！！行くぞ！！」
『気球』
わっせ わっせ
用意された荷物を気球に積み、綺麗に整頓した
騎士「お、終わったぁ ハァハァ」
盗賊「ハハー 良い運動になったな！！ ハァハァ」
騎士「これみんな乗れるのかな？」
盗賊「こいつは貨物用の気球でな…狭いが結構な物量が乗るんだ」
騎士「球皮が膨らんでるの見たこと無いな」
盗賊「ちっとでかい…だから目立っちまう訳よ」
そこへ商人達が到着した
商人「積み終わったみたいだね…みんな連れてきたよ」
盗賊「おぉ商人！顔色良くなったじゃねぇか！」
商人「まぁね…エルフの娘の回復魔法のお陰かな…あとなんかエルフに伝わる霊薬も飲んだ」
騎士「エルフの娘も回復魔法が出来るんだ」
魔女「エルフは魔法にも長けておる筈じゃで直に僧侶を凌ぐかも知れんぞ？」
商人「暗くなるまで気球の中でバーベキューでもしよう！」
盗賊「そりゃ良い！食うぞ食うぞ！！」
『バーベキュー』
商人「食べながら聞いてね」
僧侶「んま～～い！」モグモグ
商人「結論から言うね…海賊船を一隻奪って勇者よりも先に魔王城へ行く」
騎士「幽霊船は？」
商人「見つけるのに苦労するから魔王城までの案内は囚人にしてもらう」
騎士「海賊船を奪う理由は？」
商人「商船だと魔王城までは辿りつけない…岩礁が多いから少しぶつけると座礁する」
騎士「海賊船ならいけるのかな？」
商人「海賊船の中でも軍船に近いやつを奪う…多少ぶつけても大丈夫だと思う」
騎士「軍船をどうやって奪う？」
商人「気球で軍船の真上から襲撃する…エルフの娘のロングボウが頼りだよ」
騎士「海賊の弓は届かない？」
商人「大丈夫！届かない所から狙い撃ちする…多分20～30人だ」
騎士「エルフの娘…出来るのかい？」
エルフの娘は軽くうなずいた
盗賊「ヌハハ頼もしいな…俺はむしろ囚人の案内が心配だ」
商人「囚人は一度魔王城まで行ったことがあるから大丈夫…だと思う」
囚人「魔王城までは海流と風向きが進行方向と逆だ…もし座礁したら気球に乗り換えて行く事は出来ない」
商人「裏航路の海図が無いから座礁するかは運頼み…」
魔女「運頼みでは困るがのぅ…愛しき人の命が掛かっておる」
囚人「途中は沈没船が沢山ある…その間を縫っていけば行けるだろう」
商人「他に質問は？ 」モグモグ
僧侶「どれくらいかかるの～？ モグモグ」
囚人「1ヶ月は掛からん…2～3週だ…天候にもよるがな」
僧侶「また船旅かぁ…モグモグ…飽きたなぁ…モグモグ」
商人「海賊船にはお酒も積んでると思うよ」
僧侶「おおおおお～～毎日酒盛りだね～ ウフフ」
商人「ハハ…控えめに頼むよ…飲んだ後の君のイビキはなかなかの物だよ」
僧侶「ちょ…それわたしと騎士のひみつなの！！」
盗賊「そんなん全員知っとるわ！！」
僧侶「えええええ！？」
『深夜』
盗賊「おい騎士…寝て無いだろうな？」
騎士「起きてるさ」
盗賊「出発するぞ！」
騎士「うん…」
僧侶「ぐぅ…すぴー…ぐぅ…すぴー」僧侶は安心した表情で眠っている
盗賊「僧侶は呑気なもんだ…酒飲まんでもイビキかいてら」
騎士「ハハ…まぁ勘弁して」
盗賊「ほんじゃ球皮膨らませるぞ？」
騎士「エルフの娘は夜目が効くよね？異常があったら教えて欲しい」
エルフの娘「わかったわ」
フワフワ フワフワ
闇夜で気球を目にする者は居なかった
商人「久しぶりの気球…揺れが少なくて船より快適だ」
盗賊「そうだな…空気は美味いし重労働も無い」
騎士「あと3日で勇者に追いつく…急がないとね」
盗賊「うむ」
『夜間飛行』
（月明かりと星しか見えない…下にあるはずの海は真っ黒だ）
（遠くに聞こえる波の音と風の音だけが頼り）
（耳を澄ませば澄ますほど空間を感じる）
（空間の中にやっぱり僕と同じ様に耳を澄ましている君も感じる）
（共存している）
（きっと僕の音も聞こえているはず…心も読まれているんだろう）
（でも僕の耳には君の音が聞こえない）
リーン…
（この音は銀のアクセサリーを指で弾く音）
（空気の会話）
（答え方がわからない…）
（そうか…この差が僕と君の現在地か…）
『翌朝』
盗賊「おい！起きろ！」
騎士「んあ…んーー寝てしまったか…」
盗賊「下に海賊船がわんさか居るな」
騎士「まだ日の出前だね…」
盗賊「明るくなる前に狙いを決めたい…商人を起こしてくれ」
騎士「あぁ…商人…商人起きて」揺すって起こす
商人「うーん…もう朝か…海賊船を見つけたのかい？」
盗賊「あぁ沢山居る」
商人「よし…読み通りだよ」
騎士「あそこの小さい船も海賊船かな？離れた所にあるやつ…」
商人「どれ？見せて…海賊の旗が無いな…でも軍船だ」
盗賊「少し寄るか？」
商人「うん…エルフの娘…見えるかい？」
エルフの娘「見える…」
商人「離れた所にあるのは都合が良い…大砲は見えるかい？」
エルフの娘「船の上には乗って無い」
商人「大砲の無い軍船かぁ…これはラッキーかも知れない」
盗賊「どういう事よ？」
商人「それだけ早いって事だよ…喫水が浅い船だ…ここら辺に居るって事は海賊船の一つに間違いない」
盗賊「あれにするか？」
商人「もう少し寄って…あとみんなを起こして」
『急襲』
僧侶「むにゃー…まだ眠いよーぅ」ゴシゴシ
商人「奇襲するから準備を！！」
騎士「甲板に6人！間違いない！海賊だ」
商人「エルフの娘！！合図したら射撃お願い！！」
僧侶「え！？え！？え！？もう始まる？私どうするの？」アタフタ
商人「魔女は合図したら船に当てないように派手な魔法をお願い！」
盗賊「もうすぐこっちの射程に入るぞ 5…4…3…2…1…入った」
商人「エルフの娘撃って！！」
エルフの娘はつがえた矢を目にも止まらぬ速さで射って行く
盗賊「す、すげぇ…4発全部ヘッドショット…一発かよ」
商人「続けて！！」
エルフの娘は一発一発正確に的を射る
魔女「爆炎魔法！」
魔女の放った魔法は海賊船の近くで轟音をあげ破裂した
ドカーーーン！！
商人「もっと！！」
魔女「爆炎魔法！爆炎魔法！」ドカーン ドカーン
商人「エルフの娘！！出てきた海賊をどんどん撃って」
『海賊船』
突然の爆発音で海賊達は何が起きているのか把握できていなかった
海賊「なんだなんだぁ敵襲か！！？お前ら起きろおぉぉ」
海賊「おい！！何処から撃たれてる！！？」
海賊「上だ！！真上に気球が接近してる」
海賊「弓を持ってこい！！弓！！」
海賊「気球から2人マストに飛び移った！！寝てる場合じゃ無ぇぞ！起きろアホがぁ！！」
ぎゃぁ…
うぐぅ…
ぐえぇ…
船内から飛び出した海賊は一人ずつ頭部に矢を受け絶命していく…
『甲板』
騎士「この船は貰う！！」騎士は海賊を挑発した
海賊「なんだとぉ！！この船は俺達が先に見つけたんだ！！俺達の物だ！！」
海賊「お前ら一体何者…」
シュン！！グサ！！
海賊「かしらぁ！！」
囚人「命が惜しかったら海へ飛び込め…」囚人も合わせて挑発する
海賊「なんだとおぉ！！」
シュン！！グサ！！
海賊「がは…」エルフの娘が放つ矢は正確に頭部を撃ち抜く
騎士「もう止めろ！！逆らうな！！」
海賊「他の仲間がこの騒動に気づいて…」
シュン！！グサ！！
海賊「ぐへぇ…」
一瞬で狩り取られる命を目の前に僕は背筋が凍った…
奪われているのはまさしく命…
僕達はそれを彼女にやらせてしまっている
結局僕達人間は…彼女を戦いの道具に使ってしまって居るじゃ無いか
騎士「もう良い！！！！早く逃げてくれぇぇ！！」
海賊「た、た、たすけてくれぇ…」走り出し海へ飛び込もうとする海賊にも容赦なく矢が落ちる
シュン！！グサ！！
海賊「げはぁぁ…」
騎士「エ、エルフの娘！！もう良い！！もう撃たなくて良い！！」
声が届かなかったのか…
彼女の放つ矢が降り止むことは無かった…
そして海賊達は一人残らず命を狩られた…
『気球にて』
魔女「エルフの娘や…もうお止め」魔女は震えるエルフの娘の手を制した
エルフの娘「ハァハァ…」目には大粒の涙が流れている
魔女「我を忘れてしまった様じゃな…囚われたエルフの心を感じたかの？」
エルフの娘「ううぅぅ…魔女様…わたし…何をしてしまったのだろう…」プルプル
魔女「おいで…主は心優しい良い子じゃ…わらわの下へ来い」
エルフの娘「うぅぅぅ…」
盗賊「こりゃとんでもねぇな…一瞬で20人全部やっちまった…」盗賊は身震いした
商人「エルフの怒り…か…驚いた」商人も驚き固まっていた
『海賊船』
フワフワ ドッスン
船尾の帆が畳まれていて、ちょうど気球を下ろすことができた
盗賊「船の中にもう海賊はいねぇか？」
囚人「全員ヘッドショットで死亡したのを確認した…一人も残って無い」
盗賊「よし！騎士は気球を畳んでくれ！囚人は死体の処理を頼む！血を吸っても構わん！」
商人「他の海賊船にはまだ気付かれていないみたいだ」
盗賊「そりゃまだ日も登って無ぇしな…急襲が上手くハマった」
商人「早くこの海域から出よう…とりあえず幽霊船のポイントまで進める」
盗賊「だな？」
商人「僧侶と魔女とエルフの娘は掃除をお願い」
僧侶「はーい…その前にお祈りだけさせて？」
魔女「そうじゃな…死者を弔わんといかんのぅ」
エルフの娘はうつ向いている
僕はその姿を見て何て声を掛ければ良いか分からなかった…
こんなツライ事に巻き込んでしまって…ゴメン
君はやっぱり森で静かに暮らした方が良い
必ず森へ還してあげるから…
リーン…
え！？思わず彼女を振り返った
まさか君は…
僕の心の声が聞こえるのか？
盗賊「船を進めるぞおぉ！！うらあああ！！」
バサバサバサ
帆が風を受けて大きく膨らんだ
『船長室』
商人はガサガサと机やテーブルを物色していた
商人「おかしい！この船には航海日誌が無い…なんでだろう」ブツブツ
僧侶「あ～始まった～ブツブツターイム」
商人「海図も無い…これはもしかして！！」
盗賊「おい商人！！この船おかしいぜ？軍船のくせに武器が一つも載ってない」
商人「積荷は？」
盗賊「食料が少しだけだ」
僧侶「お酒は？」
盗賊「それは安心しろ」
僧侶「ウフフ～」
商人「寝室は？」
騎士「おーい大変だー！！ハァハァ」ドタドタ
盗賊「どうした！？」
騎士「寝室に勇者の証が置いてあった」
商人「やっぱりそうか…これは勇者達が乗っていた船だ」
盗賊「なるほど…魔王城へ行くためだけの装備しか無いって事か」
商人「という事は勇者達はもう幽霊船に乗っている事になる…直接魔王城へ向かう進路に変えよう」
盗賊「分かった！囚人！！来てくれ！！海図に魔王城の場所を書いてくれ」
囚人「ここだ…このまま南の方角だ」
---追いつけないと勇者達が危ない---
