思い出ゲーム
放課後、俺は演劇部の衣装が閉まってある第二倉庫に来ていた。部屋の左半分を占拠する衣装ケースに明らかに重量オーバーなハンガーラック。奥にはホワイトボードとグラウンドがよく見える窓。但し、今はカーテンを開けていないから何も見えないけど。俺がいる入り口の前、つまり部屋の右側は小物が端の方に段ボールに入ってたりむき出しだったりとゴチャッとしているがここで衣装や小物を広げて使えるか確認するから比較的、スペースがある。
さて、何故俺が現在地の確認をしているのかというと閉じ込められたからだ。しかも、人為的に。ふざけるなと怒りたいがこれは俺も悪いからグッと我慢する。
俺を呼び出し、そして閉じ込めた人はドアの隙間から一枚の紙を部屋に入れた後に扉越しでもわかるくらい機嫌良さそうに鼻歌を歌い、リズムを刻むようにというかスキップをして一回転ジャンプをしてどこかに行ったんだと思う。あの人が機嫌のいい時にやる癖だから音だけでも簡単に想像できる。
【今日は何の日でしょうか?第二倉庫のスペアキーを中に隠してあるのでそれを使って部屋を脱出してください。そして私の所まで来ることが出来たら御褒美をあげましょう。
追伸:制限時間は一時間。時間内に脱出出来なかったらオ・シ・オ・キ・ヨ!】
「相変わらず唐突というか脱出ゲームやりたかっただけでしょ」
そう言えば、他の部員に勧められたアプリの脱出ゲーム。最初は面倒くさそうにしてたのに意外と面白いとか言ってホーム画面いっぱいにインストールしてたこともあったなぁ。
「今日が何の日か。単純に考えればバレンタインだよな。でも、先輩のことだから絶対に違うと思う。そしてスペアキーがそもそもどこだ」
普段使っている部室なら兎も角、第二倉庫なんて全然来ないから何が何処にあるかなんてわからないし。
…まあ、どこを見ないといけないのかはわかっているんだよ。目の前のホワイトボードに見ろと言わんばかりに強調されて張られている二枚のプリントに書かれた問題を解けば鍵がどこにあるのわかるんだよ。ただ、先輩の掌の上で踊らされているのが気に食わないだけなんだよ。
「はあぁぁぁ」
一時間待てば迎えに来てもらえるけどそれはカッコ悪い。
「…それに先輩が作った問題だもんな。解いてみるか」
早速、ホワイトボードに近づいてプリントを見てみると一枚は紫の花の絵が描かれているだけ、もう一枚はラッパを吹いているポーズをとっている奇抜な服の絵。パーティで被るような円錐の帽子に赤、黄、緑などが使われたカラフルな服。そして服の形がRPGの吟遊詩人みたいだ。たぶん、昔のヨーロッパの人って言うことを言いたいんだと思う。でも、絵に人間の姿は無く。服から出てるはずの顔や手、足のスペースは残して服がラッパを吹いているという奇妙な絵になっている。そのまま視線を神の下に移すと問題文が書かれていた。
【報酬をもらえなかった男が奪ったものは?】
「…は?」
えっと、この変な絵に描かれているのはラッパを吹いている男なのか。それでその男が腹いせに奪った物の近くに鍵か新しい問題かがあるんだよな。
グルリと部屋を見渡してもあるのは小物の山と大量の衣装。腹いせに奪ったってことは報酬と同価値の宝石とかだろうか。でも、本物はないから小道具の偽物だろうけどパッと見だとそんなものはない。そして俺が入部してからはそういうものを作った覚えもない。
いや、こういうのは出題者の性格とかが反映されるっていうし。今回の場合なら先輩の好きな物関係だよな。好きな物…ドーナツ、カフェオレ、パズルゲーム。絶対違うな。何だろう、先輩の好きな物、ゲームだと俺の方が詳しいけど報酬をもらえなかった腹いせに金品以外の物を奪った男なんて思い浮かばないし。
ホワイトボードからプリントを外して、ため息を付きながら壁にもたれてズルズルと座り込む。プリントを眺めていても分からなくて、他に何か問題の書かれたプリントでもないかと視線を正面に向けると丁度、俺の正面にかかっている一昨年に使われたらしいピエロの衣装のポケットから筒状に丸めた紙の端が見えた。新しい問題かと思って、ハンガーに掛かっているピエロのポケットから紙を引き抜くと出てきたのは去年の新入生歓迎会でやった台本だった。
「ハーメルンの笛吹男」
パラパラと流し読みするとそこに書かれていたのは俺も子供のころに読んだことのある内容と同じでハーメルンの街の住人からの依頼で街中のネズミを男が持っていた笛の音で操って近くの川にネズミを溺死させた。しかし住民は報酬を払うのを嫌がり、約束を破られた男は怒って出て行ってしまう。そして数日後に男が戻ってきて、今度は笛の音で子供を操り何処かに連れて行ってしまう。
「これ、ラッパじゃなくて笛だったのか」
もう一度、絵を見てみるがラッパにしか見えない。
そう言えば先輩、絵は苦手だったな。苦手って言っても普通よりも少し下手ってだけであんまり意識したことなかったけどこれはわからん。
「まっまあ、時間も無くなるし。絵は後にしよう」
えっと、この問題の場合は奪ったものは子供で良いんだよな。でも、この部屋には俺以外はいないから子供関係の何か…何か?
引っかかりを覚えて。笛を吹いている絵を見る。
「子供服か?いや、子供役の服か」
それなら俺にも心当たりがある。俺が去年…二月だからもう一昨年か。時間が経つのって早いな。勉強はダルいけど去年の今日まで時間が戻ったりしないかな。
ピロン
「なんだよLINEか。脅かすなよ」
制服のポケットに入れていたスマホを出してLINEを開くと先輩からだった。
『残り三十分。自力で脱出できなかったら御褒美は私が食べちゃうわよ』
「えっそんなに時間経っていたのか。あっいや、俺は馬鹿か」
ハーメルンの問題もスマホで検索すれば…でも、それだとせっかく準備した先輩の努力を無駄にするよな。それにハーメルンも俺が座り込んだ所の正面に目立つピエロの衣装をかけていたことやピエロのポケットに台本を突っ込んでたから先輩は俺の行動を予想したうえでヒントも置いといてくれた…はずだ。
「先輩の問題を解くって決めたんだろ。なら、楽をしようとするな俺」
深呼吸して気持ちを切り替え、俺が知っている。というか俺にとって印象深い子供役の衣装を探す。俺が一年生のとき、初めて参加した大会で使われていた明るい緑のパーカー。胸元には子供らしさを出すために後からロケットのアップリケをアイロンで付けた。
「あった」
ロケットのアップリケがデカデカと胸元に付けられた緑のパーカーはピエロの衣装がかけられたハンガーラックの奥の方に他の衣装で隠すように掛けられていた。パーカーのポケットを見ると今度は文庫本サイズの植物図鑑が入っていた。植物図鑑には赤、青、黄、緑の付箋がそれぞれ別のページに挟まれていた。
植物図鑑って言うことは花言葉とか花の由来とかだな。先輩、そういうの好きだし。この付箋も何か関係しているんだろうけど。取り合えず、さっきの花の絵をもう一回見てみるか。
ホワイトボードの前に戻り、紫の花が描いてあるプリントを見る。
「これ折ってあるじゃん」
半分に折りたたまれた紙を開くとさっきまで見ていた紫の花の茎の続きが描かれており、一番下は開いた本があった。仕掛け絵本のように本の中から飛び出た花の絵以外には何も書かれておらず、裏返しにすると右下の端の方に走り書きが書かれている。
【栞は男が身に付けなかった布が良いかしら】
男というとハーメルンの笛吹男のことだよな。なら身に付けなかった色は服になかった色の付箋が答えか。
人間部分がない、先輩が描いたハーメルンの笛吹男の服は赤、黄、緑で構成されていて付箋の色と比べれば青がない。青色の付箋が張られているページを開くとシオンの花の写真と解説、花言葉。そして下の方に豆知識として花言葉の由来が書かれていた。
先輩の性格からして花の解説とかよりも花言葉の由来を重要視していそうだよな。シオンの花言葉は追憶、君を忘れない、遠方にある人を思う。そして肝心の由来は今昔物語集に書かれている話の一つで父親の墓参りを欠かさない兄弟の話だった。その兄弟は墓参りを欠かさず行っていた。しかし兄の方が仕事が忙しくなり次第に墓参りに行かなくなってしまった。弟は兄が墓参りに来なくなってからも欠かさず墓参りに行きシオンを供えていたことが由来らしい。
「由来はわかったけど次の問題はどこだ?」
もう一度、由来の話を読むがよくわからない。まさか墓に花を供えろとか言わないだろう…そう言えば、冬の大会で使った墓の大道具ってここに仕舞ったよな。力作だから壊したくないと言って舞台監督の部員が駄々を捏ねるから壊せなくて、どうしようか先輩に相談したら「そんなに小さいから第二倉庫に仕舞ったら」って言われたんだよな。
確か墓は入り口から直ぐ見えるところに置いたよな。でも、そんなものは無かったから先輩が移動させたよな。でも、あの墓って女の子一人で移動させるには大きいからバランス取りにくいしな。
「まさか」
なんとなしに部屋の中で主張するようにゴチャゴチャとした小物の山に目を向ける。最近はキャストを担当することの方が多かったがあの墓は俺も運ぶのを手伝った。その時にこの部屋に入ったときはこんなに小道具は乱雑に置かれていなかった。きちんと整理してあったはずだし、あの後に部員がここに来る用はないはずだからこれをやったのは先輩だ。
腕時計に目を向けると残りニ十分弱。まだ、大丈夫だ。
小道具をどかしていくとカーテンみたいな厚めの大きな布の下に墓はあった。移動していなくて俺達が置いた壁際だ。そして墓と一緒に布の下からピカピカに磨かれた赤色のヒールが出てきた。ヒールのつま先部分には四つに折りたたまれた紙と鍵が出てきた。
「良かったこれで部屋から出れる」
先輩に迎えに来てもらうなんてカッコ悪いところを見せずに済む。
鍵を持って扉の方に足を向けるが赤いヒールに入れられていたことが気になって先に一緒に入れられていた紙を読むことにした。
【罪を許された少女が最後に向かった場所はどこでしょう?】
「あーなるほど、これはわかった」
直ぐに第二倉庫を出て、答えの校舎の屋上を目指して廊下を走る。見つかったら面倒臭いがそれよりも俺は先輩に会いたかった。階段を駆け上がり、息が苦しくなって、足も疲れて歩きたくなるけれど。それでも俺は走った。
たどり着いた屋上の扉を開けると予想通り俺を閉じ込めた先輩がいた。
長い黒髪を緩く風に靡かせる姿は凛としていて思わず見とれてしまう。しかし一瞬のうちにニヤリと悪人みたいな笑い顔がすべてを台無しにしてくるところが何だか先輩らしい。
俺に話しかけようとした先輩を手で制し、息を整えてから俺は一気に言ってやった。
「罪を許された少女が最後に向かった場所は天国。つまり、学校内で一番高い屋上が正解でしょ。そして罪を許された少女ってのは先輩が一番好きな童話の「赤い靴」の主人公…違いますか?」
早口で答えを話す俺に驚いたような表情を見せたが俺が自信なさげに問いかけるとおかしそうにくすくす笑ってからまた悪人顔に戻ってしまった。
「正解。では、今日は何の日でしょう?」
笑われたことに思わず目を逸らして拗ねたくなったがそれも先輩に遊ばれて終わりそうなのに思い至り。目を逸らしたくなるのをグッと我慢して笑う先輩の目を見て俺は言ってやった。
「 」
リハビリ兼手慰みに書いたものです。
特に意見などは受け付けません。




