トイレットペーパーとわたしの戦い
愚痴でもなんでもない、ただの世間話です
職場のトイレは戦場である。
とはいえ、なにも長蛇の列が発生しているわけでも、できるだけ綺麗な個室を取り合っているわけでもない。
しかしわたしは毎日、職場のトイレで人知れず戦いを繰り広げている。
最初わたしは、その戦いが始まっていることに気付いていなかった。なにせただのトイレ。毎日数回は必ず利用するし、そこでなにかを深く考えることはしないだろう。
けれどある日、自分がなんの気なしにしている行為にふと疑問を持った。
トイレットペーパーの交換だ。
ふだん利用する女子トイレの個室には、通常2個のトイレットペーパーホルダーが設置されている。片方がなくなっても、もう片方が使えて、そのホルダーの上には予備まで用意されているという手厚い体制。福利厚生が行き届いている職場だ。
それなのに、わたしは自分が一日一回は必ずトイレットペーパーを交換していることに気付いた。
自分が使い切ったときに取り換えるのは当然のこととして、個室に入ったときすでに片方の芯だけがホルダーに残っている場合にも、わたしは律儀に新しいものと取り換えていた。えらい。
でも待ってほしい。これってつまり、だれかほかの人がトイレットペーパーを使い切って、そのまま予備と交換することなく立ち去っているということでは? 本来は、使い切った人がその場で交換すべきでは?
なぜわたしが毎回その役目を負わねばならないのか。
あたたかい便座に座りながら、わたしは日常の理不尽に憤った。
そこでわたしは、自分が使い切ったときを除き、新しいトイレットペーパーをホルダーにセットすることを控え、様子を見ることにした。
だれかが交換してしまうから、ほかの使い切った人が「まあいいや」と思ってしまうのだ。甘やかしてはいけない。
心の狭い女? なんとでもいうがいい。しかし自分は困らないから、と放置されているひと手間を毎日他人から押し付けられていると気付いたら、ちょっとした意趣返しくらいしたくなるのだ。
さて、昼頃になってもよおしたのでトイレに行くわたし。朝イチで片方のホルダーが使い切られているのは知っているし、予備が置いてあるのも確認済み。どうなったかと見てみれば……。
ふたつのホルダーに虚しく取り残されている空の芯。
がっでむ。
しかも予備のトイレットペーパーは端からちぎられた形跡がある。
がっでむ。
この職場には、トイレットペーパーを替えるという概念を持たないひとがいる。「まだ片方があるからいいや~」とかのレベルではなく、これはもう、①ホルダーからトイレットペーパーの芯を抜く。②予備のトイレットペーパーをセットする。この二つの動作を徹底して無視しているとしか思えない。
きっとこの状態を作り出したひとの自宅には、トイレットペーパーの自動補給機が設置されているに違いない。トイレットペーパーを使い切ると、壁から自動で次のトイレットペーパーがぽこんと現れ、ホルダーにセットされるのだ。
もちろんこれは空のホルダーを前にしたわたしの現実逃避。そんなものがあれば、わたしも欲しいに決まっている。
どうしようもないので、わたしは2個のトイレットペーパーをセットした。自分で使う分もないのだから仕方がない。
現実なんてこんなものだ。
だれかさんはトイレットペーパーを使い切ってすっきりトイレを後にし、たまたまその人の次に入ったわたしが粛々とトイレットペーパーを交換する。たかが数秒の作業ともいえない動作、目くじらを立てるようなことじゃない。わたしの次にトイレを使う罪のない人が、新品のトイレットペーパーを不自由なく使えるならそれでいいじゃないか。
ということで、トイレットペーパーを交換するのがわたしの日課になった。
そんなある日、職場のトイレに変化が起きた。
その日も、トイレに入ったわたしは、トイレットペーパーを交換するべくホルダーに目をやった。するとどうしたことか、空の芯が予備のトイレットペーパーの上にちょこんと置いてあるではないか。
わたしの胸は高鳴った。もしや、ようやくだれとも分からないひとに気持ちが通じたのか。日々の地道な行為が天啓を与え、ようやくトイレットペーパーを交換するという概念を獲得したのだろうか。
おお、神よ。
震える指でそっとホルダーの上部を持ち上げてみる。そこには真っ白な新しいトイレットペーパーが……。
なかった。
なんたること。
そこにはただ、空芯を外した後の空虚があるのみだった。
がっでむ。
しかし、これまでの経験がわたしをそれ以上動じない女に育て上げていた。いまや、わたしはこのトイレの平穏を守る守護神だ。
わたしが投げ出したら、だれがこのトイレを快適に保てるというのか。
わたしは静かにあたたかな便座に座り、予備のトイレットペーパーで空虚を埋め、忘れ去られた芯をゴミ箱に叩きつけると颯爽とトイレを出た。
トイレットペーパーとわたしの戦い、先は長そうだ。