2月14日。私、チョコレートを貰いました。
「はい、ハレ。チョコレート」
「え、え?」
2月14日の朝、登校するといきなりクラスメイトのキリカにチョコレートを渡される。
「え?キリカ。これって……」
「ああ、去年日本に来たばかりのハレは知らないか。えっとね。日本にはバレンタインデーにチョコレートを贈る習慣があるんだよ」
ほうほう、日本にはそんな習慣が……。
つまり日本ではアメリカと違ってチョコレートを贈りあうって事なんだよね。
なるほど、それは理解できた。
えっと、バレンタインデーって愛する人に贈り物を贈る日だよね?
って事はさっきのキリカからのチョコレートは……え————…………?告白??まさかの告白なのっ!?
そ、そんな……キリカの事は大好きだけど……そ、それはちょっと困る……かも。
え?ちょっと待って!
キリカ、他の女子にも渡してんじゃん!
え?キリカ、浮気??まさかの浮気なの!?
って、あれ?キリカの方もチョコレートを渡されてる……。
じゃあ何?キリカってもしかしてクラス中の女子とお付き合いしてる訳!?
え?ま、まさか……は、ハーレム??ハーレムなの!?キリカ!
って、ちょっと待って!
他の女子もチョコレートを贈りあってる。
って事は、え……?い、いわゆるくんずほぐれつ……って事!?
ま、まさかこのクラスがそんなレズビアンの巣窟だなんて思わなかった……。
「あっ、おーい、ハレー!チョコレート」
え……き、キリカだけじゃなくてカナタも私にチョコレートを渡そうとしてるの?
え……それどころかミズキやカナミまで……。
なんだかみんなの視線が獲物を見るような目に見えて私は恐怖を感じる……。
「ご、ごめん、みんな!私はノーマルなのっ!!」
私は叫ぶようにみんなにそう伝えるといたたまれなくなって教室から飛び出したのだった。
目的もなく廊下を走る。
すると目に飛び込んでくるのはやはり先ほど教室で行なわれていたようなチョコレートの贈りあい。
え?え?
まさか日本の女子高ってみんなこんななの??
が、学校の生徒みんながくんずほぐれつ……!
だとしたらもしかして私だけが異質なのかな?
そうなんだ……私って、孤独なんだ……。
気がついたら私は屋上に来ていた。
柵から街の景色を眺める。
幾分寒さは緩んだものの、去年まで住んでたニューオリンズに比べるとかなり寒い……。
はぁ……もう……私……アメリカに帰ろうかな……?
でも家族みんなで引っ越してきたんだもんね。
私だけで帰るだなんて……。
それに……。
「あ、ハレ。もう、こんなとこにいたんだ」
「あ……キリカ……」
振り返ると屋上の入口にキリカが立っていた。
私は息を切らして佇んでいるキリカを一瞥すると、もう一度外に目を向ける。
キリカはそんな私の横に並び、柵に手を掛けるとそのかわいらしいくりっとした目で、顔を覗き込んできた。
「いきなり出てっちゃうからびっくりしちゃった。どうしたの?ハレ」
「……キリカの浮気者……」
「ええっ……?な、何の事??」
「だって……私に告白したのに……」
「えぇっ!?私、告白なんてしたことないよ?」
「だって、バレンタインデーに贈り物をするって事は、そういうことでしょっ!?」
「……あっ、えっと……そういう事?」
私の様子に全てを察したのか、キリカは日本の『友チョコ文化』について説明をしてくれる。
すると私は先ほどまで感じていた孤独感が羞恥心に置き換わっていくのを感じ、その場にへたり込んでしまった。
「ちょっ……ハレ!?」
「はぁ……なんだ。もう!キリカったら、それならそうと言ってよ。私、勘違いしちゃったじゃん。私だけがまともじゃないのかと思って、すっごく怖かったんだからね!」
「あ、あはは……えっと……でもね。あの……ハレに渡したチョコレートは……他のみんなよりも、ちょっぴり特別、なんだけどね……」
「へ?」
「な、何でもないっ!ハレ、いつまでもここにいると風邪ひくよっ!」
キリカは誤魔化し笑いのような表情を見せながら、風のように屋上から出て行ってしまった。
「え……えぇ……?」
キリカの去っていった出入口を見ながら、私は柵を背にしてもう一度へたり込んでしまう。
外は寒い筈なのに、今は全然寒さを感じない。
いや、それどころかちょっと暑いようにも感じた2月14日の朝の出来事だった。
アメリカには友チョコ文化は無いそうです。