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6.飛んでけ! レディバード

 それから次のバレンタインの日が来るまで、ゲールはごく平穏な日々を過ごしたといっていいだろう。ウサギの足の効果は抜群で、魔女どころか、ゲールのような子どもがよくこうむる、誰かのちょっとした悪意や悪戯心の引き寄せる不運からも守ってくれた。

 おかげでゲールは、いつになくのんびりとした気分で、この日を迎えることができていた。





 運命を分ける日の朝、ゲールはグラストンベリー・トーの塔の前に立ち、星々の残る紺青の夜をようよう払いながら、ピンクから紫へと帯びて広がる空に向かって両腕を伸ばす。


「飛べ、飛べ、テントウ虫(レディバード)! 東西南北、好きに飛べ、恋人の元へ飛んでいけ!」


 凛とした張りのある声で唱えると、高く掲げられた両手の平から丸い赤が小さな羽を開いて飛びたつ。ゲールの頭上を一回、二回旋回すると、方向を定めて。


 地平線から昇り始めた、太陽へ向かって――。


「東北東――、ロンドンの方かな……」

 小さな点のようになって遠ざかるそれを真剣に目で追いながら、ゲールは呟いた。



 顔も、名前も知らない未来の伴侶に、ゲールは初めて、想いを込めたチョコレートを贈ったのだ。テントウ虫の(まじな)いに、彼の運命を託して――。


 ナナホシテントウの斑点は、聖母マリアの赤いマントと、彼女の7つの喜びと7つの悲しみを象徴するといわれている。この特別な虫は、聖母の鳥(レディバード)と呼ばれ、呪文を唱えて放つと、未来の伴侶が住む方位に飛んでいく、と言い伝えられているのだ。


 その姿を(かたど)ったチョコレートを、ゲールはよっぴいて作った。赤く着色された艶やかな砂糖でコーティングされたテントウ虫は、本物と見まがうほどの出来栄えだ。そしてそれを、塔の友人たちの助けでもって空に放った。聖母の加護と導きとで未来の伴侶に届いたら、彼女はきっと応えてくれるに違いない。


 一年前のこの日、ゲールの告白を受けとめてくれたように――。


 ウサギの足が手許にある意味を、ゲールはそんなふうに考えている。ゲールの告白を聞き届けたのは魔女ではなく、未来の伴侶だったのだ、と。


 それに、もしそうなら、魔女にゲールを捕まえる権利はないはずだ、と楽観的にもなっていた。

 横恋慕なのか、嫌がらせなのか――。

 どうしてこんなことに巻きこまれてしまったのか、それはゲールにも判らない。ただたんに、「幽霊につきまとわれる権利」という、もう一つのクリスマス(クリスマス)生まれの子ども(チャイルド)への贈り物のせいかもしれなかった。


 とはいえ、あんな怖い想いをしたのだ。彼にしても、もう一度この日が巡ってくることに、いい気がしていたわけじゃない。けれど今はそれ以上に、期待の方が勝っていた。

 この間、塔の友人たちは、ゲールが未来の伴侶を見つけることができるように、邪魔をしなかったばかりか、助け、応援してくれていたのだ。

 それはつまり、将来彼の伴侶になるのは、侏儒(こびと)たちも認める、彼の持つ贈り物の能力を手放す必要のない相手、彼をそのまま受け入れて、魂を差しだせなどと望まない、そんな特殊な子なのではないだろうか。あるいはゲールと同じ、クリスマス生まれの子どもなのかもしれない。


 魂を捧げるほどに愛しても、きっとゲールから贈り物を奪ったりしない、ゲールを理解し、尊重してくれるような子――。


 この一年の間に、ゲールはまだ見ぬ相手へ、そんな想いを募らせていた。




 



 学校では、この日いち日を例年と変わりなく――告白することも、されることもなく――過ごしたゲールは、やはり友達にからかわれはしたけれど、それで不貞腐れることはなかった。もう焦る必要も、淋しさに怯える必要もないのだと解っていたから。


 そして今年も、この日の午後を塔の友人たちと過ごした。彼らの手助けのお礼に、蜂蜜(ミード)酒入りのチョコレートボンボンを贈って。ゲールも一つ、二ついっしょに摘まんで、ほろ酔い気分で家路についた。




 

 ――俺が大学へ入ったら、再婚するのかな。あの人が、この家に一人でいられるはずないもん……。


 今夜もデートでいない母親のことをぼんやりと思いながら、ゲールは早々とベッドにもぐりこんだ。昨夜からほとんど眠っていなかったのだ。眠りに落ちるのも早かった。

 

 だが、これでもうあの魔女から逃れることができた、と考えたのは、どうやら早計だったようだ。

 靴下をはいて寝たわけでもないのに、ゲールはまたあの場所へと来てしまっていた。


 赤い月のかかる、悪夢の巣くう丘へ――。


 





 





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