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5.ウサギの足

 ウサギの足は、古くからお守りとして知られている。ウサギに化けた「魔女殺しの証」を持ち歩くことで魔女を威嚇(いかく)し、その妖術から身を守ることができる、と伝えられているのだ。




「魔女殺し」っていったって、魔女を殺したわけじゃないじゃん、と手の中でふわふわのウサギの足を弄びながら、ゲールは物思いにふけっていた。


 あのウサギには影がなかった。すでに死んでいる亡霊を殺すことはできない。それなのに、この手の中にあるウサギの足は実体だ。魔女の亡霊がウサギに()りついていた、ということだろうか。それならこのウサギには可哀想なことをしてしまった、とゲールは思う。夢とも、現実ともとれない狭間へ行くのは初めてではないにしろ。そこで出会う何かの現実での姿を思うとき、どうしても戸惑ってしまうのだ。このウサギが魔女なわけではないのに、こうして呪物としての意味を生じてしまうことにも――。





 侏儒(こびと)たちの話では、魔女はもう一度ゲールを捕まえに来るという。今回はなんとか逃げおおせたとはいえ、ゲールは魔女の卵を二つ割ってしまったから。

 けれど侏儒たちは変わらず、「早く本当の未来の伴侶に告白しろ」と口酸っぱく言うのだ。


 その結果がこれだというのに――。


 だからゲールは「もう失敗したじゃないか」、とふくれっ面で抗議した。



「臆病者のゲールが目をつぶっておったからじゃ!」

「年に一度のせっかくの機会をふいにしおって!」

「未来の伴侶は、ゲールをお助けくださったのじゃ!」


 侏儒たちは、きぃきぃと口を揃えて、かえってゲールを罵った。


「この恩知らずめが!」


 確かに、言われてみるとそうかもしれない。ゲールは不承不承頷く。


 ゲールとウサギ以外の何かが、あの場に介入していたのは間違いない。

 あの時、急に湧きあがった黒雲が月を隠し魔女の魔力を削いでくれた。そしてそのわずかな間に、闇のなかで誰かがゲールに魔除けの銀製ナイフを握らせてくれたのだ。魔力の籠ったウサギの左前足を切り落とし、場の魔法を解くために――。だからゲールは無事に自分の部屋の、自分のベッドへ帰ることができたのだ。


 それはゲールにも分かっているし、感謝だってしている。でも、あの場にゲール以外の人の気配などなかった。どうして「この人こそが」などと言えただろう。


 ゲールの反論に、侏儒たちは額を突き合わせ――、やがて、もう一度、彼を助けることに同意した。


 このままでは、ゲールは魔女に地の底の国へと連れ去られてしまうだろう。そうなるともう、ゲールに彼らの愛する蜂蜜(ミード)酒をふるまってもらうこともなくなる――。

 攪拌される声の渦から繰り返し漏れ落ちてきた単語が、蜂蜜酒だなんて。ゲールは複雑な想いで笑うしかない。


 ――俺の命って、蜂蜜酒に救われるのかな。酒の神さまに、マジ感謝だね……、と。




 ゲールは彼らの助言通りに、持ち帰ったウサギの足の切断面を加熱した銀のへらで焼き、銀製のキャップを被せて魔力を封じた。

 教わった呪文を口のなかで呟き終えた時、ゲールの手の上で、ウサギの足が、ぴくん、ぴくんと二度跳ねた。封じ込めが上手くいった証拠だと、指導してくれた紫頭巾の侏儒が、髯をふって満足げに笑う。


「これで今年一年は、このウサギの足でなんとかやり過ごすことができるじゃろ。じゃが、そう長くはもたんじゃろう。来年のバレンタインの日が巡ってきたら、もう一度正しい告白を未来の伴侶に届けるのじゃぞ」

 

 

 また、あの場所に行くの――。


 と、心身を凍りつかせたゲールを、「それはあまりにも危険じゃ。他の方法を考えてやるぞ」と、紫頭巾は彼の小心な臆病さを笑うことなく神妙に髯を振り、思慮深い瞳で慰めてくれた。




 



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