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3.戸口に潜むもの

 ゲールが帰宅した時分には、店も自宅も灯りは落ちて真っ暗だった。キッチンに入ると、彼は不機嫌に顔をしかめた。今夜母親が出かけることは聞いていたので、自分のほかに誰もいないこの空間の侘しさに失望したわけではない。一番に目に入ったテーブルの上のメモの内容と現実の落差が、彼をがっかりさせたのだ。


『かわいいママのゲール、

 バレンタインおめでとう! 初チョコレート、良かったじゃない。 

 夕飯は冷蔵庫にピザがあるわ。 ママ 』

                 

 何がバレンタインだ、とゲールは腹立たしげにメモを丸めてゴミ箱へシュートする。そして憮然とその横にあった小さな籠に視線を戻す。

 (わら)で編まれた鳥の巣に並んでいるのは、どう見てもバレンタインのチョコというよりも、ありふれた、子ども向けのチョコエッグだ。


 母親にまでからかわれるなんて――。


 大きなため息をついてそれをテーブルの端に押しやると、ゲールは夕食の準備に取りかかった。




 ピザと冷凍ポテトをオーブンに入れ、袋からカット野菜をそのままバサリと皿に盛る。こんな食事も慣れたものだ。ゲールは父の顔を知らない。17年間、母一人子一人で暮らしてきたのだ。だけど2年後には大学生で、おそらくロンドンで一人暮らしを始める。もっともそれは、無事に大学に受かれば、の話ではあるのだが。

 ともあれゲールは、こうして母親に恋人ができて夜に出かけるようになったのを、喜ばしいと思っている。このまま上手くいけば、彼女をこの家に一人残していかなくてすむのだから。

 でも、だからといってこんなふうに、バレンタインをネタにからかわれるのはゲールだって嫌だった。ゲールはもう、チョコエッグのおもちゃを集めていた子どもではないのだから。母の様に恋人を作れないのは、けしてゲールが幼稚な子どもだからじゃない。


 とはいえやはり目前のものが気になる。カードの一つもついてない差出人不明の贈り物は、母親ではなく悪友の誰かの仕業かもしれない。


 悪ふざけの好きな奴らだもの――。


 塩を振っただけのサラダをむしゃむしゃ頬張りながら、ゲールはちらちらとそれを眺めた。

 分かっていても、もしかしたら、その誰でもない、知らない誰かからのまともなプレゼントかもしれないじゃん、と一縷(いちる)の望みを捨てきれなくて。


 観念して、三つ並ぶチョコエッグのうち一つを手に取った。それぞれ色違いで、水玉模様のカラフルな銀紙に包まれている。振るとカラカラと音がする。まさしくお店に並ぶ、おもちゃが入っているアレだ。銀紙を剥き、コンッとテーブルにぶつけ、たとたんに、ひゅんと何かが飛び出して、コロリ、とひび割れたチョコの殻から転がった。


 歯――? それも、子どもの歯のような。


「何だよ、これ……」


 ゲールは訝しんで別の卵へ手を伸ばした。ガツンとテーブルに叩きつける。チョコの殻と交じってパラパラと零れ落ちたのは、――白い三日月のような、小さなたくさんの爪だった。


「マジかよ」


 さすがに最後の一個を割るのは、躊躇(ちゅうちょ)した。これは、単純な悪戯なんてものじゃない。性質(たち)の悪い(のろ)いかもしれない。


 何もこんな日に――。


 ゲールは盛大にため息をついた。けれど、そろそろピザが焼きあがる。香ばしい匂いが漂っている。何はともあれ腹ごしらえだ、とテーブルの上のチョコの残骸に一瞥をくれ、ゲールはのそりと立ちあがった。







 それから日を開けずに、ゲールは塔の友人たちに、この気味の悪い贈り物のことを話した。何か悪い意味でも込められているのなら、早急に対処しなければならなかった。



「何が出たんじゃって?」

「歯と爪だよ。気味悪いだろ」

「いやいやいや、それじゃない。よく思いだすんじゃ、ゲール」


「それだけだよ――」と口籠りながらも、ゲールは記憶を探るように塔の壁面に切り取られた四角い空をじっと見あげた。


 雲一つない蒼空の蒼が揺らぎ、水鏡のように不明瞭に何かを映しだす。得体の知れない、白い吐息のような――。


「一つ目のチョコエッグから――、何かが飛び出したような気がする」

「ほう――」


 紫頭巾の侏儒(こびと)も、ゲールと同じように腕組みをして空を睨む。


「贈り物じゃ!」


 鋭い声音で突然叫ばれた一言が、宣託ででもあったかのように、ゲールを囲んで車座に座っていた侏儒たちは、それぞれが眉をしかめたり、鼻をひん曲げて歯を剥きだしたり、と怒りを露わにし始める。


「クリスマス生まれのゲールの、」

「もう一つの贈り物じゃ!」


「贈り物って――」ゲールは不安な思いで訊き返した。 


 クリスマス生まれの子どもは、クリスマスと誕生日の2つの贈り物を授かっている。

 すなわち「妖精が見える能力」と、「幽霊につきまとわれる権利」だ――。

 どうやらゲールは、知らぬ間に幽霊に告白をして、「つきまとわれる権利」を行使してしまった、ということらしい。


「悪夢を固めたウサギの卵じゃ」

「あのチョコエッグが?」


 ゲールの問いに答えることなく、彼らの声はさらに大きく、さらに好き勝手に、けれど、ミツバチの羽音のような緊迫感を帯びていった。



「これは困った!」

「困ったことじゃ!」

「きっとあやつがやって来る!」

「ゲールを捕まえに!」

「ゲール、ゲール、大風ゲールを!」

「ゲールが魔女に告白したから!」


「告白――、魔女に、俺が? それってどういう、」


 これまで見たことのないほどの彼らの異様に昂った振舞いに、恐怖を感じながら、ゲールは、負けじと大声で尋ねた。


俺の特別な(ビー・マイ・)人になってよ(バレンタイン)

俺の特別な(ビー・マイ・)人になってよ(バレンタイン)


「未来の伴侶に会わなけりゃ!」

「ヴァルプアギズの夜に!」

「片方だけ靴下はいて、半身のゲールは、未来の伴侶に会いに行け!」


「夢のなかへ」

「ほれ」

「夢のなかへ!」

 

 取りどりの頭巾が交互に激しく頷き合い、波を作る。女の叫び声のような異様な金切り声が重なり合い、反響し合い、割れ鐘を鳴らすように塔内を激しく振動させる。


「ねぇ、どういうこと? どういうことだよ!」


 動揺するゲールの足元から、鳥たちは、一斉に羽ばたいた。


「どうしたらいい? 助けてよ、ねぇ! こんど、蜂蜜(ミード)酒を持ってくるからさ!」


 バサバサと凄まじい音を立てて飛びたつ彼らに、ゲールは大声で呼び縋った。






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