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9 赤い髪の少年

 気が付くと、そこは暗闇だった。

 目を凝らすと、一人の少女が見えた。金色の髪、青い瞳。


 ……あれは、幼い頃の私……?


 少女の両隣に大人が現れる。


 ……あれは、お父様……お母様……?


 三人の会話が、直接脳に響く。


「おとーさま、おかーさま! あたしね、むえーしょーまじゅつが使えるようになりたいの!」

「あらあら、それは良い目標ね。でも、急にどうしたの?」

「あのね、むえーしょーまじゅつは長い長いじゅもんを覚えなくていいって、エリックが言ってたの! あたし、覚えるのきらいなの!」

「ハハハ。勉強が嫌いか! アリスは俺たちにそっくりだなぁ!」


 三人の笑い声が響く。これは、幼い頃の私の記憶。

 あぁ……私、玲でもアリスでも勉強嫌いだったんだなぁ……



「……と、いう夢を見たのよ」

「救いようがないですね」


 呆れたように言われ、思わずムッとする。シュリには言われたくない、と心の中で悪態を吐いた。

 私の勉強嫌いが筋金入りだと分かったところで、勉強しなくて良い……なんてことになるわけもなく、私たちは今日も勉強に精を出す予定だった。しかし「今日は久しぶりに一日中魔術の練習をしておいで」というお母様の一言により、私たちは広場へと向かっているところである。


 座学の勉強に明け暮れる日々がしばらく続いた。最近では午前中は座学、午後からは魔術というメニューに変わったため、朝から向かうのは久しぶりだ。朝独特の冷たい空気を肌で感じると、なんだか心が躍る。

 くだらない話をしながらシュリといつもの場所に行くと、珍しく先客がいた。赤髪の少年が、こちらに大きく手を振っている。


「エリック!」


 噂をすればなんとやら。今日の夢に名前のみ出演していたエリックが居た。玲の記憶が戻ったあの日、私を背負って家まで送ってくれた、あのエリックである。


「アリス、久しぶりだな! 元気にしてたか?」

「うん。この前は家まで送ってくれてありがとね。助かったよ」

「おう」


 エリックがニカッと笑った。その姿は、年相応のやんちゃな少年を感じさせた。アンナは元々落ち着いた性格であり、私もシュリも年相応とはいえないため、なんだか新鮮に感じる。


「お久しぶりです。エリック」


 シュリがにこりと笑った。二人は初対面なのだが、記憶を改ざんしているため、シュリは誰に対しても初対面じゃないふりをする。そんな彼女を見るなり、エリックは眉をしかめた。


「……お前、誰だ?」

「えっ」

「えっ」


 予想外の言葉に、思わず目が点になる。


「誰って、私の双子の妹のシュリよ。忘れたの?」

「アリスは一人っ子だろ。産まれた時から知ってんだぞ。適当なこと言うなよ」

「えっ……」


 一体どういうことなのか。ちらりとシュリを見ると、彼女は口をぽかんと開けていた。

 私の脳裏を、ある考えがよぎる。だが、あれは天界の魔法で、そんな、まさか――


「見かける度、気になってたんだ。誰に聞いても双子だって言うからさ。そんなはずはないのに」


 エリックがシュリを訝しげに見る。


「なぁ、お前、誰だよ?」


 再び投げかけられた言葉に、コクリと息をのむ。冷たい汗が背中を一筋伝ったのが分かった。誤魔化しの言葉すら出てこない。


 ……どうしよう、なんかやばそうな雰囲気なんだけど……


「―――――――」


 隣から、耳馴染みのない言葉が聞こえた。声のした方へ視線を動かすと、シュリの体を淡い金色のもやが纏っているのが目に入った。背後にはうっすらと翼も見えている。

 シュリが手を動かすと、それに追随するように金色の粒子が弧を描いた。――天使。その名を体現したような姿だった。一瞬の出来事だったが、あまりにも綺麗な光景に瞬きすら惜しく感じた。

 これは、一体――?


「―――――――」


 シュリが再び言葉を発すると、エリックの体を金色の粒子が覆った。彼の周囲を粒子がくるくると回る。エリックは何も見えていないのか、頭にハテナを浮かべている。

 唖然としていると、シュリは満足気に頷き、パチン、と指を鳴らした。その瞬間、シュリを纏うもやが消え、翼も見えなくなった。そして、やり遂げたと言わんばかりの笑顔を見せた。


「お久しぶりです。エリック」

「……ふざけてんのか?」


 どうやら、仰々しい一連の行動は、何の意味も持たなかったようだ。

 普段陽気で温厚なエリックだが、シュリの行動や発言を不快に感じたのだろう。彼にしては珍しく、少々語気が荒い。

 シュリは再び愕然としているようだ……が、彼女は諦めない。


「―――――――!」

「おーい」

「―――――――!!」

「おーい……」

「―――――――!!」

「…………」


 私はどうすれば良いか分からず、その様子をただ無言で見ていた。

 シュリは半泣きで呪文のようなものを繰り返しているし、エリックも戸惑っているのが見て取れる。それもそのはず、理解できない言葉を半狂乱で連呼する少女は、恐怖以外の何物でもなかった……

 怒涛の呪文ラッシュを終え、シュリが肩で息をする。呼吸が整うと、彼女がポツリと呟いた。


「記憶を変える魔術が、効きません……」

「だと思ったよ……」


 目の前には『こいつをどうにかしろ!』と目で訴える少年、隣には半泣きの少女。なるようになれ、と遠い眼をしていると、気の抜けたようなエリックの声が聞こえた。


「もういいよ。お前はアリスの妹……そういうことにしといてやる」


 その言葉に、私とシュリは顔を見合わせ、ほっと息を吐いた。


「……他の奴らには、な! さーて、俺には洗いざらい話してもらおうか!」

「ええぇぇぇぇ!!」


 二人の少女の声が、静かに響いた……





「――と、いうわけです」


 シュリが憔悴した顔で項垂れた。私にはどこまで話していいのか見当もつかないため、彼女に丸投げしたのだ。

 全てを正直に話すことはできないものの、エリックには概ね真実に近い内容を伝えた。シュリの様子だと、後で神様に叱られるのかもしれない。……私には関係ないけど。


「うーん……何と言えばいいのか……」


 エリックが額に手をあて、困ったように言った。彼がそう言うのも無理はない。

 シュリは特別な魔術が使える。色々あって、一人でここまでやってきた。困っているところをアリスに助けられ、居候させてもらっている。このことを他の人に知られるわけにはいかないため、その特別な魔術を使って周囲の人間の記憶にシュリをねじ込んだ。しかしなぜかエリックには効かなかった。……思い返してみると真実と全然違ったが、それはこの際どうでも良い。

 ともかく、こんな事を言われても直ぐに信じられるわけがなかった。


「このこと、アンナは?」

「もちろん知らない」

「……言う気は?」

「……ない」


 エリックが深いため息を吐いた。

 アンナにもエリックと同じ説明をするのは構わない。しかし彼女はシュリの存在を受け入れている。当初は嘘をついているようで心苦しかったが、今の状態で上手くいっているのだから、わざわざ混乱させるようなことを言う必要はないと思うようになっていた。


「今すぐ信じるとは言えないけど……でも、まぁ……分かったよ」

「他の人には……」

「言わないから、安心しろ」


 その言葉を聞いたシュリが肩の力を抜き、ホッとしたように息を吐いた。


「それで、だ」


 エリックが、にぃっと不敵な笑みを浮かべる。


「シュリが何者なのか気になってたのも理由の一つではあるけど、今日ここに居たのは二人に話があったからなんだ」

「まだ何かあるの!?」


 ――もうやめて! こっちのHPはもう残り僅かよ! 瀕死寸前よー!


 脳内パニックを起こしていると、エリックの橙色の瞳に強い意志が宿ったのが見て取れた。


「俺に魔術を教えてくれ! 頼む!」

「……へ?」


 エリックも私と同様に魔術学校を目指している。幼い頃はよく一緒に練習したものだ。一緒に練習しなくなった理由は私にある。……そう、ちょうど今日夢に見た、あの日がきっかけだった。

 無詠唱魔術の習得を目指すようになった私は、一人で練習することを選んだ。他の子と肩を並べて練習していたら、いつまで経ってもできるようにならない、と。我ながら、めちゃくちゃ我が強い。そして、それはエリックにも伝えていた。


 そんな日々が続いたある日、妙なことを耳にした。アリスは二人で練習しているらしい。しかも自分の知らない双子の妹と……怪しい、と思った。そして、あのアリスが誰かと練習するということは、よほどのメリットがあるはずだとも思った。

 それからしばらく気になっていたところ、アンナからアリスは最近すごく魔術が上達したと聞いた。そして、最近は午後から行ってるみたいよ、と教えてくれた。そこで、今日は朝から一人で練習しつつ、二人を待とうと思っていた、とエリックは言った。

 エリックの言うとおり、私たちはここに魔術の練習のためにやって来た。ここで練習することは決まっている。どうやらアンナも絡んでいるようだし、幼馴染のエリックであれば……まぁ、問題ない、かな? ということで、しぶしぶながら了承することにした。


「ありがとな! 行き詰っててさ……」


 ホッとしたようにエリックが言った。入学試験まであまり時間はない。私だって座学が急に伸びた、って話を聞いたら、その話に縋りたくなるかもしれない。


「まぁ、私が上達したのはシュリのおかげだし」

「アリスには素質がありましたから」

「シュリがすごいのよ」

「アリスだって」


 褒め合う私たち。座学という共通の敵に立ち向かうことで芽生えた、信頼と友情なのである!


「……そういうのいいから。早く教えてくれよ」


 私たちを見ていた彼の、呆れた声が聞こえた。





「ええと、何を教えれば良いのでしょうか……もう十分ではないですか?」


 エリックは昔と比べて驚くほど上達していた。彼は魔術師の姉、ミレイユの指導を受けている。彼女は攻撃魔術が得意らしい。そんな姉に鍛えられた彼の威力は十分なものだった。これなら、合格は間違いないだろう。

 私は目の前でスパッと割れた丸太を見つめてそう思った。エリックは直径20センチはあるであろう丸太を、一撃のウィンドカッターで真っ二つにしたのだ。私にはここまでの威力は出せない。これなら薪の準備も早く終わりそう、なんてどうでも良い事を思った。


「姉貴もそう言うんだけどさ……オレ、上位クラスに入りたいから」

「なるほど」


 大技を使うには、多くの魔力が必要だ。だが、精巧な魔術には、それに加えて技術と集中力が必要となる。以前、私が火属性魔術で布に穴を開ける課題を出されたのも、そのような理由によるものだ。布を全部燃やすことよりも、ピンポイントで燃やして穴を開ける方が遥かに難しい。上位クラスの生徒に求められるのは、そういった能力なのだ。


「では、魔力を圧縮して放出する練習をしましょうか」

「魔力を、圧縮……?」

「ええ」


 シュリ曰く、手のひら全体から一様に魔力を放出するイメージと、指先を通って密度の濃い魔力を放出するイメージの違いを体で理解することで、手のひらから濃い魔力を放出することができるようになるらしい。大事なのは、魔力をいかに鋭く濃く放出することができるか。

 そこで私がイメージしたのは、園芸等でよく使われる散水ノズルである。同じ水量でも、水圧により水の勢いが変わる。それらを用途によって使い分けることができるのが、一流の魔術師なのだろう。


「密度の濃い魔力を放出することができるようになれば、その濃さに体が慣れていき、身体を巡る魔力も濃いものへと変わっていきます。"魔力が増える"というのはそういうことです。魔力が濃くなれば消費する魔力も自然と少なくなりますから、魔力が増えたように感じるのです」

「なるほどー」

「なるほど……」


 私が知らないことをサラッと言えるシュリは、やはりすごいと思う。こんなに物知りなのに、何故座学の内容が覚えられないのだろうか……


 その日は、日が暮れるまで三人で特訓した。お母様に今日の報告をしたところ、「ライバルが居るのは良いことよ。三人で頑張ってね」と言ってくれた。

 私とシュリとエリック。皆で合格出来たらいいな……そう思いながら、眠りについた。

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