50 初めての討伐依頼 1
「今日はー、待ちに待ったー」
「休みだー!」
「日頃の鬱憤が晴らせるー」
「休みだー!」
私とシュリのテンションはおかしなことになっていた。まるで卒業式の『みんなで協力したー』『うんどうかーい』のような掛け合いを、早朝から繰り広げている。
そう。今日は待ちに待った休日なのだ。先日、勉強も頑張ると宣言してからのエリックは、それはもうスパルタだった。幼い頃から共に育った彼には、泣き脅しなど一切通用しない。共に育っていないシュリでさえ容赦しないのだから、当然である。
そんな日々を送ったことで、私の心境には驚くべき変化がもたらされていた。
「魔物、狩りまくるぞおぉぉぉぉっ」
「アリスぅ、顔怖いよぅ……」
私の目は、セシルにドン引きされるほどに血走っていた。勉強漬けの日々(と言っても数日しか経っていないのだが)を送るにつれて、私のストレスはみるみるうちに溜まっていった。それを見かねたエリックの『その鬱憤は、魔物に向けろ!』という一言により、あれだけ躊躇っていた魔物討伐への意欲がぐんぐん湧いてきたのだ。今週は実技系の授業が一切なかったことも影響していると思う。ともかく、私は魔術を盛大にぶっ放したいのだっ!
しかし、いざ役……ギルドに向かうとなると、少しだけ緊張してきた。自分でも、徐々に気が小さくなっていくのが分かる。
「何の討伐依頼を受けるつもりだ?」
「えーと、ゴブリンとか?」
「あんだけ気合い入ってたのに、そこは変わんねぇのか……」
ギルドに着くと、一目散に掲示板まで走った。朝一番に来たため、そこには誰も居ない。窓口に座るおばさんの「元気がいいねぇ」と笑う声が聞こえた。
掲示板には、前回同様に依頼書がずらりと貼られていた。
「手分けして探そう。上の方はセシル、こっちがシュリ、あっちがエリックね」
「アリスって、こんなときだけ手際良いよなぁ……」
「そう? ありがとう」
エリックがぼそっと「褒めてねぇ」と言った気がしたが、きっと気のせいだろう。私だって、やるときはやるのだ。
討伐依頼を見つけ次第報告し合う事に決め、自分の持ち場に目を通す。前回はぽつぽつある程度だったことから、今回もあまり期待はできないかな、と思いつつも、やはり期待してしまう。
「えーと……薬草採取、植物採取、植物採取、探し物の手伝い、魔術の練習相手、魔術道具の代理購入……って、なにこれ?」
私は思わず眉をひそめた。前回見たときは、後半のような依頼はなかったはずだ。それらのせいで、"ギルドの掲示板"が"町内掲示板"に降格したような気分になった。
「あぁ。学園の生徒が依頼を出すことも多いって、この前のおばさんが言ってたぞ」
依頼書に視線を戻すと、依頼主の欄には確かにウェルリオ学園の文字が記されていた。
「へぇ。魔術道具を買ってきて欲しいなんて、まるで通販だね」
「つうはん? そんなことより、討伐依頼を探せよ」
へいへーい、と気の抜けた返事をし、再び依頼書に目を通す。シッター募集、書類整理が得意な人募集、魔術講師募集、店員募集、等々……依頼書の内容は様々だった。たった一週間しか経っていないというのに、この変わりようは一体……と気が遠くなりかけた頃、頭上から明るい声が聞こえた。
「あったよー! 討伐依頼!」
「セシル! でかした!」
セシルがえっへん、とぺたんこの胸を張った。
「それで、内容は?」
「えーっとね! ワーム一匹につき10ティオル、素材買取なし、だって!」
「ワーム?」
「細長くてうねうねしたやつだ。地面の中なんかによく居る――」
エリックの説明により、私の脳裏には一瞬でミミズが浮かんだ。そういえば、ワームって確か釣り餌の代わりの……
「却下」
「えー! どうしてー!?」
「報酬も悪いし、何より気持ち悪い。以上」
私は鳥肌の立つ腕をさすった。討伐依頼と言えば聞こえは良いが、単なる駆除依頼だろう。私は虫が苦手なのだ。そんな依頼を受けるつもりはなかった。
「ちぇーっ……あ! これは!?」
「なになに? パッフン……?」
初めて聞く単語に、首を傾げる。響き的には、可愛い小動物を連想させるのだが……エリックを見ると、彼も知らないというように肩をすくめた。
「報酬は1匹100ティオルかぁ。少ないけど、その分難易度は低いってことだよね」
「ま、そういうことだろうな」
これなら受注条件もなく、私たちでも受けられる。目を通していない依頼書はまだまだあるが、ひとまずこの依頼を受けることにした。シュリは「もっと倒し甲斐のありそうな魔物を……!」と訴えていたが、華麗に無視した。
依頼書の右下に記載された番号を受付のお姉さんに告げると、依頼についての説明をしてくれた。
「初めての討伐なら、パッフンはいい練習になると思うよ。主な出没地は森の真ん中あたりだから、奥まで入らないように気を付けてね」
「わかった。倒した後はどうすればいいんだ?」
「素材は買い取るから、持てるだけ持っておいで。持てない場合でも、尻尾だけは持ってきてね。それが討伐の証明になるから」
「尻尾か。わかった!」
「がんばってね」
お姉さんは明るい笑顔で私たちを送り出してくれた。その笑顔と『いい練習になる』という一言で、私の緊張も吹き飛んだ気がした。気合いを入れ直し、外へと続く扉を開く。外は未だ、人通りは少なかった。
一歩を踏み出した瞬間、何かがキラリと太陽を反射した。その光が眩しくて、思わず目を細める。目が眩んでよく見えないが、視線の先に人が立っているのは分かった。その人が、こちらに向かって歩いて来る。ギルドの中へ入るのだろうと、扉の前から移動し、その人に背を向けた瞬間――背後から、声を掛けられた。
「き、奇遇ね」
「え?」
くるりと振り返ると、今度ははっきりとその顔が見えた。そこに居たのは、右手に杖を持ち、左手で布袋を担いだヴェレリアだった。
「お! もしかして、依頼を受けに来たのか?」
「え、ええ。まぁ……」
「そっか。オレたちは今から討伐依頼に行くんだ! お互い頑張ろうな! じゃっ!」
エリックはそう言うと右手を挙げた。
「ちょ、ちょっと! 待ちなさいよ!」
その言葉と共に、ヴェレリアがあっという間に私たちの前に回り込んだ。そういえば足が速かったな、と以前得たどうでも良い情報を思い出した。
「こ、困ってるなら、あ、アタシが一緒に行ってあげても良いけど?」
……はい?
予想外の言葉に、耳を疑った。一体、どこをどう見たら私たちが困っているように見えるというのか。妙なことを言っているという自覚があるのか、彼女の目は泳ぎ、言葉はたどたどしかった。無理して話しかけているのが見え見えだ。
「気遣いありがとな! でも、大丈夫だ」
エリックが爽やかな笑顔で返すと、私たちは再び歩みを進めた。
「ちょ、ちょっと!」
ヴェレリアが再び回り込む。
「……まだ何か?」
黙っていたシュリが口を開いた。一見、優しく微笑んでいるように見えるが、私には、額に薄らと青筋が立っているように見えた。
「女の子1人で依頼を受けるのは、危ないとか思わないの!?」
「そう言われても……土地勘があるなら、大丈夫じゃないか?」
エリックが私とシュリを見た。シュリは1人でハイオークを討伐してきたし、私だって採取依頼程度なら1人で出来る自信はある。私たちが常に一緒にいるのは、私とシュリが極度の方向音痴だからだ。住み慣れたホーヴィッツでは1人で行動することも多かったのだから、単独行動が嫌なわけではない。
「この2人は、1人で出掛けたら帰ってこれなくなるんだ。そこが問題ないなら、別に1人でも……」
「ぇえっ!? アンタたち、どれだけバ――コホン。わ、私だって、土地勘ないわよ!」
「ウェルリオに住んでるんじゃ……」
「ないの! ないったらないの!!」
エリックとヴェレリアの会話を黙って見ていた私は、ある事に気が付いた。ヴェレリアは顔を赤らめ、さらりと交わすエリックに必死に食らいついている。
『もしかして、ヴェレリアはエリックの事が好きなのかな』
『急にどうしました?』
『いや、なんとなく……』
シュリは『ほぅ』と眉を上げると、その顔に慈悲深い笑みを張り付けた。エリックとヴェレリアは未だ言い合っており、シュリの顔など目に入っていない。私1人だけが、その顔に恐怖を抱いていた。
「ヴェレリア。私たちと一緒に来ますか?」