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5 擦り傷

 シュリの魔力は切れたし、私も特にすることがない。休憩も兼ねて、彼女に話を聞くことにした。木にもたれて並んで座る。


「シュリは地球の様子が見れるの?」

「ええ。天界に居る間だけですが」

「……私の家族、元気にしてた?」

「皆様お元気ですよ」

「そう、良かった」


 気になるのは、やはり前世の家族の事。最後に見た母の姿が脳裏に焼き付いて離れないのだ。あのまま日々を無気力で過ごすようなことになっていては、後悔してもしきれない。そう思っていたのだが、どうやら杞憂だったようだ。


「私のこと……」


 言いかけて、口を噤んだ。私の事、忘れてないよね?……なんて、聞いたところでどうなるというのか。知らない方が良い事だってある。事実を突きつけられたとき、私は……

 想像しただけで喉が異様に乾き、動悸が激しくなった。


 ――私は要らない子。


 嫌なことがある度、何度も思った。入退院を繰り返し、家族に迷惑ばかりかける虚弱な私。したいことがろくにできないストレスで、すぐに八つ当たりする私。そんな自分の事が心底嫌いだった。

 死んだ後も覚えていて欲しい……なんて、図々しいにも程がある。


 ふと、隣から視線を感じた。目を向けると、シュリがこちらを見ていた。彼女が微笑む。それは、まるで天使の微笑み。……さすが、天使見習い。ばつが悪く感じ、苦笑いを返す。思考が読まれたかな、と思った。


「皆様、玲様の幸せを願っておられました。天国で楽しく過ごせてるといいね、と」


 そして茶目っ気たっぷりに「玲様は天国には居ませんけれど」と付け加えた。


 ……そっか、覚えていてくれたんだ。


 大好きな家族の愛情を疑ってしまったようで、きまりが悪く感じた。


「ご家族の想いを無下にしないためにも、玲様にはここで精一杯生きてもらわねばなりません」

「……うん」


 ここは天国じゃないけれど、私は楽しく過ごしている。家族の願いが叶えられているかな、と思うと少しだけ気持ちが晴れた。


 晴れた空に、心地よい風が吹く。

 私は、この世界で生きていく。





「アリス、シュリ。起きて」

「んー……」


 薄らと目を開けると、アンナが顔を覗き込んでいた。


「二人とも、帰ろう」


 アンナが私とシュリの手を引いた。そのままアンナを中心に並んで歩く。

 シュリが言っていた通り、アンナはシュリが居ることに対して何の疑問も抱いていないようだ。隠し事をしているようで少し心が痛む。そんなことを考えていると、つま先が何かに引っかかった。


「あっ」


 地面が目前に迫る。痛みを覚悟して目を瞑ったその瞬間。

 ……普通に痛みが襲ってきた。

 今日は視界が暗転することも、脳内を映像が駆け巡ることもなかった。ただ、普通に転んだ。


「いたた……」

「アリス、大丈夫?」

「うん……」


 アンナが差し伸べてくれた手を取り、立ち上がる。服に付いた土をはらうと、痛みのある個所に目を向けた。昨日と同様に右膝を擦り剥いている。大した怪我じゃないけれど、傷口を覆うように土が付着していた。治癒魔術の代わりに、傷口を水属性魔術で洗っておいた方がいいだろう。


 ……ええっと、蛇口から水が出るようなイメージで…

 ――ウォーター……んん?


「あれ……?」


 自分の目を疑った。何せ、一瞬目を離した隙に、そこにあったはずの傷が消えていたのだから。膝に残っているのは、付着した土だけだった。

 魔術で洗い流そうとしていたことも忘れ、慌ててその土を手で払う。そこにはやはり、何もなかった。


 まだ何の魔術も使っていない。もちろん治癒魔術は使えない。なのに、何故……

 私は目を見開き、傷口があった箇所をじっと見ていた。周囲には、僅かに金色の粒子が漂っていた――


 果たして喜んでいいことなのか?混乱する頭では、それすら分からなかった。暫しの静寂の後、最初に口を開いたのはアンナだった。


「アリス、治癒魔術を使ったの?」

「……使ってない」

「じゃあ、これは――」

「分からない」


 再び沈黙が訪れる。私の驚きようから考えて、何もしていないことはアンナも分かっていたはずだ。私が治癒魔術を使えないことは、勿論彼女も知っている。

 お母様が治癒術師だから私もいずれ使えるようになるはず、とずっと自分に言い聞かせてきた。しかし、本当は初級魔術すら使えないことをとても焦っていた。そんな私が、治癒魔術を使った……?


「と、とにかく、治ってよかったわね」

「……うん」


 口を噤んだ私を気遣うように、アンナが言った。シュリはあれから一言も発していない。顎に手をあて、何かを思案しているようだ。シュリがこっそり無詠唱で治してくれた可能性も考えたが、この様子だとおそらく違うだろう。

 口数も少なく、淀んだ空気のまま歩みを進めていると、いつの間にか家に辿り着いていた。


「それじゃあ、アリス、シュリ。また明日ね」

「うん、また明日」

「はい。また」


 いつもの挨拶に一人分の声が増えた。これがこれからの日常になるのだろうか。玄関扉を開けると、いつものようにナタリアが出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ。アリスお嬢様、シュリお嬢様」


 彼女もシュリが居ることに対して何の疑問も抱いていないようだ。


 ……天界の魔術って、すごいんだな。


 今日はお母様の帰りが遅くなるらしい。よくあることだ。私の両親は忙しい。お父様なんて滅多に帰ってこれない。そんな両親の代わりに、ナタリアには住みこみで働いてもらっている。

 課題で使った布と、報告書もどきの書き置きをナタリアに預ける。この場合は、翌日の朝にお母様からのお返事と共にその日の課題をナタリアから受け取るのだ。


 ……傷が治ったこと、お母様に話したかったな。


 お母様なら何か知っているかもしれない。自分の身に起こった不思議な現象、それが一体何なのか。新たな能力だと喜んでいいのか。何も分からないことがすごく不安に思えた。


 食事と湯浴みを済ませ、ベッドに入る。もう寝よう、と目を閉じた瞬間、少女の声が頭に響いた。


『玲様』


 少女のような、少し高めの声。この部屋にはもちろん私以外誰も居ない。声の主は隣の部屋にいるはず。


 ……この突然現れるやつ、人間のときは使えないんじゃなかったの?


 声の出処を探すように視線を彷徨わせると、私の2メートル先に金色の粒子が…………現れなかった。


「へっ?」


 予想外の出来事に、素っ頓狂な声が漏れる。


『玲様。これは念話(テレパシー)です。お話があるので、そちらに伺ってもよろしいですか』

『念話? ……まぁ何でもいいや。来ていいよ』

『ありがとうございます』


 天使見習いは何でもありだからね、と自分に言い聞かせる。いちいち驚くのも疲れるのだ。

 扉をノックする音に「どうぞ」と返すと、シュリが部屋に入ってきた。彼女を椅子へ座るよう促し、私はベッドに腰かけた。


「……話って?」

「今日のことです。その、膝の傷の……」

「あぁ……」


 いつの間にか消えていた膝の擦り傷。私はそれがあった箇所に触れた。

 帰宅後もシュリは口数が少なく、ずっと何かを思案しているようだった。何か知っているんだろうな、とは思ったが、話しかけようとしたら慌てて部屋へと入って行き、そのまま出てこなかったため聞けず仕舞いだったのだ。


 カーテンの隙間から月明かりが照らす。薄暗いこの部屋では彼女の表情はよく見えないが、なんだか元気がないように見えた。良い話ではなさそうな雰囲気に、ゴクリと息をのむ。


「こちらに着いたら話すように、と神に言われていたのですが、すっかり忘れておりました。……玲様は固有スキル【健康体】を習得しました」

「……え?」

「転生時に神が授けた健康体。即ち、固有スキル【健康体】です」

「固有スキル……」


 復唱すると、言葉の意味が理解できた。


 ――なんか、異世界転生者っぽいワードきたあぁぁぁぁ!


「これにより、玲様は即死攻撃を受けない限り死ぬことはなく、病気にもならず、毒や麻痺等の状態異常も無効、怪我は自動治癒する身体となりました」

「そんな大事なことは早く言ってよ!」


 身構えていたのに、肩透かしを食らった気分だ。


「私にとっては悪い話じゃないんだけど……なんでそんなに暗い顔をしているの?帰ってきてからもずっと無言だったし、なにか問題でもあった?」

「それは……」


 シュリがポツリポツリと話し始めた。彼女は固有スキルについて伝え忘れていたことを思い出し、神に叱られる!と内心焦っていたらしい。そして先ほど神の思念体が現れ、こっぴどく叱られたそうだ。彼女の表情も納得である。


「自動治癒が作動したときに玲様が驚いているのを見て、心臓が止まるかと思いましたよ。必要事項の説明は監視役の職務なので。それが果たせていないと判断された場合、他の見習いと交代させられるのです。初日で交代なんかしたら、天界で一生笑われ者ですよ」


 そう言うと、彼女はぶるりと震えた。そんな大袈裟なことなのだろうかと疑問に感じたが、天界にも色々あるのだろう。しょぼんとしているシュリを見ていると、なんだか可哀想に思えてきた。


「固有スキルねぇ……」

「それについても説明を」



 転生課に選ばれた者にもれなく与えられるという、固有スキル。

 そもそも転生課に選ばれた者というのは、その選考基準からも分かるように前世に不満を持っていた者達である。故に、次の人生は是非とも全うしてもらいたい。あわよくば長生きすることで死後の世界へと戻ってくるのを遅らせたい。だって、天国への入居者が増えると天界の者が困ってしまうのだから――という裏事情もあり、次の人生はなるべく不満を持たせないようにする措置として、固有スキルが授けられる。



「ちょっと待って。そんな裏事情聞いてないんだけど」

「おっと。これは機密事項でした」


 シュリが慌てたように口を押えた。暗くてよく見えないが、ばつが悪そうな顔をしているのは想像できる。


「……まぁ、見習いの私が担当者として駆り出されるほど天使が不足しているので、入居者が増えるのは困るのです」

「ふーん」

「……説明を続けます」



 通常、その固有スキルとは、地球でいうところの才能に値する程度のものである。要望を聞いた際に『来世はお金持ちになりたい』と言われれば少しの商才を与え、『頭が良くなりたい』と言われれば少し突出した頭脳を与える。その程度のものだ。

 しかし玲はそれらの者とは少し違った。望んだのは【健康体】。そもそも神の方から提案したこの固有スキルであるが、果たして何がどうあれば健康体と言えるのか?言い出しっぺの本人ですらよく分かっていなかった。何せ、神は病気にならないのである。健康とか健康じゃないとか、そんなことが分かるはずもなかった。


 考えに考え抜いた結果、神は思った。『そうだ、諦めよう』と。

 ……神は、思考を放棄した。



「と、いうわけで、玲様は破格の固有スキルを手に入れたのです」

「なんじゃそりゃー!」


 全部に強くしておけば、とりあえず大丈夫だよね。そんな安易な考えが許されるのか。……許されるのである。だって、神だもの。さすがに不老不死は健康体の範囲を超えてるよね、と除外したらしいのだが、それでも破格。私はとんでもないスキルを手に入れたのだった。


「なんか、私が望んでた健康体とちょっと、いや、だいぶ違う……」


 そう、私は気付いていなかった。前世があまりにも病弱だったが故に。今の自分は健康体なのだと錯覚していたのだ。……もっとも、そう錯覚し始めたのも昨日からではあるが。

 シュリ曰く、昨日までの私――アリスは健康体という程ではなかったらしい。事実、痛んだ食べ物を食べたらお腹を下すし、肌寒い中薄着で出かけたら風邪もひく。数日続く高熱にうなされたこともある。それでも前世の虚弱具合から考えると十分健康体であったが。つまり、特別健康でもなく病弱でもない。『普通』だった。衝撃の事実である。その『普通』に満足していた自分が、少し恥ずかしくなった。……別に恥じることでもないのだが。

 

「それで、記憶が戻ったことと固有スキルを習得したことは、どんな関係があるの?転生課に選ばれた者にもれなく与えられるのなら、生まれつき習得しててもおかしくないと思うんだけど」

「玲様は記憶持ちの転生者ということで、色々と例外(イレギュラー)なのです」

「はあ」


 つまり、この先よく分からないことが起こっても"例外だから仕方ない"と思ってね、ということなのだろうか。……頭痛くなってきた。


 固有スキル【健康体】――少々、いや、かなりの行き過ぎ感は否めないが、私は夢にまで見た正真正銘の健康体を手に入れた。その事実は戸惑いこそあれ、嬉しい事には変わりない。


 ……神様、ありがとう。


 ひとまず、心の中でお礼を言ったのだった。

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