48 事の顛末
ゆっくりすると言っても、自習になったのは一限目だけであるため、そんなに時間はなかった。
私はエリックが準備してくれた朝食を摂った。シュリが隣で物欲しそうに目を潤ませていたが、華麗に無視した。セシルは私たちの目を盗んでアイテムボックスから取り出そうとしていたようだが、それに気付いたエリックにしっかり監視されていた。
この領では朝・晩の一日二食が主流だ。朝を食べ損ねると、夜まで食べられない。食いしん坊のセシルは勿論、シュリにとっても痛手だろう。これに懲りたら、黙って出て行くのはやめてほしいところだ。
気持ちを切り替えて教室へと向かうと、クラスメイトの殆どが登校していた。クライヴは「学生寮にも連絡がいってるから、そう急がなくても大丈夫だ」と言ったが、ウェルリオ出身者ばかりの上位クラスには関係なかったようだ。碌な連絡手段もないため情報が行き渡らず、皆、通常通り登校してきたのだろう。
私たちの席の後ろには、もはやお馴染みとなったヴェレリアが座っていた。
「遅かったじゃない」
「まぁ、ね……」
「知らない先生から一限目は自習なんて言われて、ホント、ワケわかんないわよ」
「あ、あはは……」
ヴェレリアが話しかけてきたのは久しぶりだった。それにも関わらず、第一声が不満とは……説明する気もおきず、適当にはぐらかした。
少し待つと、クライヴが教室に入ってきた。彼は今朝のことを簡単に説明し、「街中にも出現する可能性があるから、気を付けるように」と締めくくった。何をどう気を付ければ良いのか私にはさっぱりだったが、クラスメイトは揃って「はい」と頷いていた。
「それと……ココが、休学することになった」
クライヴの言葉に、教室中が騒めいた。とうとうこの日が来てしまったと、私は俯いて下唇を噛んだ。
結局、彼女に会うことはできなかった。無理矢理学生寮に乗り込めば、もしかしたら会えたのかもしれない。だが、ココに会う意思がないと分かっている以上、そこまでする気にはなれなかった。
「色々と事情があってな。そういうわけで、暫くはこの14人で頑張っていこう」
クライヴの言葉に、クラスメイトが「はい」と返事をする中、私は何も言えなかった。
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私たちは、研究棟の隣の薬草畑の奥――通称、秘密基地へと来ていた。学園内にある時点で秘密でもなんでもなく、何もないこの場所は到底"基地"とは呼べないのだが……そう呼びたいのだから仕方がない。秘密の"場所"では味気ないではないか。エリックなら分かってくれるだろうと力説したところ、「よく分かんねぇな」と一蹴されてしまったのだが、そんなことは気にしない。
初めてここに来てからというもの、昼休みはここで過ごすのが日課となっている。セシルを交えて話すのに丁度いいこの場所は、エリックも気に入っているようだ。「今日も行くだろ?」と言い出すのは、大抵彼である。
「はぁ。やっと昼休みだ」
「集中してないから、時間が経つのが遅く感じるんだろ」
「はは……そうだね……」
週明けからは本気を出す、と言っていたのだが……朝から色々あって疲れていたこともあり、いまいちやる気が出なかった。
「さて。朝は聞けなかったけど、ちゃんと話してもらうぞ」
エリックが、シュリとその肩に座るセシルに向かって言った。
「はて? 何のことでしょう?」
「あたしも知ーらない!」
話すのが面倒なのか、はたまた怒られるのを避けたいのか。2人は白を切ることにしたようだ――が、それを許すエリックではない。
「……ふーん。じゃあ、マエリアにシュリの夕飯は要らないって言おうかな」
「ぐっ」
「セシルの監視は簡単だしな」
「ひゃっ」
――でたあぁぁぁ! ブラックエリック!
何もしない……というより、できない私たちに対し、彼はマエリアの手伝いを率先して行っている。マエリアは私たちに優劣をつけたりはしないが、エリックには色々と頼みやすいようで、よく一緒に居るのを見かける。つまり、マエリアからの信頼も絶大な彼が握っているのは、家計だけではないということだ。末恐ろしい少年である。……今回、一切落ち度のない私が堂々とエリックの味方をしたのは、言うまでもない。
「仕方ないですね……」
二人で詰め寄ると、ようやくシュリが折れたようだ。何故、やれやれ、と言った雰囲気を醸し出しているのかは不明だが……自分勝手な行動をとったのも、食事を抜かれて困るのも自分たちだというのに、この余裕は一体どこから湧いてくるのだろうか。
シュリは、「コホン」とわざとらしく咳払いをした。
「まず、何故気付いたのかという点ですが。これは、勘としか言いようがありません」
「勘……?」
「何故か突然目が覚めて、何となく感じたのです。この辺りに何かいるな、と」
「なにそれ……」
想定外の言葉に、私は口をぽかんと開けたまま固まってしまった。セシルに「アリスぅ?」と呼ばれたことで我に返った後、隣に座るエリックに目をやると、彼は頭を抱えていた。
シュリの能力が規格外であることは、出会ったときから知っている。今では耐性もでき、ちょっとやそっとの事では驚かなくなってきた。シュリならやりかねないな、とすんなり受け入れることも増えた。だが、学園に設置された魔法陣よりも精度が高い"勘"とは……大量の魔法陣を設置した過去の功労者が、なんだか不憫に感じた。
「それ以上の事は分からなかったので、セシルに調査を頼みました。彼女は夜目も利きますから」
「うん! あたしがハイオークを見つけたんだー! 【鑑定】で見たから間違いない、ってシュリに教えたよ!」
「それを聞いたら、行くしかないでしょう? こんな機会は滅多にないでしょうから。それで、セシルに誘導してもらった結果が、今朝のアレです」
シュリは至極さらりと言った。何故話すのをしぶったのか、疑問に感じる程だった……一瞬頭がくらりとしたが、どうにか気合で耐えた。前世からの気絶癖はなかなか治らないようだ。
「……それで、どうするつもり? 役……ギルドに持って行ったら、討伐した場所を聞かれるかもしれないよ? 学園内で、って言うの?」
「それは……」
「学園内に出没した魔物がハイオークだって、先生たちが知ってるのかも定かじゃないし……」
うーん、と頭を捻っていると、予鈴が鳴った。行こうか、と言うエリックの言葉に頷き、私たちはその場を後にした。
午後からの授業はエリックが心待ちにしていた薬草学だ。授業は秘密基地の近くの研究棟で行われる。こんなに近いところで授業を受けるのだから、本当に秘密でも何でもない……
薬草学の教師は、グレンダという薄いグレーのローブを身に纏った女性だ。彼女はフードを深々と被っており、顔はよく見えない。だが、隙間から見える黒い髪はバザバサで、まともに手入れをしてないように見えた。
「前回告知していたように、今日は回復薬を作ります」
グレンダの言葉に、周囲から「おぉ……」とか「わぁ……」とか言う声が漏れた。治癒魔術が使えない者はこういった道具に頼るしかなく、治癒魔術が使える者でも、時には魔力を節約するために回復薬を服用する。効果の高いものは錬金術師や薬師にしか作れないため、誰でも作れるものとなれば効果は落ちるのだが、それでもあるのとないのとでは大違いらしい。
エリックは以前から、事あるごとに「早く回復薬が作りたい」と言っていた。エリックなら本でも見れば作れそうな気がすると言ったところ、「こういうのは初めての時が一番楽しいんだ。先に知ったら、授業がつまらなくなるだろ?」と返されてしまった事もある。
エリックの怪我はシュリが治しているため、回復薬など日頃は必要ないのだが、誰にも頼らず好きな時に回復できるというものに憧れを抱いているらしい。
「それでは、薬草を配ります。自分で採ってきた者は、それを使っても良いです。作り方は同じなので」
ぼそぼそと話す声は聞き取りづらく、研究室にこもりきりなのか、ローブから僅かにのぞく肌は青白い。薬師のくせに病弱そうだというのもおかしな話ではあるが、その暗い雰囲気と弱々しい姿が前世の自分と重なり、私は勝手に親近感を抱いた。とはいえ、ここまで暗くはなかったと思っているが……
私とシュリはグレンダから薬草を貰い、エリックはこの前の休日に大量に採ったものを使うことにした。
「おぉ、ピーツ草ですか。森で採ってきたんですね」
エリックの目の前に置かれた薬草に、グレンダが反応した。これはピーツ草というのかと、私はすぐさま心のノートに書き留めた。
「はい。この前の休日に」
「熱心でいいです」
褒められたことに気を良くしたのか、エリックがニカッと笑った。それに対する彼女の反応はフードのせいでよく分からなかったが、私には控えめに微笑んだように見えた。