表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/52

46 二人の行方

「……はい?」


 エリックは寝ぼけているのだろうか。森ならともかく、何故こんな所に魔物が出現するというのか。


 魔術学園の敷地は、高い柵で囲まれている。出入口は門を含めた数か所しかなく、開いている時間も限られている。時間外は()()()()()出入りすることができない。……というのも、職員寮に住む者は例外なのだ。マエリアは日中に買い物に出かけるし、私たちだって休日は外出する。きっと、学生寮に住む生徒も何かしら外に出る手段は持っているだろう。

 要するに、この柵は部外者の侵入を防ぐためのものなのだ。それにも関わらず魔物が出現したということは――もしかして、()()()の魔物が門を蹴破ったのか? そして私たちは食べられてしまうのか? それを目にしたシュリが「駆逐してやる!」なんて言い出すのか?


「先生たちが討伐に向かってるんだってさ。危険だから外には出るなって」

「そ、そっか……」


 ……あまりの衝撃に、思考が飛んでた。危ない危ない。


「ここに居て、大丈夫なのかなぁ?」

「大丈夫だろ。先生なんだから、強いに決まってるさ」

「そうかなぁ……」


 教師なのだからそれなりに実力者揃いだろうとは思うが、魔物の数も種類も分からない状態では、不安になるのも仕方なかった。とはいえ、近くには魔術師団ウェルリオ支部もある。いざとなったら応援要請をすれば来てくれるだろうし、心配する必要はないかもしれない。


「そういえば、シュリとセシルは?」

「まだ寝てるんじゃないか?」


 ふと、同じ部屋で眠る二人が起きてこない事に違和感を抱いた。セシルは私たちの部屋を日替わりで移動している。今日はシュリの部屋にいるようだ。あれだけチャイムが鳴っていたのだから、どちらかが起きてきてもいいはずだ。


「念のため、いつでも出れるように準備しておこう。2人も起こした方がいいかもな」


 エリックの言葉に頷き、シュリの部屋へと向かう。

 扉をノックしたが、返事はなかった。あのチャイムで起きないのだから、ノック程度では起きるはずもないか、と呆れつつ「開けるよ」と声をかけた。どうせ聞こえていないだろうとは思うが、黙って開けるのはさすがに気が引ける。

 ドアノブを捻り、扉を奥へ押す。キィッと音を立て、視界に入ったそこには――


「えっ!? ウソでしょ!?」


 開いたままの窓と、風に吹かれて揺れるカーテン、そして、もぬけの殻となっているベッドがあった。

 慌ててシュリに念話をしたが、応答はない。無視されているだけなのか、またしても使えない状況に居るのか……

 私は慌ててエリックの部屋へと向かった。彼の名を呼び扉をドンドン叩くと、上半身だけ制服に着替えたエリックが扉を開けた。


「シュリとセシルが居ない!」

「なんだって!?」


 エリックが目を見開いた。見てもらった方が早いと、彼の手を引いてシュリの部屋へと走る。

 開けたままの扉の先には、先程と同じ光景が広がっていた。


「……まじかよ」


 どうやって出て行ったのか、というのは一目瞭然だ。ここは2階だが、シュリであれば飛び降りても怪我はしないだろう。【健康体】を持っているだけで、身体能力は並程度の私とは違う。問題は、いつ、何のために出て行ったのか。エリックも瞬時に状況を察したようで、「なんでこんなときに…」と顔を歪めていた。


「私、ここから探してみる」


 以前お母様とシュリを探した時のように、私には視力強化を使って探すことしかできない。何の目途もついていない状態で探すのは難しいが、他の方法は思いつかなかった。


「魔力を使いすぎないようにしとけよ。何かあったときのためにも」

「大丈夫、分かってるよ」


 いざという時に魔力が不足して動けない、なんてみっともないことは避けなければならない。

 エリックは「魔物のことも気になるし、俺も他の部屋から外を見てみる」と言うと部屋から出て行った。私は彼が出て行ったことを確認すると、再びシュリに念話した。


『シュリ! どこに居るの!?』


 やはり返事はない。私は下唇を噛んだ。

 シュリは何でも一人で抱え込もうとする。せめて隣の部屋の私には、一言くらい声をかけてくれたっていいじゃないか。日中には一人で討伐に行こうとした事も思い出し、もう少し頼ってくれたっていいのに、と歯がゆく感じた。

 とはいえ、それに反対したのは私だ。今回も話したところで反対されるだけだと、黙って出て行ったのかもしれない。セシルが居れば迷子になる心配もないだろう。


「アリス! 居間に来てくれ!」


 少し離れた場所からエリックの声がした。視力強化を解除し、居間へと向かう。


「何か見つけた?」

「あっちの方、煙が見えないか?」


 エリックが指し示す方に視線を向けると、強化せずとも分かるほど、もくもくと煙が立ち上っているのが見えた。視力を強化し、そこに視線を合わせる。

 煙が立ち上っているのは、運動場のような何もない場所だった。あのような場所は、的を壊してしまった屋外練習場くらいしか思い浮かばない。


「あそこって、練習場かな?」

「方向的に、多分そうだと思う」


 方向的に、なんて概念が理解できない私は、素直に感心した。視力を更に強化すると、濃い煙の奥が薄らと見え始めた。

 突如、チャイムの音が響く。驚いて飛び上がった拍子に、視力強化も解除してしまった。


「あぁ! もう!」


 行き場のない怒りが、またしてもチャイムの主に向く。もしかしたら、クライヴが戻ってきたのかもしれない。次こそは文句を言ってやろうと意気込み、扉を開けた。


「ちょっと! 朝から何回も――って、シュリ!? セシルも!?」


 そこには、満面の笑みを浮かべたシュリと、同じくご機嫌な様子のセシルが立っていた。


「もう起きてたんですね。開けてもらえなかったらどうしようかと思いました」

「え? ちょっ――」


 2人はそれ以上のことは何も言わず、私の横を過ぎて行った。呼び止めようと振り返ると、私の後を追ってきたエリックが顔を出した。


「2人とも、どうしてここに……」


 エリックが目を丸くした。今まで血相を変えて探してきた人が自ら戻ってきたというのに、私たちは喜びよりも驚きの方が上回っていた。


「どうして、とは? ここに帰ってくるのは当然でしょう?」


 さっぱり意味が分からない、とでも言うようにシュリとセシルが首を傾げた。

 その言い分に何故か納得してしまった私と対照的に、エリックは腹の底から出したような、低い声で言った。


「こっちに座れ」


 初めて聞く声に身体が震えた。そして、思った。


 ――普段温厚な人ほど、怒ったら怖い、と。





 そういうわけで、早朝から家族会議が開かれた。誰一人として血の繋がりはないのだが……

 脱走組と在宅組とでソファに向かい合って座る。空気を読んだのか、珍しいことにセシルもちょこんとシュリの隣に座った。


「何処に行ってたのか、何故出て行ったのか。洗いざらい話せ。」


 初めて聞くエリックの声に、怒られる理由のない私まで身体が硬直した。エリックを怒らせるようなことはしないようにしようと、密かに心に誓った。

 ご機嫌だったシュリとセシルの顔からは笑顔が消え、落ち込んだように俯いている。セシルはともかく、シュリは間違いなく演技だろう。それを見抜いたエリックが「そんな顔しても無駄だからな」と言うと、シュリが顔を上げた。


「私たちが出て行ったことに気付いていたのですね。静かに出て行ったつもりでしたが、起こしてしまいましたか?」

「話を逸らすな」

「うっ……」


 シュリが僅かにたじろいだ。エリックから逃げきれるなんて思わない方がいい。洗いざらい吐かせることに関して、彼はプロフェッショナルなのだ。私たちが単純であるとも言えるが……

 最初にこの空気に耐えきれなくなったのは、セシルだった。


「話すから、怒らないでよぅ……」

「怒ってない」

「顔が怖いよぅ……」


 セシルがシュリに「いいよね?」と確認すると、シュリは「別に隠すつもりはなかったので……」と頷いた。セシルがソファから飛び立つ。


「ここなら良いかな? よいしょ……っと」


 居間の一角で、シュリが空間から何かを取り出し始めた。どうやら、アイテムボックスに収納したものを取り出しているようだ。ここから取り出すときも、投げ入れるときも、どういうわけか重さは感じないらしい。彼女は自身の何十倍もありそうなものをずるずると引き出し――


「うぎゃあああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 私の意識は、そこで途切れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ