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45 初めての休日 3

 報酬を受け取った私たちは、そのまま役……コホン。ギルドを後にした。エリックとセシルが何やら楽しそうに話す後ろを、シュリと並んで歩く。


「ねぇ、どうしてあの討伐依頼を受けようと思ったの?」

「あの腕輪が……」

「最初に討伐した者が貰えるってやつ?」


 シュリがコクリと頷いた。

 腕輪が欲しかったなんて知らなかった。安価なものなら、依頼をいくつか達成するだけで買えるだろう。売っていない薬草だってまだまだある。


「それなら、今度似たようなのを買いに行こう。この街ならきっと気に入るものが見つかるよ」


 私の言葉に、シュリは目をぱちくりさせた。


「……気付きませんでしたか? 腕輪の絵が、以前中央で見たものに似ていると」

「え? 中央にしか売ってないの?」

「そうじゃなくて」


 シュリは呆れたように目を細めて私を見た後、溜息を吐いた。


「加護を受けた腕輪ですよ」

「加護? うーん、そんなのがあったよーな、なかったよーな……」


 実のところ、シュリ誘拐事件の印象が濃すぎて、中央でのことはあまり覚えていなかった。鮮明に覚えているのは、ハイオークの串焼きが美味しかったことくらいだ。……あぁ、思い出したら食べたくなってきた。


「では、加護を受けた魔術道具は、本来、真実の姿は見えない、というのは覚えていますか?」

「それはさすがに覚えてるよ」


 ついでに視認させる方法も覚えている。それはもう、驚くほど簡単だった。周囲に視認させすぎて怒られたくらいだ。


「あの依頼書には、真実の姿が描かれていました。どうです? 怪しいと思いませんか?」

「そうかなぁ?」

「怪しいのです!」

「そ、そう……わかった……」


 顔を眼前まで寄せられて、私は思わず後ずさった。

 あれ程簡単に視認させることができるのだから、見える者の一人や二人くらい居てもおかしくないと思うのだが……まぁ、シュリがそう言うのなら、きっとそうなのだろう。


「でも、最初の討伐者はもう出てるかもしれないよ?」

「それはそうですが……」


 受付のおばさんによると、掲示板に貼られた依頼書は、期間限定のものや一回きりのものもあれば、何年も掲示されているものもあるそうだ。

 あの依頼書の場合、おそらく一回きりのものではないだろう。掲示されているからといって、初回の討伐者が出ていないとは限らない。


「ま、どっちにしろ受けられないし、今回は諦めるしかないね」


 シュリは不満気だったが、それ以上は何も言わなかった。

 もしもリュシュシエル様の加護を受けた魔術道具であれば、直々に『手に入れなさい!』とお達しがくるはずだ。それがないということは、手に入れる必要はないのだろう。私も興味はあるのだが、ハイオークの討伐は気が進まなかった。


 考えてもみてほしい。前世の僅かな知識によると、オークとは二足歩行をするブタなのだ。不気味な事この上ない。

 前世で見ていたのは想像かイラストだったため『そういうもんだ』とすんなり受け入れていたし、記憶が戻る前は『魔物なんかあっという間にやっつけちゃうんだから!』なんてことをよく言っていたのだが……実物が現れるとなったら話は別だ。

 ドラマで使われる血糊ですら目に入れたくないと思っていた私が、魔物の返り血を浴びるようなことがあれば――考えただけで気絶しそうだ。

 シュリはそういった事に抵抗はないのだろうか。この世界では私のような考えの方が異端なのは理解している。しかし、シュリは日本以上に平和であろう天界で生まれ育ったのだ。そんな事に縁があったとは思えない。もしかしたら、下界の生物を殺めることなど、取るに足らないのだろうか。


 私だって、このままではいけないことは重々承知している。この世界でそんなことを言っていては、優秀な魔術師になるどころか、身を守ることすらできずに終わってしまう。私の場合は自動治癒が働くとはいえ、治るまではそれなりに痛いのだ。痛いのは嫌だ。そのためにも、まずは低位の魔物から慣れていく必要があると思っている。

 私が一人で決意を固めていると、シュリがポツリと呟いた。


「この辺でハイオークが出てきてくれたら有難いのですが」

「そんな物騒な事言わないでよ……」




 =====




「おいしー」

「おいひいです」

「うめーな」

「おいしーね!」


 私たちは、ウェルリオ名物オークの串焼きに舌鼓を打っていた。ハイオークには劣るものの、B級グルメ的にはこのくらいの方が良い気もする。

 身体が弱かった私は、外食はもちろんファストフードも数える程しか口にしたことがない。ほとんどが病院食か、お母さんの手作り料理だった。どちらも慣れ親しんだ味で、私にとっては美味しく感じていたのだが、たまにしか食べられない味の濃い料理を恋しく思うこともあった。暇な入院中、雑誌で目にした"B級グルメ"というワードに興味を抱き、食べられもしないのにあれこれ考えていた時期もある。


 一人でしんみりしていると、セシルから「食べないの? あたしが食べてあげるよ?」と言われた。彼女は一番小さいくせに、食べるのは一番早い。


「足りないなら、もう一本買う?」

「いいの? やったぁ!」


 この報酬が得られたのは、セシルの功績が大きかった。今日くらい贅沢しても構わないだろう、と軽く考えていたのだが――


「それはまた今度な」


 我が家の財務大臣からは、許可が下りなかった……

 セシルは「ケチ―」と頬を膨らませていたが、エリックからひと切れもらうとコロッと表情を変え、満足そうに食べていた。


「今日の報酬はまだ残ってるでしょ?」

「いや、そうじゃなくて……」


 エリックが苦笑した。


「マエリアが準備してくれてる食事が、オレらだけで食べきれる量じゃなかったんだ」


 なるほど、と一つ頷く。足りなかったら困るだろうと、多めに作ったのかもしれない。


「それなら、ココも一緒に食べれたら良かったのにね……」


 私の言葉に、全員が口を噤んだ。その名を口に出すのはマズかったかと慌てて口を塞いだが、そんな私を見ている者は誰一人として居なかった。


「帰りましょう」


 シュリがすくっと立ち上がり、歩き始めた。エリックが慌てて後を追う。


「そっちじゃねぇぞ! 道分かんねぇなら、一人で先に行くなよ!」

「おや。自信があったのですが」


 そんないつもの光景を、私は座ったまま見ていることしかできなかった。


 帰り道は皆、普段通りだった。私がココの名を口にした事も、まるでなかった事のように感じた。皆それぞれ思うことがあるのだろう。これだけ一緒に居れば、言葉にしなくとも分かる事もある。

 心配なのはシュリだった。私に関係ない事に干渉するのは、シュリに与えられた『監視役』としての仕事ではない。色々と首を突っ込む事もあるが、それはデウス様の指示によるものだ。

 そんな彼女が、おそらく初めて自分の意思で決めたこと――それが、"ココの盾になる"ということだった。ココが可愛いというのは全面的に同意するが、シュリはそれだけで特別な感情を抱くような性格だろうか――?

 私に友達が居なかった過去があるように、シュリが生きてきた200年の間にも、色々とあったのかもしれない。それを易々と掘り返すようなことは、今の私にはできなかった。


「それじゃ、食べようぜ」


 エリックが私たちの分も準備してくれた。セシルは本当にご機嫌だった。「次回はあれが食べたいなー!」と、早くも来週の事を話していた。シュリは黙々と食事を摂っていたが、それもまた普段通りであるため、内心は分からなかった。





 翌朝、私はけたたましいチャイムの音で目が覚めた。


「んー……まだ外暗いのに……誰……」


 眠い目をこすりつつ玄関へと向かうと、エリックの姿が目に入った。彼の寝癖は酷く、まるで爆発でもしたかのようだ。


「エリック……と、先生……?」


 エリックは、どうやらクライヴと話しているようだ。起こした犯人はお前かと、少しムッとする。寝起きで脳が働いていないながらも、こんな早朝から何の用かと文句を言おうと歩みを進めた。


「ちょっ――」

「とにかく、外には出るなよ!」


 話し掛けた瞬間、扉が閉じられた。行き場を失った怒りがエリックへと向かう。完全なる八つ当たりだ。


「もう! 朝からなんなの!?」

「アリス」

「寝起き最悪――」


 エリックが私の両肩を掴んだ。


「学園の敷地内に、魔物が出現したらしい」

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