44 初めての休日 2
エリックによると、買取を依頼をするには身分を証明できるものが必要らしい。私たちは学生証を取りに職員寮へと戻ることにした。
「こういう物も、セシルのアイテムボックスに入れてもらったら便利かも」
「セシルが居ないと使えないぞ」
「そっか。それは困るね」
セシルは暇になると学園の敷地内を散策することもある。彼女は「なんでも入れたげるよ!」と得意気だったが、預ける物は吟味した方が良さそうだ。
「おっ! お前たち、何してるんだ?」
「先生!」
職員寮へと続く道の途中、声を掛けてきたのはクライヴだった。彼は運動でもしていたのか、額の汗をハンカチで拭っていた。
「森に採取に行ってたんだ」
「さっそく行ったのか。そのわりには、ずいぶん身軽だな?」
私たちの姿を不思議に思うのは、当然だった。セシルの食糧を調達することしか考えていなかった私たちは、採ったものを入れる袋すら持たずに寮を出たのだ。
「えーっと……あっちに置いてある。今から役所に売りに行くんだ」
「そうか。置きっ放しにしてると、盗られても文句は言えないぞ。気をつけろよ」
彼はそう言うと、どこかへ走っていった。エリックのおかげでどうにか誤魔化せたようだと、ほっと息を吐いた。
クライヴに出会ったことで、役所に着いてからの事を考えていなかったと気が付いた。さすがにその場で取り出すわけにはいかない。そこで、セシルが持っていた麻袋に詰めることにした。彼女はそれを特大サイズだと言ったが、当然のことながら人間にとっては小さかった。
「ま、こんなもんじゃねぇか?」
私たちはリビングの一角で薬草を袋に詰めていった。絨毯が土で汚れてしまったが、そんなことは気にしない。それを綺麗にすることなど、私たちには造作もないことだ。……シュリがいれば。
土を集めてポイするまでは私とエリックでも出来るが、その後の"清浄"はシュリにしかできないのだから仕方がない。
詰め終わった袋は6つ。ぎゅうぎゅうに詰められたそれはサッカーボール程度の大きさで、片手で持つには丁度いい大きさだった。
私たちは両手に袋を持ち、ご機嫌で役所へ向かった。よくよく考えてみると、私が働いて得る初めての報酬かもしれない。働いたという感覚はないが、自力でお金を稼げることがとても嬉しく感じた。これを売ったお金で、オークの串焼きが4本買えれば大満足だ。
魔物はもちろん、植物や果物など学園生が持ち込む素材や食糧は、この街にとって欠かせないものであるらしい。学生が難度の低いものを討伐・採取するため、魔術師団や兵団は難度の高いものに専念できるということで、治安の維持にも一役買っているそうだ。……というのはまたしてもエリックが教えてくれた。彼が何故それを知っているのかというと、これまた授業で教わったらしい。
……おかしいな。全く記憶にないんだけど。
実技だけでなく、他の授業にも本気を出すというのは中々に難しそうだ。明日からは、帰宅後にエリック先生の復習講義をしてもらおう、と勝手に心に決めた。
「着いたぞ」
エリックの言葉で顔を上げると、見慣れた建物が目に入った。馬車の乗り降りは勿論のこと、家からの仕送りもここで受け取るのだ。初めてウェルリオに来た時から、何度もお世話になっている。
「買取部門はあっちみたいだ」
案内板に目を通したエリックに続き、窓口へと向かう。カウンターの奥からは、肝っ玉母ちゃんといった風貌の、恰幅の良いおばさんがにこやかに出迎えてくれた。
「おや、坊やたち。何か持ってきてくれたのかい?」
「薬草を持ってきた」
「それは助かるよ」
エリックは初めての買取に少々緊張しているようだ。それでも率先して前に進み出てくれるあたり、本当に頼りになる。
身分証を提示すると、「マルーンだね。いつも助かってるよ」と労ってくれた。指示に従い、カウンターの上に袋を置いていく。私たちの身長では少々高く、持ち上げるのに苦労したが、おばさんもカウンター越しに手伝ってくれた。
ひとつ、またひとつと置かれていく袋を見て、彼女は目を丸くした。
「こんなに持って来てくれたのかい。さすがだね」
エリックが照れくさそうにへへっ、と笑った。
「袋、それしか持ってないんだ。次回また使うから、返してもらえないか?」
「もちろんさ。今から査定するから、その間あっちの掲示板を見てくるといい。次回の参考になるかもしれないよ」
おばさんの言葉に頷き、私たちは奥へと向かった。
掲示板の前に立った私は、感動で心が震えていた。目の前には、依頼書がずらりと貼られている。それはまさに、前世で想像していた『ギルド』の光景そのものだった。
「エリック」
「なんだ?」
「私、ここをギルドと呼ぶ」
「勝手にしろ……」
エリックには呆れられてしまったが、私はここを『役所』と呼びたくなかった。
興奮した私は、依頼書を一つ一つ丁寧に見ていった。ここには護衛や人探しのような依頼はなく、採取依頼の中にぽつぽつと討伐依頼がある程度だった。少しがっかりしたが、自分たちでも出来そうな依頼が多いのは嬉しかった。これを休日ごとにこなしていくのも楽しそうだ。
「「次は、この中から選ぼう!」」
綺麗に揃った声に驚いて隣を見ると、エリックもまた目を丸くして私を見ていた。顔を見合わせ、揃ってニヤリと笑う。どうやら彼とは目的が一致したようだ。
「ねえねえ! これ、さっきの薬草だよ!」
セシルの元へ向かうと、そこには先程20本採取した薬草の採取依頼が貼られていた。
「なになに……1本500ティオル……ってことは、5,000円!?」
「えん? また何か変なこと言って……」
「エリック! これ、すごくない!? ハイオークの串焼き食べてもお釣りがくるよ!」
ハイオークの串焼きは、確か1本300ティオルだった。この記憶力が他の事にも働けばいいのだが……そう上手くはいかないものである。
今日採った20本を全て売れば10,000ティオル。つまり10万円ということになる。私の脳内はウハウハだった。
「これ、売ろう! 今すぐ!」
「ちょっ、あれはオレのだろ!?」
「エリックの怪我なら、シュリが治してくれるよ」
「そういう問題じゃねぇ!」
エリックから「二人は自分で治せるだろうけど、オレは――」とお説教され、今日のところはしぶしぶ諦めることにした。確かにエリックに何かあったら困る。すんごく困る。彼には最上級の回復薬を常備してほしいくらいだ。
「それじゃ、次回はこれにしようよ。ねぇ、シュリもいいよね? ……って、何見てんの?」
シュリは一枚の依頼書を、食い入るように見ていた。私も隣に並び、それに目を通す。
「討伐依頼かぁ。なになに? ハイオーク一頭につき7,000ティオル。素材は別途買取。最初の討伐者には腕輪も――」
「私、今からこれを討伐してきます」
隣から、信じ難い言葉が聞こえた。
「はあっ!?」
「ご心配なく。この程度なら一人でいけます」
「この程度って、見たこともないくせに……」
「では。夕飯までには戻りますので」
よいしょ、と立ち上がると、シュリは扉に向かって歩き始めた。
「ちょっと! 一人で行って、一人で帰って来れると思ってるの!?」
「大丈夫です」
「そもそも、出没地がどこか分かってる?」
「適当に行けば、出くわすんじゃ……」
「シュリ。私たちの方向音痴を甘く見ては駄目」
私は最近、自分の方向音痴がどうしようもないレベルであるとようやく理解したのだが、シュリは未だ分かっていないようだ。「空から探せば一瞬なのに……翼……」と呟くシュリの瞳はセシルを向いていた。
「まずは、どんな魔物か調べてからの方が良いと思うぞ」
さすがはエリック、賢そうなことを言う。私も同意を示すべく、うんうん、と大きく頷いた。
私は魔物を直接目にしたことがない。そのため、低位の魔物――例えばスライムやゴブリンなんかで練習した後にオーク、という段階を踏みたかった。それがいきなりハイオークとは……シュリ一人で討伐すると言われても、見過ごすことはできない。
「それにほら、薬草の査定だっていつ終わるか――」
「坊やたち、査定が終わったよ」
――なぜ、このタイミングで!?
間の悪さを恨みつつ、私たちはカウンターへと戻って査定の結果を聞いた。初めての事で何も分からないが、「沢山持ってきてくれたお礼に、少し色をつけといたよ」とおばさんが言っていたことから、報酬を弾んでくれたのだろうと理解した。
一袋あたり100ティオルということで、合計600ティオルを受け取る。採取だけなら一時間もかかっていないのに、9歳の子供が稼ぐ額としては十分すぎるものだった。
「では、ハイオークの討伐に……」
「だーかーら! 駄目だってば!」
私がシュリの服を掴んで止めようとしていると、おばさんがカウンターから身を乗り出した。
「なんだい、お嬢ちゃん。ハイオークの討伐に行くのかい?」
「そのつもりです」
「あれの出没地は遠いよ。子供の足だと、着くのは夜中だろうね。行くなら明日にしな」
シュリが目を丸くした。
「明日からは授業が……」
「ハハッ、それじゃあ仕方ないね」
シュリはむぅっと頬を膨らませたが、私はおばさんに感謝していた。私も人のことは言えないが、出没地も知らない状態で、よく飛び出して行こうと思ったな、と呆れつつも少し感心した。さすがは単身で異世界にやってくるだけのことはある。
「それにね、あの依頼はお嬢ちゃんじゃ受けられないよ。依頼書はきちんと読んだかい?」
思い返せば、読んでいる途中でシュリが変なことを言うものだから、最後まで読めていなかった。パタパタと依頼書の前へ戻り、続きから目を通す。
「ええと、受注条件は15歳以上の成人――ほんとだ。書いてある」
「そうだろう? 受注する前に、最後まできちんと目を通すのも大事だよ」
シュリの前に戻り「諦めるしかないね」と微笑むと、シュリがぷいっと目を逸らした。
『私は200歳です』
『ここでは9歳です。その言い分は通用しません』
抗議の念話も一蹴した。今日の私は冴えているようだ。