43 初めての休日 1
「おっはよーう! アリス! おっはよーう!!」
「……おはよ」
私の一日は、お気楽妖精の声で始まった。いつも元気なセシルだが、今日は一段と機嫌が良いようだ。それもそのはず、今日は休日なのだ。
住み込みのナタリアとは違い、マエリアは休日のみ自宅に帰ることになっている。マエリアが昨夜ここを出て行ってからというもの、セシルは終始ご機嫌だった。そんな彼女の姿は微笑ましかったのだが……途中から、シュリに首根っこを掴まれて大人しくなっていたのは、言うまでもない。
一晩経っても、彼女の機嫌に変化はないようだ。それだけ普段寂しい思いをしているということだろう。休日くらい遊んでやるかと、愛犬を愛でるような気持ちになってしまったのは、本人には秘密である。
「今日は、商店街でも行く?」
「アリス、無駄遣いはするなよ」
我が家の家計はエリックが握っている。彼はお母様からの信頼も抜群に得ているのだ。彼こそ中身は20代以上のような気もするが、この中で唯一の9歳児なのだから不思議だ。
「ねー! 森は? この街に来てから行けてなくて、木の実が減っちゃったよー!」
「言われてみれば……」
この街に来る直前は、セシルは一人で森へ行っていたこともあって、すっかり忘れていた。この敷地から出ることもなく、もちろん森に近付くこともなかった。
セシルはよく食べる。マエリアの目を盗んで私たちの食事を分けてあげたりもするのだが、その程度では到底足りないだろう。彼女の食糧がなくなるのは、一大事だ。
「じゃあ、今日は森に行こう!」
「やったー!」
そういうわけで、私たちは学園からほど近い森にやって来た。ここは『ウェルリオ名物オークの串焼き』でお馴染みの、オークが出没することでも知られている。だが、それは森の奥の方で、街に近いこの辺りには魔物が出没する事は少ない。そのため木の実も豊富で、安全に採取できるというわけだ。
「……エリック、そんな事いつ知ったの?」
「何言ってんだよ。一昨日、授業で習っただろ」
「そうだっけ……」
……歩く教科書エリックが居れば、私たちに不足などないのだ!
「そうそう、言ってた! それ聞いて、気になってたんだー!」
セシルは授業中、胸ポケットに入ったり、肩に座ったり、机に寝そべったりしているが、授業は結構聞いているようだ。「他にすることないしねー!」と彼女は言っていたが、意外と勤勉なんだと思う。……私やシュリと違って。エリックと話が合うのも納得だ。
セシルはどういうわけか、スキル【鑑定】で見ることのできる情報が増えたそうだ。もしかしたら知識が増えたことが関係しているんじゃないかと、彼女はより授業に集中するようになった。
「おおう……ここにはローベルがいっぱいだね!」
森にはセシルお気に入りのローベルの木が沢山あった。身長の低い私たちでも取れる位置になっている実も多く、非常に集めやすかった。
私たちがせっせと集め、それをセシルがぽいぽいとアイテムボックスの中へ入れていく。三人がかりで集めたローベルは、全てそこへと収納された。
「ふー! これでしばらくもつよー!」
セシルは満足気に顔を上気させた。それはそうだろう。三人がかりと言ったが、ほとんどシュリが集めたようなものだ。
彼女はウィンドカッターで切り落としたものを、落とさないようにセシルの元へ風属性魔術で運んだ。……というか、切られた瞬間セシルの元へと飛んで行ったように見えた。全方位から集まるローベルは、圧巻の一言。当のシュリはといえば、適当な場所に突っ立って、指で何やら指示を出すかのようにちょちょっと動かすだけであるため、疲れている様子もない。
シュリの魔術の特徴である、金色の粒子も――
「……あれ?」
私は首を傾げた。大掛かりな魔術を使った後は、暫く周辺を微量のマナが舞っている。だが、ここには一粒たりとも残っていなかった。
『ふふん。ようやく習得しましたよ』
シュリからの念話が頭に響く。彼女に目を向けると、見たこともない程の盛大なドヤ顔を披露していた。
『この世界の、魔術……?』
『もちろんです』
『ええっ! 一体、いつから?』
『ホーヴィッツを出る直前ですかね』
『えええ!?』
少なくとも一週間以上は経つというのに、全く気付かなかった。クラスメイトの前で初級魔術を披露した際も、この世界の魔術を使ったらしい。赤子同然だったはずの彼女の魔術は、既に私と同等……否、それ以上にまで達していた。
『うう……私だって……』
気付けば私は、念話ではなく声に出していた。
「わ、私だって! 本気出す!」
「ええ。週明けからは、遠慮はなしです」
シュリがにっこり笑った。そこまで週明けに拘る理由は不明だが、私もシュリと同様に遠慮しないことに決めた。別に遠慮していたわけでもないのだが……
「おっ、どうした? そんじゃ、オレも!」
「みんな、頑張れー!」
セシルの緑色の髪が、風に吹かれて靡いていた。
「……で、本気出すっていうのは、もちろん魔術だけじゃないよな? 実技以外の授業も、だよな?」
「はっ!?」
「えっ!?」
エリックの、僅かな曇りも感じられない澄んだ瞳が、逆に怖く感じた……
その後も森の散策を続けた。木の実はセシルが気になるものがあればその都度採取する程度で、魔術を使うような大掛かりなことはしなかった。
「この辺はポーションに使える薬草も多いみたいだね!」
――ポーション!? また私の心をくすぐるワードが出たぁ!
私は無言で悶絶した。やはりセシルは私を喜ばせるのが上手い。
「セシル、ポーションって何だ?」
「怪我とか病気が治る飲み物だよ!」
「あぁ、回復薬か」
精界とこの世界とでは、同じ物でも名称が違うことも多い。その度知識のすり合わせを行うのだが、圧倒的にセシルが発するワードの方が私の心を掴むのだ。その度に興奮していたら、エリックとシュリから「うるさい」と言われ、最後には「興奮禁止」を言い渡されてしまった。
破ったところで罰則も何もないのだが、白い目で見られるのも結構悲しい。それに気付いた辺りから、自然と無言で悶絶するという能力を手に入れたのだった。エリックの「何で知ってんだよ?」や「どこで知ったんだよ?」という質問攻めに飽きたというのもある。
「学園の畑にあるものより、上位種みたいだよ!」
「へぇ。薬草学の授業のために、2・3本程度採っておくか」
エリックの言葉を聞いたセシルが、「ふっふっふ」と不敵な笑みを浮かべた。
「な、なんだよ……」
「エリックぅ、あたしのこと、見くびってなぁい?」
「はぁ?」
セシルは胸を張ると、私たちに向かってにっこり笑った。もちろんその胸はいつもの如くぺたんこである。
「セシルさんが、アイテムボックスに入れてあげようじゃないかー!」
「おおー!!!!!」
「急にどうしたの?」
「べっつにー! 思いついたから言ってみただけだよ!」
私たちは、その能力に頼ろうと考えたことはなかった。セシルもまた、自身の能力を他者のために使うなんて考えもしなかった。それもそのはず、妖精族は全員がアイテムボックスを持っているのだ。他人の物を収納するなんて、考えもつかなかったそうだ。
「どうせだから、ここにあるものぜーんぶ入れちゃえ! どうせまた生えるんだから!」
セシルの言葉に頷き、せっせと薬草を集める。……もちろん、魔術で。私とエリックが根元の土を抉り、掘り返された薬草をシュリがセシルの元へ飛ばす、という見事な連携を決めた。
「回復薬の作り方も知らないし、授業以外で必要なのはオレだけなのに、こんなに要らなかったんじゃ……」
本気を出す! 遠慮はしない! ……というのは週明けからのはずだったシュリも「張り切りすぎました」と反省するほどの量だった。こんもり積みあがった薬草の山は、私の背丈ほどになっている。
ぽいぽいとアイテムボックスに仕舞うセシルが一番大変そうだった。
「んん? ……おおっ!!」
「セシル、どうかした?」
セシルが一つの薬草を抱え、瞳をキラキラと輝かせていた。
「これはっ……! さっきのより更に上位の薬草……!」
「よし! それも集めよう!」
自動治癒を持つ私には必要ないが、上位種と聞けばとりあえず採っておくのが異世界でのしきたりというもの。私たちはそれだけを、セシルの【鑑定】のもと集めることにした。上位種というだけあってなかなか見つからず、20本目を見つけたところで飽きてしまった。
「もう十分でしょ。じゃあ、これからギルドに行くよ!」
「ギルド?」
私の言葉に、三人が揃って首を傾げた。
異世界には、ギルドがあると決まっているのである! きっと、この世界にもギルドがあって、魔物や薬草なんかを買い取ってくれるはず! だって、異世界だもの!!
「魔物なんかを買い取ってくれるところよ。串焼きに使われてるオーク肉だって、学園の生徒が狩って来たものだ、って前にお店のおじさんが教えてくれたじゃない。きっと、この街にはギルドがあるはず!」
「アリスって、変なところ記憶力良いよな……」
私はご機嫌で飛び跳ねていたが、エリックの一言により現実に引き戻された。
「魔物を買い取ってくれるのは、役所だぞ」
「……は?」
分からないことや困ったことは、とりあえずここに行けばなんとかなる。
――それが、役所。
異世界感のカケラも感じられないワードに、私の心が急速にしぼんでいくのを感じた……