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42 ココの苦悩 2

 クライヴは突きあたりへと歩いて行った。目の前には壁しかない。何処に連れて行く気かと見ていると、彼は持ってきた鍵を目の前の壁に刺した。直後、青白い光と共に魔法陣が浮かび上がり、次の瞬間には何も無かった壁に一つの扉が現れた。


「ここに入れ」


 クライヴが扉を開き、私たちに声をかけた。こんなカラクリ部屋のようなところに入れてどうしようというのか。閉じ込められでもしたら、自力で脱出するのは困難のように感じた。

 そんな私の心配を他所に、シュリは前へと進んで行く。少し歩いたところで、彼女はくるりと振り返り、私たちに手招きした。私とエリックは顔を見合わせ、一つ頷いた。何があってもシュリが居ればどうにかなるか、と謎の安心感があった。何せ、彼女は天候を操ることができるのだ。私が彼女に追いつくのは、いつになることやら……


 部屋の中には、2人掛けのソファが2つ、テーブルを挟んで向かい合わせに配置されていた。あるのはそれだけで、非常に殺風景な部屋だった。

 クライヴに「適当に座れ」と言われたため、私たちは扉に近い方のソファに3人並んで座った。何かあったら、少しでも早く扉から脱出するためだ。そう俊敏に反応できる自信はないが……

 2人掛けとはいえ、子供3人が座るには十分余裕があった。クライヴは私たちが座ったのを確認すると、向かいのソファの真ん中に座った。


 不思議そうに周囲をキョロキョロと見回すエリック、身体を強張らせる私、退屈そうにあくびをするシュリ……そんな私たちの様子に思わず噴き出したクライヴは、この部屋の事を教えてくれた。

 ここは教師と生徒が大事な話をする際に使われる部屋らしい。外には音が漏れないよう、防音の魔法陣が組み込まれているそうだ。ただし、ここの映像と音声は全て学園長室に筒抜けとのこと。それは生徒を守るためであり、学園長が校内のことを把握するためでもあるようだ。


「お前たちが知りたいのは、ココの事で間違いないな?」


 私たちは、揃ってコクリと頷いた。


「彼女はもうじき、ここを去る」

「は!?」

「え!?」

「な!?」


 私たちは三者三様に驚いた。

 ココにも言ったように、能力面でのサポートはするつもりであったし、クラスメイトの視線からも庇うつもりだった。もしも寮でいじめを受けているのなら、無理矢理にでも私たちの部屋へ引っ越させようとも考えていた。まさかそこまで話が進んでいるなんて、これっぽっちも思っていなかったのだ。


「そ、そんな! やっぱり、先生が何か言ったんでしょ!?」


 私は思わず立ち上がった。


「おい、落ち着け」

「落ち着いていられるかぁぁぁ!」


 拳を握る手に力が籠る。私は、初めて他人に声を上げた。……多分。

 玲だった頃の暗い性格が徐々に私を占めていく中で、他人に対する興味も薄れていったように思う。どうせ覚えられないからと、クラスメイトの顔と名前すら興味を持てなかったのがいい例だ。そんな中で他人を想って芽生えた悲しさと怒りは、久しく感じていないものだった。


「ココを呼び出したとき、何言ったの!?」

「いやいや、呼び出しってなぁ……」

「私たちに片付けを指示した後、ココと一緒にどこか行ってたじゃない! 私、見てたんだから!」

「あれは、治癒室に連れて行っただけだ。顔色が悪かったのに気付かなかったか?」

「……あっ……」


 それに気付いて声をかけたのに、その後は全くココの事を見ていなかった。私も周囲のクラスメイトと同じで、シュリに注目していたうちの一人だったのだ。

 クライヴは私が落ち着いたのを見計らったように「まぁ、座れ」と促した。ばつが悪く感じた私は、大人しくそれに従った。


「まぁ……その時、話をしたのは事実だ」


 その言葉に再び反応したが、両側から肩を押さえられて立ち上がることはできなかった。真ん中に座ったことを後悔した。

 クライヴはあの日話した事を教えてくれたが、それにより分かったのは、シュリが的を次々と壊していったのは逆効果だったということだ。それに気付いたシュリの目が虚ろになったのを、私は見逃さなかった。

 要するに、ココはクラスメイトの魔術を見て、元々なかった自信がゼロになってしまったのだ。彼女は「下位クラスに移りたい」とクライヴに懇願したらしい。


「だが、彼女は治癒魔術が使える。この事は知っているか?」

「軽傷なら治せる、って聞きました」

「そうだ。これは、凄いことなんだ」


 私はお母様から「軽傷()()は――」と言われていたため、それがそこまで凄い事だという認識はなかった。……使えない者のセリフではないが。というか、感覚や常識が世間とズレてきている気がする。主にシュリのせいで。


「学園としては、ココに期待しているんだ。この歳で治癒魔術が使えるのは珍しいからな。そういうわけで、特例として上位クラスに入れたんだが……それが、重荷になったんだろう」

「それなら、ココの言う通り下位クラスにでも中位クラスにでも移れば良いじゃないですか! なにも、辞めなくても……」

「そうですよ。何故、辞めることになったのですか?」


 クライヴが、大きな溜息を吐いた。


「辞めるなんて言ってないだろう? 去るんだ。学園生としての籍は残したまま、魔術師団へと入ることになった」

「ええぇぇぇぇぇ!?」

「まぁ、研修生のようなもんだ」


 ――それって、めっちゃエリートコースぅ!?!?


 研修生――それは、学生でありながら師団から実力を認められた者たち。つまり、スカウトされた者のことだ。学校へ通いながら魔術師としての任もこなす、めちゃくちゃかっこいい存在なのだ!


「学園長が、下位クラスにやるのは勿体ないと難色を示してな。お前らには無縁だろうから言うが……下位クラスじゃ魔術師団には入れない。それならと、魔術師団に打診したそうだ。そんで、良い返事を貰えたってワケだ。治癒術師は不足してるから、あちらとしても悪い話じゃなかったんだろう」

「そ、そう……ですか……」

「ココはすんげぇ乗り気でな。憧れの治癒術師への近道だって、もう出て行く気満々だ」

「うぅっ……」


 ココを思えば喜ぶべきところだが、私は新たなチート誕生の予感に打ちひしがれていた。事情があるとはいえ、入学後一週間も経たずして研修生になった者など、過去に存在するのだろうか。前世に置き換えると、大学に入った直後に大学から推薦され、大手企業へ内定するようなものだ。……知らないけど。

 何かを察したらしいセシルが、胸ポケットから「アリスだってすごいよ!」と慰めてくれた。何だかみじめになった。





 クライヴとの話を終えた私たちは、とぼとぼと職員寮へ帰っていた。

 ココは週明けに魔術師団の寮へ移るそうだ。その前に一度会えないかと、ココに聞いてもらうよう頼むことが精一杯だった。それまではあと2日しかないため、忙しいからと断られることも覚悟している。

 クライヴからは「この件は、他の奴らには言うなよ」と口止めされたが、ココ以外に友人の居ない私には関係ないことだった。


 ココはウェルリオ支部に配属される予定だそうだ。魔術師団の寮に入ることになるが、学生寮と違い、部外者は入れないなんて規則はない。いつでも会えるだろう、とクライヴは言った。研修生のようなものとはいえ、魔術師団員の肩書を得る彼女には、守ってくれる人が沢山できるだろう。


「ココ親衛隊、活動せずに解散かぁ」

「そうなりますね」

「ねぇ、これで良かったのかな」

「それは、彼女が決めることです」


 私は本部で見た光景を思い出していた。あの壮絶な場所で働くココを、どうしても想像することができない。彼女には悪いが、入学後一週間も経たずして逃げ出そうとするような者には、到底務まらないと感じた。私の中には、応援したい気持ちと、考え直した方がいいんじゃないかという気持ちとがせめぎ合っていた。


 シュリは、ココが学園から去る事をもっと悲しむと思っていた。彼女の本心はなかなか読めないが、思ったよりあっさりしているように感じる。ココが"初めての"友達ということで、私一人だけが特別に感じているのかもしれない。こんなとき、彼女ならどうするのだろうか。私はホーヴィッツに住む親友を思い浮かべていた。


「私、もう遠慮しません」


 唐突に、シュリが口を開いた。


「……はい? いきなりどうしたの?」

「色々と、面倒になりました」

「それだけじゃ何も分からないんだけど」


 私とエリックは顔を見合わせ、揃って眉をひそめた。


「お父様との約束は守りますが、それ以外は自重しません。アリス、エリック、セシル。週明けから全力でいきますよ」

「だから、意味わかんないってば!」


 シュリは振り返ることなく、一人でずんすんと歩いて行った――のは別にいいのだが、こんなときでも道を間違えて、エリックに連れ戻されていた。

 なぜ明日からではなく、週明けからなのだろうか。前世のお母さんが、よく『ダイエットは月曜からするわ』と言っていたのを思い出した。……全く関係ないと思うけど。


 翌日の放課後、私たちは再びカラクリ部屋へと呼び出されていた。


「先生、話ってなんですか?」

「非常に言いにくいんだが……ココは、誰にも会わないそうだ」

「そうですか」


 たった二日だけの友達じゃそんなもんか、と妙に冷静だった。


「それだけですか?」

「あ、あぁ」


 クライヴは昨日とはあまりにも違う私たちの様子に驚いたのか、多くは語らなかった。この程度の話なら、別にこんな所で話す必要もなかったと思うのだが……彼なりに配慮してくれたのだろうか。


 私たちはココに会うことがないまま、初めての休日を迎えた。

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