40 シュリの意思
ヴェレリアは結局、何が言いたかったのだろうか。彼女はあの後、「じゃあね」と言うなり出て行ってしまった。まともな話ができないばかりか、またしても彼女を怒らせてしまったようだ。ヴェレリアが帰ったことで、マエリアは見送りがてら買い物へ出かけると寮を出て行った。
今日のシュリは、何かがおかしい。私が意図せず的を壊してしまったのに対し、彼女は故意に壊したように思えた。
片付けをしていた時に聞いたのだが、一度的を壊した後、クライヴからは「手加減してくれ」と言われたそうだ。あの笑顔を張り付けていたとはいえ、その言葉は無視するし、そもそも何処でスイッチが入ってあの笑顔を張り付けるに至ったのか。極めつけは、先程のヴェレリアへの挑発ともとれる発言。他者には基本的に無関心なシュリの行動としては、疑問に感じずにはいられなかった。
「ねぇ。今日のシュリ、変だよ」
「そうですか?」
「オレも思ってた。どうしたんだよ?」
セシルも飛び回り、「熱でもあるのー?」と聞いた。そんな私たちの視線が面倒に感じたのか、シュリは一つ溜息を吐いた。
「少し、ココが心配で」
「ココ?」
突然出てきた名前に、首を傾げる。確かにココの適性には驚いたが、シュリの行動との関連性は感じられなかった。同時に、シュリの口から出た"心配"という言葉に、思わず耳を疑った。それはセシルも同じのようで、「シュリが誰かの心配するなんて! 明日は飛べなくなっちゃうかも!」と言っていた。
飛べなくなる、というのは、雨が降るかも、とか雪が降るかも、とかいう類のお決まりの言葉だろうか。珍しい行いをしたくらいで周囲の者の羽が機能しなくなるとは、妖精族は末恐ろしい。天候を操る人間も大概だが……なんてくだらないことはどうでもいいとして。セシルはシュリの反感を買ったようで、首ねっこをつままれ宙ぶらりんの状態にされていた。
「今すぐ飛べなくしますか?」
「やめてえぇぇぇぇ!」
そんな茶番に反応していたら、一向に話が進まない。私は華麗にスルーした。
「ココと何の関係があるのよ?」
シュリがセシルをぽいっと放ると、セシルはエリックに「シュリに仕返ししてよ!」と言っていた……が、エリックも私同様に華麗なスルーを決めた。
「オレにも分かんねぇぞ」
誰にも相手にしてもらえないと悟ったセシルは机の端に座り、お気に入りのローベルを食べ始めたのだった……
私とエリックに詰め寄られたシュリは、僅かに目を泳がせて呟いた。
「…………から……」
「え?」
「ココが、可愛いから……」
血は繋がっていないのに、何故こんな所だけは似ているのだろうか……私はシュリの手を取った。
「私も、思ってた!」
「アリスもですか!」
目を輝かせる私たちの間に、エリックが割って入る。
「それじゃ、わかんねーよ!」
ココが可愛いから心配。それ以上の理由があるだろうか、と芝居がかったように言ってみたところ、「アリスは黙ってろ」と言われてしまった。ひどい。
シュリは私と一緒にナタリア先生の座学講義で学んでいる。そのため、ココの適性が異様であることは、エリックは勿論、シュリも気付いていたようだ。
「彼女の光属性魔術における潜在能力は、極めて高いと予想できます」
私はコクリと頷いた。この学園の合格基準やクラス分けがどのように行われているかは知らないが、ココを上位クラスに入れたということは、誰かがその実力を見抜いているということだろう。
適性が少ないということは、言い換えればそれだけに能力が集中するということだ。だからと言って、それが他者より優れているかというと、そういうわけでもないのだが……それが難しいところで、適性の数が多い=何かと有利であることは違いないが、少ない=不利というわけではない。
ココは世にも珍しい、光属性の適性のみを持つ。それは、いい意味でも悪い意味でも注目されるに違いない。シュリは、そんな彼女の盾になろうと思ったそうだ。自身が目立てば、自ずとココへの注目は逸れる。的を壊しまくったのも、ヴェレリアを家に呼んで挑発したのも、全て自身に注目を集めるためのもの――なにそれ、かっこよすぎ……!
的を3つも壊す必要はあったのか(これは私にとやかく言う資格はないのだが)とか、ヴェレリアを家に招く必要はあったのか、等ツッコみたいことはあるのだが……そんなことはどうでも良かった。
私はシュリの意思を応援しようと決めた。だって、ココは可愛いのだから! 可愛いは正義である! ココを利用しようとする大人から、私たちが守ってあげようじゃないか!
エリックはそんな私たちの熱意についていけない様子だったが、「2人がそう言うのなら、オレも協力するよ」と言ってくれた。……というわけで、ココ親衛隊の発足である。
隊長の座は私もシュリも譲る気がなかったため、ここは公平にじゃんけんで決めることにした。初めてじゃんけんを見たエリックに詰め寄られてルールを教えたところ、「これ、面白いな!」と言っていた。どうやら気に入ったようだ。これで、3人で何かを決める際にも使えるようになる。じゃんけんは便利だ。前世の知識がこの程度の事でしか役立たないのは、非常に情けないところではあるが……
私とシュリの勝負の結果は、なんと私が勝った。チョキの形に馴染みのないシュリが即座に出せるのは、グーとパーだけだ。故に、私はパーさえ出しておけば良い。これぞ、頭脳戦というもの。
その後エリックにせがまれ、セシルも一緒に何度もじゃんけんをする羽目になり、シュリのチョキが上達してしまったのは悔やまれる……
私とシュリは早々と飽きたため、今はセシルとエリックの二人で続けている。本当にこの二人は気が合うな、と感心した。
『そういえば、どうして教室で私の口を塞いだのよ』
『アリスが固有スキルのことを話そうとしたからです』
『そんなこと――』
ない、とは言い切れなかった。というか、言おうとした。治癒魔術を使ったと言い逃れはできなくもないが、あの時の私は何も考えていなかった。
エリックも私の固有スキルのことは知っている。とはいえ、怪我が治る事と視力が強化できるという事しか伝えていない。私に突如現れた秘密の能力、という設定だ。
エリックは頭が良く勘も働くが、何故か変な所は気にしなかったりする。彼の中にどんな基準があるのかは知らないが、この件も彼はそういうもんだとすんなり受け入れているようだ。「秘密なんだから、他の人に言っちゃ駄目だろ」なんて注意してくれたりもする。良き理解者だ。
シュリは特別な魔術が使えるという設定に始まり、私の固有スキルやセシルのこと等、3人の秘密として周囲には色々なことを隠してきた。だが、それで上手く行っていたのは、今までは主に3人で行動していたからだ。今までと同じ気分で過ごしていたら、きっとすぐにボロが出るだろう。
念話を返さない私を見て、シュリは『やれやれ』と肩をすくめた。自分のことなのに、私が一番危機意識が弱い。
『つ、次からは気を付ける……』
『頼みますよ』
そうこうしているうちに、マエリアが帰ってきた。ヴェレリアを校門まで送ろうとしたが、彼女の姿が見当たらず、見送ることができなかったそうだ。
これにより、ヴェレリアは足が速いという、割とどうでも良い情報を手に入れることとなった。