39 2人目のお客様
片付けを終えて教室に戻ると、ココは未だ戻ってきていなかった。教室中から視線を浴びたが、誰も近寄ろうとはしない。これにはさすがのエリックも困惑しているようだ。
クライヴは席を外しているらしく、変わりに女性が教壇に立った。彼女は「今日は終わりよ。また明日ね」と妖艶に笑った。エルフリーデには及ばないが、随分と色気のある先生だった。
私たち2人で4つも的を壊してしまったことで、クライヴは上から怒られているのだろうかと思ったが、深く考えることはなかった。
ここに居ても特にすることはないため、私たちは職員寮に帰ることにしたのだが――それを、少女が阻止した。
「待ちなさいよ」
声をかけてきたのは、ヴェレリアだった。彼女は昨日と同様に腕を組んで立っていたが、どうも昨日とは様子が違う気がした。私たちと目を合わせようとすらせず、視線は右上に固定されている。その視線の先にはセシルが――……居なかった。良かった。
エルフリーデの再来かと肝を冷やしたが、セシルはエリックの肩に座っているため、ヴェレリアの視界には入っていない。
彼女はそのままの姿勢で「外に出なさいよ」と続けた。昨日と同じその言葉に嫌気がさす。今日は的を壊してしまったのだ。これ以上の問題なんて起こしたく――
「アリス!」
考え事をしていて、気付かなかった。エリックの声で我に返ると、目の前には3つのウィンドカッターが迫っていた。
一体、いつの間に詠唱を済ませていたのだろうか。それらが眼前に迫った瞬間、視界の端にニタリと笑うアーニャの姿が映った。美人だけど、意地の悪そうな笑みだな、なんて呑気な事を考えた瞬間――私の頬が、スッと切れた。
何度も怪我をして自動治癒を使っていたからなのか、何度も視力強化を使ったことでマナの扱いに慣れたのか……難しい事は分からないが、私の【健康体】は、軽症であれば血すら出る間もなく、瞬時に治すほどになっていた。もちろん痛みも感じない。小型のウィンドカッターなど、私にとってはそよ風のようなものだ。
――故に、その傷は、一瞬で跡形もなく消えた。
そんな私に対し、何もしていないヴェレリアは勿論、魔術を使ったであろうアーニャも目を丸くしている。これが【健康体】を持つ私でなければ、頬に傷がついていたところだ。乙女の顔に傷をつける行為に、ふつふつと怒りが沸き上がる。
「な、何なの!?」
ヴェレリアの言葉は、瞬時に傷を治した私に対するものか、はたまた魔術を使った者に対するものか。彼女は目を見開いて周囲を見回した後、私を見た。
「ねぇ、だいじょ――」
声を掛けるヴェレリアの横をつかつかと通り過ぎ、その後ろに立つアーニャの胸倉を掴む。
「ねぇ、今の、あなたでしょ?」
アーニャの緑色のポニーテールが揺れる。力が強いわけでもない私の手は、即座に払われてしまった。
「な、なんの話よ」
「私に向けて撃ったでしょ。あれ、私じゃなけれぶぁっ――」
突然、後ろから口を塞がれた。その力の強さから、シュリであると理解した。彼女は私と違い、すこぶる力が強い。私にはその手を払うことはできなかった。
「まぁ、いいじゃないですか。もう、こんなことはしませんよ、ね?」
サッと青ざめたヴェレリア一派の様子から、シュリの表情が何となく想像できた。虚ろな目をして口角を釣り上げるシュリの顔は、慈悲深い笑顔とはまた違った怖さが滲み出るのだ。
私はシュリに口を塞がれたまま、半ば引き摺られるように教室を出た。
「ま、待ってよ! アタシは、話を……」
追いかけてきたヴェレリアの声に反応し、シュリが立ち止まる。またしてもシュリの表情は見えないが、彼女はヴェレリアにこう言った。
「家に、来ますか?」
――何故、そうなる!?
どういうわけか、私たちの住む職員寮に、一人のお客様がやって来た。
まさか2日続けてクラスメイトが家に来るなんて……前世とは比べ物にならない程のリア充っぷりである。とはいえ、相手はあのヴェレリアだ。一体何の話があるのかと、構えずにはいられなかった。しかし、敵陣に一人で乗り込んだ彼女の方が緊張しているらしく、先程からキョロキョロと視線を動かして、全く落ち着きが感じられない。マエリアが紅茶を淹れてくれると、「メイド……」と呟く声が聞こえた。
現在、私たちは居間のソファに座っている。私はヴェレリアと向かいの位置にいるため、非常に気まずい。誰も口を開こうとせず、カチャリ、とカップを置く音が響くほど静かだ。こういう気まずい空気はどうも苦手で、私は念話で『シュリが呼んだんだから、何か話してよ』と急かした。
ここに着くまでも、会話はほとんどなかった。私はシュリに何故か『喋らないように』と言われていたし、シュリも無言。ヴェレリアも大人しく後ろから付いてくるだけ。エリックだけはヴェレリアに話しかけていたが、彼女が無言を貫き通したことで、とうとう彼も口を噤んでしまった。
「それで、話とは?」
シュリの言葉に、ヴェレリアの身体が小さく跳ねた。
「話がある、と言ったからここに連れてきたのです。ここなら邪魔は入りませんから」
ヴェレリアが俯く。
「ご、ごめんなさい……」
「何の事です?」
「アタシは見てないから分かんないけど、さっきのはアーニャがやったんでしょ? 代わりに、謝らせて」
「はぁ」
しおらしい様子のヴェレリアが彼女の第一印象と全く結びつかず、私は呆然とした。シュリとヴェレリアの会話が続く中、私はヴェレリアを凝視していた。
「話はそれだけですか? それなら、もう帰ってもらっても――」
「ちがっ……!」
シュリが呆れたように言うと、ヴェレリアが立ち上がった。私たちの視線が一斉に彼女へ向く。それに気付いて小さく咳払いをすると、ソファに再び腰かけた。
「その、昨日の事、謝ろうと思って……ごめんっ!」
ヴェレリアが頭を下げた。昨日の事といえば、「アタシを敵に回す気!?」発言しか思い浮かばないのだが、それなら寧ろ笑ってしまった私の方が謝るべきではなかろうか。しかし、それに対してはその場で謝ったはず……彼女の意図が分からず、エリックと顔を見合わせた。
「それは、何に対してですか?」
「ええと、その……昨日、失礼な事言ったから……」
「失礼な事?」
「田舎者、って」
――そこかいっ!
ヴェレリアの謝罪基準は分からないが……謝ろうと思える程には、私たちの印象が変わったようだ。それはそうだろう。私とエリックはともかく、シュリは全属性の適性を持っている。それは憧れというよりも、畏怖の念を抱いても当然の事。これは、クラスメイトの変わりようからも分かる事だった。
そんな中、怖がるでもなく話しかけ、謝ることができるとは……私は、ヴェレリアに感激していた。"真の友情は、喧嘩の後に芽生えるもの"とかいう少年漫画に出て来そうな言葉が頭に浮かぶ。
「はぁ。そんなことですか。てっきり、このクラスでアタシが一番、と言ったのを撤回するのかと」
シュリには彼女の謝罪は響かなかったようだ。それは、齢10歳前後の子供に対する言葉としては、些か辛辣すぎるものだった……
ヴェレリアがギリッと歯を食いしばったのが見て取れた。彼女はプライドを傷つけられたのだ。子供なら泣き出してもおかしくな――
「それは撤回しない。アタシは学園で一番になるのよ。アンタたちに負けてるなんて、思ってない!」
……なんですと!?




