38 初級魔術のお披露目
驚いて固まる私に、クライヴが「嬉しいのは分かるが、早く戻れ」と言った。その言葉にハッとし、いそいそと元の場所に戻った。
「アリスはさすがだな!」
「そ、そんなことは……」
ない、はずなのだ。嬉しいはずなのに、素直に喜べなかった。というより、意味が分からなかった。
シュリは私の結果に驚くでもなく、真顔で前に歩いて行った。彼女が装置に手をかざすと、私やヴェレリアのものとは比べ物にならない程の、大きな歓声が沸き上がった。
当然というか、何というか……そこには、6つの光が灯っていた。
光と闇…その相反する性質からも分かるように、両方の適性を持つ者は数える程しか存在しない。謂わば、歴史に名を残すレベルの存在なのだ。
シュリの元へ、一斉に尊敬の眼差しが降り注がれる。隣に立つクライヴも、心なしか顔が引きつっているように見えた。適性の数が5つと6つで、これほど反応が違うのだ。それがどれだけすごい事なのか、子供でも分かるというもの。
当のシュリは平然とした様子で私たちの元へ戻ってきた。周囲が遠巻きに見ている中、エリックだけは「シュリもさすがだな!」と彼女の肩をポンッと叩いた。
「えー、最後に、ココ」
この歓声の後で前に出るのはかなりの勇気が要るだろう。ココは小さく縮こまり、目には薄らと涙を浮かべていた。彼女が装置の手をかざす。そこに光が浮かび上がると、シュリの結果にざわついていた声が、ピタリと止まった。
――そこには、光属性を示す、黄色の光だけが浮かび上がっていた。
主属性、副属性という関係上、主属性を持たない者が副属性を持つことはない。……と、されていた。この結果は、極めて異例だ。周囲が静寂に包まれていたが、ようやくクライヴが「戻って良いぞ」と口を開いたことで、ココがこちらへ戻ってきた。
治癒魔術が少し使える程度、との彼女の言葉は謙遜でも何でもなく、正真正銘の事実なのだろう。しかし、主属性の魔術が得意でない彼女が、なぜ上位クラスに入れたのか――
昨日のように、近寄って質問攻めにするような者は一人も居なかった。先程まで近くに居たウィルも、少し距離を取っているように思える。それもそのはず、全ての適性を持つ者と、1つしか適性を持たないのに上位クラスに合格した者という、異様な2人が揃っているのだから。そんな中でも何も気にしていない素振りのエリックが、神様に見えた。
こうして私は、5つの適性を持つという珍しい存在でありながらも、周囲からの視線を受けることはなかったのだった。注目されるのは苦手なため一向に構わないのだが……何故だか釈然としなかった。
次は全員の初級魔術を見ることになっている。私たちは隣の屋外練習場へと移動した。今度は自立式の的が運び込まれた。これには衝撃を吸収する魔法陣が組み込まれているそうだ。クライヴは「この的を狙って魔術を撃つように」と言った。
これは実技試験でも使用された物だろう。最初の1回は壊して注意されたため、その後は壊さないように気を付けたのだが…まさか、衝撃を吸収するような物だったとは。
今回は適性検査と同じ順序で、2人同時に行われた。まずは、アーニャとヴェレリアだ。クライヴの指示に従って、地・水・火・風の順に、主属性の初級魔術を撃っていく。
「広く壮大な大地よ――」
「全ての命の源、水の――」
「炎々たる――」
「風の――」
2人はきっちりと詠唱を行い、確実に的に当てていった。私は詠唱呪文を覚えるのが嫌で自力で簡易詠唱を習得したのだ。頭が痛くなるような呪文など、耳に入れるのも嫌だ――ということで当然の如く聞き流していたのだが、二人が詠唱をしていることは分かった。
クライヴは「杖なしでこの威力が出せるなんて、流石は上位クラスだな」と感心していたが、私は不満を抱いていた。いくら壊すのがいけないとはいえ、手を抜きすぎではなかろうか。2人の魔術には全く勢いを感じられなかった。特にヴェレリアには期待していたのに、がっかりだ。
その後も着々と進んでいく。エリックも普段より威力を抑えているように感じた。こっそり聞くと「あの的に吸収されるから、そんなもんだよ。俺はいつも通りやったぞ」と返ってきたため、そうなのかと納得した。
「最後は一人余るから、順番を変えてアリスとココだ。シュリは最後に一人でやれ。いいだろ?」
シュリがコクリと頷いたのを見て、クライヴがニヤリと笑った。彼は全ての適性を持つシュリの魔術をじっくり見たいだけに違いない。そんなクライヴを横目で見つつ、所定の位置に立った。
無詠唱魔術は使えないとしても、簡易詠唱くらいはいいだろう。エリックは「みんな詠唱してたから、オレも詠唱しといた」なんて言っていたが、私は彼と違って呪文を覚えていないのだ。変に詠唱して失敗するような、そんな恥ずかしいことはしたくなかった。
隣に立つココに目を遣ると、彼女の顔は真っ青だった。
「ココ、大丈夫?」
「うん……皆の魔術がすごくて……」
適性を持たない彼女は、この程度でも圧倒されたのだろう。「ココが得意なのは治癒魔術なんだから、気にしなくていいよ」という、気休めにすらならない言葉しかかけられなかったが、ココは少しだけ落ち着いたように見えた。
「では、始め。まずは、地属性」
クライヴの指示に従い、魔術を撃っていく。エリックは普段通りやったと言っていたから、私も気にしなくて良いだろう。
「サンド・ショット」
詠唱が短い分、魔術の発動は早い。周囲が僅かにざわつくのを感じた。私の魔術が的に到達したしばらく後で、ココのものが的に当たった。エリックが言っていた通り、私の魔術も普段より勢いがないように感じた。
その後もウォーター・ボール、ファイヤー・ボールと続けざまに簡易詠唱で撃っていく。ここで、ふと気が付いた。私は以前のように、ただ魔術名を唱えているだけだ、と。
「最後、風属性」
私は普段無詠唱で行っているときのように、しっかりイメージした。魔術名はおまけ程度だ。
「ウィンド・カッター!」
ヒュンッと音を立て、いつものように高速で飛んで行く。的の大きさを考えると、少し大きかったかもしれない。
僅かに反省した、その瞬間――的が、真っ二つに割れた。
「おまっ! 何てことを!」
「ご、ごめんなさいっ……」
クライヴの姿が、実技試験の試験官と重なった。……どんな人だったかは覚えてないけれど。彼の表情からは、叱りたいけど叱れない、そんな葛藤が感じられた。……気がした。
『普段通りやってみたら壊れちゃったから、シュリも気を付けて』
『そうですか』
すれ違いざまにシュリに念話したのだが、そう返した彼女は、たまに見せるあの笑顔をしていた。
シュリは普段から余り感情を表に出すことはない。…と言っても私とエリックとセシルにはそうでもないのだが。そんな彼女の"あの笑顔"とは――私たちが杖の所有者登録を忘れていたときに見せた、あの慈悲深ぁーい笑顔である。あの笑顔は数回目にしたが、その度に碌な目に遭っていないのだ。
何をやらかす気かとヒヤッとしたが、この表情のシュリは周囲の意見なんて一切聞かない。彼女はその笑みを顔に張り付けたまま、ココが立っていた場所へと歩いて行った。
「では、始め。まずは、地ぞく――」
「サンド・ショット」
シュリも、無詠唱魔術は使わない、というお父様との約束は律儀に守ってくれたようだ。だが、クライヴの言葉に被せるのは如何なものか…とか何とか考えているうちに、シュリの放った砂の塊が、的に当たり――
ガシャン、と音を立て、倒れた。
「お前ら姉妹はぁ! あー、もう!」
クライヴが自身の髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。何を言われたのかは分からないが、クライヴがシュリに頭を下げると、彼女はより一層笑みを深めた。…もう一度言おう。この表情のシュリは、周囲の意見なんて一切聞かない。
結果、彼女は予備として準備されていた残り2つの的を、全て壊した。的がなくなったことで、風属性魔術は披露できずに終わったのだった……
的を壊してしまった私たちは、その片付けをする羽目になった。とはいえ、魔術を使えば一瞬である。バラバラに壊れた的を風属性魔術で一か所に纏め、セシルのマジックボックスへと入れてもらう。それを所定の位置で取り出して、終了だ。
この学校の敷地は広い。私とシュリだけでは所定の位置まで運ぶことも、その後教室に戻ることもできない――というわけで、エリックにも付いて来てもらっている。セシルが居ればその心配はないのだが、まぁ、念の為というやつだ。
ココは別件で呼び出されているし、ウィルは少し気まずそうに私たちから目を逸らしたため、声をかけることはなかった。エリックは空気が読める男なのだ。読めないことも多々あるが…
そんなわけで、私たちはいつものメンバーで行動している。人目がないことはしっかり確認したため、無詠唱魔術でちゃっちゃと済ませた。セシルは頼られたのが嬉しかったようで、ご機嫌に鼻歌を歌っている。
「威力が強かったから壊れただけなのに、それで怒られるなんて意味わかんねーよなー。すごい魔術だ、って褒めるとこだろ。おじさんならそう言ってくれるのに」
エリックの言うおじさんとは、私のお父様のことだ。確かにガハハ、と笑って褒めてくれそうな気はする。しかし…私たちに無詠唱魔術を使うな、と言った姿を思い出すと、ここではあまり目立つようなことはしない方が良いのかもしれない。とはいえ、普段通り魔術を使っただけなのだが……
魔術学校の上位クラス――この場所に人一倍憧れを抱いていた私は、この程度で魔術道具が壊れたり、注意を受けるような環境で、果たして成長できるのか……と、少々疑問を抱いてしまった。
これならホーヴィッツで3人で切磋琢磨していたときの方が、周囲の視線も気にせず思い切りやれた。2人に負けるまいと努力もした。期待していたヴェレリアだって……
私の脳裏に、何故かナタリアの顔が浮かんだ。
……あぁ、私はいつもそうだ。勝手に周囲に期待して、勝手に失望して。前世と何も変わっていない。
周囲がどうであれ、私は私の目標に近づければいいのだ。