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37 魔術の適性

「いってきまーす!」


 私は意気揚々と職員寮を飛び出した。この言葉は、一体誰に向けたものか。勿論、マエリアである。彼女はナタリアとよく似た笑顔で私たちを見送ってくれた。誰も居ない部屋に話しかける生活は、一日で終わりを告げたのだ!


 張り切りすぎたのか、来るのが早かったようだ。教室には一番乗りだった。昨日と同じ席に座り、皆が揃うのを待った。

 しばらくすると、一人の少年が入ってきた。


「おはよう!」


 エリックが声をかけると、少年は急に話しかけられて驚いたのか、「お、おう……」と控えめな声で返した。


「オレ、エリックっていうんだ! 皆が来るまで、こっちで話さないか?」


 さすがはコミュ力の高いエリック。ぐいぐい行くなぁと感心する。少年は戸惑いつつも、こちらへ向かって来た。


「僕はウィルフレッド。皆からはウィルって呼ばれてる」

「ウィルだな! よろしく!」


 エリックは昨日と同様に手早く私とシュリを紹介した。ペコリと会釈をすると、ウィルも返してくれた。

 ウィルはウェルリオの出身だが、家は街のはずれにあるため、この近くに住む叔母の家に世話になっているそうだ。彼はとても可愛らしい顔をしていた。サラサラの栗色の髪をもう少し伸ばせば、きっと女の子にしか見えないと思う。


 ウィルも含めて話していると、教室には続々と生徒が集まってきた。ヴェレリアには、目が合うなりわざとらしくふんっと顔を逸らされたものの、昨日のように挨拶しろと言われることはなかった。ココは未だに来ていない。彼女が到着するより先に、クライヴが教壇に立った。


「よーし。出欠とるぞー」


 クライヴが名簿を見ながら一人一人の名前を読み上げる。私たちも返事をした。


「えー、ココ……ん? 居ないのか?」

「い、いましゅうぅぅぅ」


 ココはギリギリのところで教室にやって来た。息が荒く、肩を上下に大きく揺らしている。クライヴに「寝坊すんなよー」と言われ、赤かった顔が更に赤みを増した。

 彼女は寝坊したのではなく、同じハルカール出身の友人と話しながら歩いていたところ、つられてその友人の教室に行ってしまったらしい。上位クラスの教室は、中位・下位クラスとは違う棟にある。彼女はそこから走って来たそうだ。

 肩の少し上で切り揃えられた青いボブヘアーを手櫛で整えるココは、今日も可愛かった。

 全員の名を呼び終えたクライヴが、名簿をパタンと閉じた。


「今日は、お前らの能力を知るために、適性と初級魔術を見るぞー」


 その言葉に、教室中が騒めいた。

 適正検査――これは魔術学校に限らず、全ての学校で入学後まず最初に行われると聞いている。

 魔術の適性は生まれつき決まっており、年齢と共に変わることはない。得意な魔術から何となくの予想はつくのだが、ずっと知りたかった私はとても楽しみにしていた。……というのは少し前までの話で、デウス様に治癒魔術の適性がないと断言された今となっては、その楽しみも半減しているのだが。


 適性は遺伝に大きく左右される。とはいえ絶対ではない。そして、適性が少ないからと言って、気に病む必要もない。その少ない適性を伸ばせば良いのだから。寧ろ、全てを満遍なく使える汎用型よりも、特化型の方が専門術師としては重宝される。私のように欲しかった適性を持っていないと知れば、落ち込むことにはなるだろうが……


 この世界の魔術における主属性は、地・水・火・風の4つ。これらの属性の魔術は適性がなくても使えるが、あった方が能力の向上は期待できる。適性=生まれつき得意だと決まっている属性、というイメージだ。

 ちなみに、この4つの属性の初級魔術が使えるのは、魔術学校の合格の最低ラインだ、とお母様から聞かされて育ったのだが……両親が脳筋だと判明した今となっては、果たしてそれが本当なのかは疑わしい。とはいえ、実技試験ではこれらを一通り見られたため、その可能性は大いにあるだろう。



 入学試験で行われた5回の実技試験のうち、4回は主属性の魔術を使うものだった。そして最後の1回はというと――『自分の得意な魔術を全力で』というものだった。

 試験の内容は直前に知らされた。どれも満遍なく使える私の脳内では、得意=他より優れている=誰も持っていない=固有スキル、という式が瞬時に組み立てられた。


 では、どのように固有スキルを使ったのか。答えは簡単だ。私は自身に少しだけ傷をつけた。【健康体】を習得する前の私は、毎日擦り傷切り傷だらけで魔術の特訓を行っていたのだ。いつか、無詠唱魔術が使えるようになることを夢見て――。それは前世の記憶が戻る前の話で、怖い者知らずの"アリス"じゃなくなった今となっては痛い思いをするのは嫌だったのだが、それはやむを得なかった。とはいえ、他者からの視線に恐怖していた私は考えた。――ちょっとだけ控えめにしとこう、と。

 私は小さなウインドカッターで人差し指に軽い切り傷をつくり、自動治癒が作動するのをただ見ていた。派手さなど一切ない地味な魔術だったが、端から見たら無詠唱で治癒魔術を作動させたように見えたことだろう。それ以前に、ウィンドカッターを無詠唱で出した時点で皆驚いていたのだが……



 ……話を戻そう。

 4つの主属性に加え、副属性という光と闇の属性がある。この2つの魔術は適正を持つ者が少ない上、適性がなければ使うことができない。光属性魔術には、治癒魔術や付与魔術といったサポート系の魔術が多く、闇属性魔術には、召喚術や調教術(テイム)といった他者を使役する魔術が多い。

 私は治癒魔術の適性がない。それは即ち、光属性自体の適性がないということだ。


 ――はっ! 私、光属性の適性がないのに治癒魔術を使ったことになってない!?


 私がデウス様に治癒魔術の適性がないと告げられたのは、入学試験のだいぶ後だ。私はサーッと血の気が引くのを感じた。

 クライヴの手には名簿がある。もしかしたら、その中には実技試験の結果も記されているのかもしれない。


 やばい。非常に、やばい。


『ちょっと、シュリ! 私、やばいかもしれない!!』

『はぁ、どうしましたか』


 私はシュリに念話で伝えた。彼女ならどうにかしてくれるんじゃないかと期待して。しかし彼女は『大丈夫なんじゃないですか?』と言うなり反応してくれなくなった。……ひどい。


 クライヴに引率され、屋内練習場へとやってきた。ここは体育館といった感じだが、バスケットボールのゴールも、床に引かれたラインも、お馴染みのステージも何もなかった。体育の授業を見学する際、邪魔になるからステージに居るように、と言われていた私にとって、あのステージは体育館の中で一番馴染み深い場所だったと言っても過言ではない。

 何もないだだっ広い空間に、台車に乗せられた適性判別装置が運び込まれる。装置といってもただの黒い箱にしか見えないのだが、これに直接魔力を流すと適性が表示されるらしい。

 クライヴに名を呼ばれた順に、その装置に手をかざしていく。


「まずは、アーニャ」


 最初に呼ばれたのは、ヴェレリアの取り巻きトリオの一人だった。彼女が装置に手をかざすと、手前の面に丸い光が3つ浮かび上がった。その色は茶・青・赤。即ち、地・水・火の3つの適性を持っているということだ。

 適性の数は、大多数が0、魔術がある程度使える者でも1つしか持たない事が多く、魔術師を目指すならば2つは持っていた方が良いとされている。適性は少なくても問題ないとはいえ、多い方が一目置かれるのは紛れもない事実だ。3つの適性をもつ彼女は、さすがは上位クラスの合格者だ。


「次、ヴェレリア」


 彼女が名を呼ばれた瞬間、私は装置に注目した。ウェルリオでも屈指の実力を持つ彼女の属性には、大いに興味があったのだ。わざわざ視力を強化して、食い入るように見つめた。アーニャの結果が見えたのだから、その必要はないのだが……

 丸い光は4つ浮かび上がった。主属性である水・火・風に加え、紫色の丸い光――彼女は、闇の適性を持っていた。「おぉ……」という感嘆の声が上がる中、彼女は得意気に髪をかきあげて「このくらい普通よ」と言った。

 その後も適性検査は続いていく。皆、主属性の中から2~3つを持つ者ばかりだった。ウィルもその中の一人で、彼の適性は地と風だった。


「次、エリック」


 エリックが装置へと歩いて行く。私は何故か自分のことのように緊張していた。彼が手をかざすと、丸い光が3つ浮かび上がった。その色は、青・緑・紫。主属性の水と風、そして副属性の闇の適正を持っていた。ヴェレリア以来の副属性に、周囲が僅かに騒めいた。

 エリックも主属性の魔術は一通り使えるのだが、今後は適正のある属性を重点的に練習した方が良さそうだ。彼は闇の適性を持っていることに驚きつつも、嬉しそうにこちらを見て笑った。


 ……闇の適性といえば、召喚術師であるエルフリーデ……ん? エルフリーデ……?


 私はハッとして、自身の左上に目を遣った。今日のセシルは胸ポケットには入っておらず、空中を浮遊している。セシルに可愛いおちびさん、と言ったエルフリーデと、常日頃からセシルが見えているエリック。二人の共通点は闇の適性を持つということ――

 とすれば、ヴェレリアにも見えている可能性がある。私の背を冷たい汗が一筋伝った。しかし、昨日はセシルについて何か聞いてくる事はなかった。彼女の性格からして「それ何なのよ!」と聞いて来るであろうことは、想像に難くない。今のところ、エリックとエルフリーデ以外にセシルの姿が見える者はいないのだ。きっと大丈夫だと自分に言い聞かせ、大きく息を吐いた。


「次、アリス」


 未だ跳ね上がる心臓を抑えつつ、装置の隣に立つ。手をかざして魔力を流すと、浮かび上がったのは――


「ぅえっ!?」


 周囲が歓声を上げる。丸い光は、5つ浮かび上がっていた。だが、私が驚いているのはその数ではなかった。


「な、なんで、光属性の適性が……?」


 そこには、地・水・火・風の主属性に加え、光属性を示す黄色の光が浮かび上がっていた。

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