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36 専属のメイド

 この雰囲気の中で話し続ける勇気は、さすがに持ち合わせていなかった。職員寮はここから近い。私たちはそこで話の続きをすることにした。

 まさか入学初日から友人を家に招くことになるなんて、思ってもいなかった。職員寮へと向かう私の足取りは軽い。


 道中、私とシュリが双子だと知ったココは、私たちを見比べて「全然似てないね」と言った。初めての言葉に心臓が大きく波打ったが、どうにか「よく言われるんだー」と言葉を捻りだした。もしかしたら顔が引きつっていたかもしれない。

 シュリによると『元々クレール家と関わりがあった者の記憶を少々いじっているだけですから、これからはそう言われることも増えるかもしれません』との事。どうやら鋼の心臓を手に入れる必要がありそうだ……


「エレナ様がお母さんだから、特別に職員寮に住むことになったんだよ。きっとそうだよ!」


 ココが一人で納得したように頷いていたが、まぁいいかと訂正はしなかった。学生寮の部屋が足りないという説明はしたのだから、別に問題はないだろう。

 部屋に着くと、彼女は「わたしのお部屋と全然違う……!」と感動していた。ソファに座るのも躊躇っていたが、私が促すとちょこんと座ってくれた。その可愛さに内心悶絶した。

 シュリがココの隣に座り、私は向かいに座った。エリックは紅茶を淹れてくれている。彼のあまりにも自然な動作に、すっかり家事が板についてきたなと感心した。


「お母様って、そんなに有名なの?」

「うん、とっても!」


 ココは「自分のお母さんの事なのに、何で知らないの?」と首を傾げつつも、色々と教えてくれた。幼い頃から家を空けることの多かったお母様の話は、私にとって興味深いものだった。


 難しいことは聞き流してしまったが、私のお母様――治癒術師エレナは、魔術師団派遣部の部長であるらしい。式典に参列していたのもそのためだ。まさか、この世界で『部長』というワードを耳にすることになろうとは。

 この派遣部は、治癒術師を中心に構成されているそうだ。領主や魔術師団、騎士団や兵団など各所からの要請を受けて様々な地に赴き、貴族、平民問わず多くの命を救う、謂わば白衣の天使集団といったところだろう。誰にも治せなかった病を治したとか、死にかけていた人を生き返らせたとか、怪我人が回復したことで戦況が有利になったとか、その功績は数えきれないそうだ。

 ハルカールは魔物の出現が多く、派遣部の世話になることもあるらしい。ホーヴィッツまでこの話が届いていないのは、あの街が平和であるが故のことなのだろう。


「わたしね、エレナ様に助けてもらったんだ」


 ココは手を組み、目には薄らと涙を浮かべた。


 彼女は幼い頃、謎の病に侵されて自由に動くことも儘ならなくなっていたそうだ。優秀な治癒術師に診てもらうには高額な治療費がかかる。そして、ただの平民には派遣部を要請する権力はない。彼女の両親は、どうすることもできなかった。

 そんな中、彼女に奇跡が起こった。両親の反対を振り切って家から飛び出した彼女は、案の定、道端で倒れてしまった。朦朧とする意識の中で分かったのは、「もう大丈夫よ」という女性の声と、白いローブ。そして同じく白いローブを纏った者が呼んでいた"エレナ"という名だけ――。


 まるでドラマのようなその話に、私は胸がいっぱいになった。私もお母様のように、人の役に立つ魔術師になろうと密かに心に誓った。

 ココはそれがきっかけで治癒術士に憧れを抱いたそうだ。幸い彼女には治癒魔術の適性があるようで、軽傷であれば治すことができるらしい。


「二人はエレナ様の娘だから、治癒魔術は得意なんでしょ?」

「シュリはそうだけど、私は何故だか自分の怪我しか治せなくって。お父様に似たのかなー、なんて…」


 適性は遺伝することが多いことから、ココはそう言ったのだろう。固有スキルの事は話せないため、適当に誤魔化すことにした。


「お父さんはどんな人なの?」

「お父様はねー、この――」

「アリスたちの父ちゃんは、騎士なんだ」


 隣に座るエリックからは言葉を遮られ、胸ポケットのセシルからは「それは言っちゃ駄目だよ!」と言われた。彼女はいつまでそこに入っているつもりなのだろうか。


 ……あ。そうだった。


 中央を出発したあの日、私はお母様に、ガヴェインの知り合いかと聞かれたことを話した。男の記憶は消したが、その直後にシュリが攫われたのだ。その二つが関係しているとは限らない。だが、念のため父親がガヴェインという近衛騎士である、ということは極力隠すようにと言われていた。

 シュリを攫った犯人は、結局見つからなかった。誘拐なんてよくある話で、現行犯以外で捕らえるのは難しいのだろう。


 ココは騎士についての知識は乏しいようで、「すごいね!」と褒めてくれた後は何も聞いてこなかった。

 彼女は自身の事も話してくれた。父親はハルカールの兵士で、母親は食事処で働いているらしい。両親共に魔術は得意ではなく、彼女は近所のお婆さんに教わったそうだ。


「わたし、治癒魔術が少し使える程度だから、なんで上位クラスに入れたのかも分からなくて……これから大丈夫なのかなぁ……」


 目を伏せるココを、私は見過ごせなかった。


「ココ! 私たちと練習しよう!」


 私たちには、エリックを鍛えた実績がある。彼は元々魔術が使えていたとはいえ、短期間でここまで伸びたのはきっと私たちの指導があってこそだ。……その指導はシュリに丸投げしていたのだが。

 卒業までは三年もある。きっと彼女も上位クラスに相応しい実力を身に着けることができるはずだ。根拠はないが、私には自信しかなかった。

 シュリが「やれやれ」とため息を吐いたのか聞こえたが、そんなことは気にしない。私はココの友達なのだから!





 ココを学生寮に送り届け、私たちは再び職員寮へと戻ってきた。しばらく胸ポケットに入っていたセシルも、ようやくそこから出てきている。

 談笑しつつのんびりしていると、来客を知らせるチャイムが響いた。はーい、と駆けつけ、扉を開く。


「ナタリ……ア?」


 メイド服はいつもと少し違うものの、そこには見慣れた――否、何かが違う。

 そこには、ナタリアによく似た女性が立っていた。


「学園長の命を受け、参りました」

「……はぁ」


 彼女は私の目線まで屈み、にこりと微笑んだ。


「アリス様。いつも姉がお世話になっております」

「何で名前……あ、姉ぇ?」

「ナタリアは、私の姉です」

「ええぇぇぇぇ!?」


 彼女の名はマエリア。学園長がつけてくれた、専属のメイドだ。彼女はナタリアの二歳下で、この街に住んでいるそうだ。

 ナタリアに妹がいることを知らなかった私は、本当に驚いた。彼女はたまにナタリアに会うためだけに、単身でホーヴィッツまで向かうこともあるそうだ。私たちが入学試験を受けた次の日も、彼女はナタリアに会いに来たらしい。


 なんというか……シスコン、ってやつ?


「なんだか、ホーヴィッツに帰ってきたみてーだな!」


 マエリアが淹れてくれた紅茶を飲み、エリックが呑気な声を上げた。そう言われると、何故だかそんな気がしてくるから不思議だ。マエリアも週末以外はこの家で暮らすことになっている。見知った人の親族ということで、私たちが警戒心を抱くことはなかった。


 彼女が作ってくれた食事は、ナタリアのものと遜色なかった。……と言うより、すごく似ていた。私が慣れ親しんでいたのは彼女の家庭の味だったのかと、そこで初めて気が付いた。

 食べ慣れた味により身も心もほぐれ、思わず彼女をナタリアと呼んでしまいそうに――否、呼んだ。それも、何度も。私だけでなく、エリックも何度も間違えていた。マエリアはその度「構いませんよ」と笑ってくれた。


 その日の夜、湯浴みを終えて自室に入るとセシルが居た。彼女は日替わりで私たち三人の部屋を回るそうだ。体力が有り余っているのか、彼女は私の部屋をぐるぐると飛び回っていた。

 彼女の足には、先日私があげたブーツが履かれている。お父様からブーツが届いた日、今まで履いていたものを約束通りセシルに渡したのだ。彼女は満面の笑みで「これであたしもお揃いだよ!」と喜んでいた。大きさは魔術で変えている。本当に便利な魔術だな、と感心した。

 彼女はブーツをコトンと鳴らし、テーブルの上に降り立った。


「アリスぅ! あのヴェレリアって子、面白そうだねー!」


 セシルがケラケラと笑った。曰く、あの威張っている感じがドワーフに似ているそうだ。何が面白そうなのかは分からないが、私はヴェレリアの実力に興味を持っていた。

 上位クラスといえば、優秀な魔術師の卵が集う場所だ。その大半を占めるのがウェルリオ出身者で、その中で一番と聞けば、気にならないはずがない。


「きっと、すごい魔術が使えるんだろうね」


 そんな事を話しつつ、同じベッドで眠りについた。

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