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35 初めての友達

「アリスぅ、ウェルリオの子が多いね!」


 私の胸ポケットに入ったセシルの言葉で我に返り、その後はしっかりと耳を傾けた。とはいえ大半は聞き流したが、彼女の言う通り、後半はウェルリオ出身者ばかりだった。違ったのは、私の後ろに座っている女の子くらいか。

 魔術学校があるということで、この街では幼い頃から魔術教育に力を入れている、とナタリアから聞いたことがある。おそらく、その教育の賜物なのだろう。


 全員の顔も名前も覚えられなかったが、一人だけ強烈に印象に残った者がいる。名はヴェレリア。彼女はウェルリオの魔術塾で常時トップの成績を収めていたらしく、その自信に満ち溢れた態度は温厚なエリックをして眉をしかめる程のものだった。


「ここでもアタシが一番だと思うけど、よろしく」


 彼女は暗めの赤髪をかきあげて妖艶に微笑んだ。10歳前後の子供とは思えぬその色気と、少し釣り上がったアーモンド形の瞳、そしてきつめのウェーブヘアー…その風貌も含め、彼女は私の脳内に一瞬で刻み込まれた。


 全員の自己紹介が終わると、クライヴは「今日はこれで終わりだ。残ってもいいし、帰ってもいいぞ」と言って教室から出て行った。

 改めて教室を見渡す。どうやら既にグループが出来上がっているようだ。少し離れた左前の席に座るヴェレリアの一派は、おそらく同じ魔術塾に通っていたのだろう。そこには一見して分かる程の上下関係が築かれていた。私は得も言われぬ嫌悪感を抱くと同時に、そういうのは地球でもこの世界でも何も変わらないのかと、落胆に似た感情を抱いた。


 ふぅ、と一つ溜息を吐くと、背中にツンツンと刺激を感じた。くるりと振り返ると、緊張した面持ちの少女が私を見ていた。


「なに?」

「あの、私……」


 青い髪をしたその少女は、私が聞いていた中で唯一ウェルリオ以外の出身だった子だ。名は、確か――


「トトちゃん、だっけ?」

「ココです……」


 話をぶった切ってしまったのが悪かったのだろうか。彼女は俯き、黙り込んでしまった。どうすればいいのか困っていると、エリックが私たちの間に割り込んだ。


「オレ、エリック! よろしくな!」


 エリックはニカッと笑うと、「こっちがシュリで、こっちがアリスな」と手早く紹介してくれた。彼のコミュ力の高さに感心していると、続いてシュリが「どうも」と軽く会釈した。私も続いて頭を下げた。ココは戸惑いつつも、笑顔を浮かべた。


「あの、わたしと……お友達に……」


 そこまで言って、ココは唇をきゅっと結んだ。その姿が、何故だか前世の自分と重なった。

 前世では、たまにしか登校しない私と仲良くしてくれる子なんて居なかった。そして、自ら話しかけに行く勇気も持ち合わせていなかった。その結果、諦めたのだ。友人というものを。


 だけど、今は――


「うん!友達になろう!!!」


 私は彼女の手を取り、ぶんぶんと上下に振った。エリックは「おい、初対面でそういうことするなよ」と少し焦っていたが、ココはそんな私を笑顔で受け入れてくれた。

 こうして私は、玲でもありアリスでもある"私"として、初めての友人ができたのだった。


 自己紹介を聞き流していたため、改めてココに話を聞いた。彼女はウェルリオの隣町、ハルカールの出身であるらしい。

 学生寮には同じクラスの者が一人も居らず、もしかしたら地方出身者は自分だけかと心細く感じていたそうだ。彼女のほわほわした雰囲気はアンナを彷彿とさせ、私は好感を抱いた。


「皆はどこに住んでいるの?」

「私たちは職員寮に住んでるんだよ」


 私の言葉に、ココは目を丸くした。


「えっ! 家族がここで働いてるの?」

「ううん。学生寮の部屋が足りないとかで、移動させられたんだ」

「……そんなことがあるんだね」


 彼女はポカンとしていたが、今度遊びに来てね、と言うと満面の笑みで頷いた。


 ……か、かわええぇぇぇぇ!


 私は早くも心を奪われていた。年齢の割に大人びているアンナ、意外としっかり者のエリック、実は年増なシュリとセシル。そんな中、突如現れた年相応な雰囲気の少女、ココ。そんな彼女が可愛くないはずがなかった。私は彼女のお姉さん的存在になろうと心に誓った。だって私、21歳だし。

 更には放課後に教室でおしゃべりという、まるでリア充のような状況に、私のテンションは高ぶっていた。


「ちょっと、あんたたち」


 私たちの会話を遮るように、一人の声が聞こえた。視線を向けると、そこには気の強そうな少女――ヴェレリアが腕を組み、私たちを見下ろしていた。その後ろには、取り巻きトリオが同じように腕を組んで立っている。


「……何か用ですか」


 シュリは顔を向けることすらせず、ぶっきらぼうに言った。


「何でアタシのとこに挨拶に来ないワケ!? 偉そうにしてんじゃないわよ、この田舎者!」


 後ろの取り巻きが「そーよ、そーよ」と続ける。私はその光景に――思わず、吹き出してしまった。

 絵に描いたようなガキ大将、もしくは悪役令嬢?そんなのが実在するんだと、私はおかしくて仕方がなかった。愛想のないシュリと、笑いをこらえきれず身体を震わせる私。そんな私たちの態度が気に食わなかったのだろう。ヴェレリアは大きな爆弾を投下した。


「……アタシを敵に回す気?」


 その言葉に、私は限界を迎えた。


「なにその漫画みたいなセリフー!」


 ひゃっひゃ、と変な笑い声が漏れる。エリックが「やめとけって」と制止するのも無視して、私は笑い続けた。

 ようやく落ち着いた頃、視線の先にある拳がプルプルと震えているのに気が付いた。それは顔を真っ赤にしたヴェレリアのものだった。その背後には、オロオロとする取り巻きトリオ。まだ居たんだ、と思うと同時に、急速に冷えた頭で思った。


 ……もしかして私、やらかした?


「ちょっと!外に出なさいよ!」


 その言葉で、瞬時にヤバイと察した。初日から問題を起こすなんて、これでは問題児コースまっしぐらではないか。私はこの学園で一番になるのだ。一番…それは即ち優等生。巻き込まれるわけにはいかなかった。


「ごめん……ね?」


 おそるおそる謝ってみる。すると、ヴェレリアはふんっと鼻を鳴らし「分かればいいのよ」と捨て台詞を吐いて立ち去って行った。


「……悪役みたいな子だね」

「アリス、それはさすがに失礼だろ」


 ココがクスクスと笑った。


「ヴェレリアちゃんにあんなこと言えるなんて、アリスちゃんってすごいね」

「コイツはアホなだけだ」


 エリックに小突かれた額が地味に痛かった。

 ココはヴェレリアの事を教えてくれた。どうやら彼女は、ハルカールにもその名が轟くほど有名な子らしい。なんでも、四年に一度ウェルリオとハルカールの共同で催される『こども魔術大会』で優勝経験があるそうだ。その可愛らしい名称に吹き出しそうになったが、どうにか耐えた。


「お父さんとお母さんは魔術師団ウェルリオ支部にいるんだって」

「へぇー」

「えっ……? それだけ? 魔術師団だよ?」


 ココが僅かに眉を寄せ、首を傾げた。


「だって、私のお母様とエリックのお姉ちゃんも、魔術師団員だもん」

「えっ! そうだったの!?」

「うん。今日の式典にも来てたんだから」


 私はセシル同様にぺたんこの胸を張った。ヴェレリアの両親が誰なのかは知らないが、私のお母様だってすごいのだ。


「すっごぉぉぉい!」


 そう言ったココの瞳はキラキラと輝いていた。先程までのおどおどしていた姿からは想像できないほど生き生きした笑顔に驚いたものの、私も自然と頬が緩んだ――直後、ココの両手が私の肩を掴んだ。


「お母さんの、お名前は!?」

「ぅえ!? エレナ…」


 彼女は小さく「エレナ」と復唱すると、目を見開いて両手で自身の口を覆った。


「きゃあぁぁぁぁぁ!!」

「ちょっと、ココ、どうしたの!?」

「だって、だって! エレナ様って、あのエレナ様!?」


 ――いや、どのエレナ様よ!?


 お母様はどこの支部にも属していない。領主様の要請により様々な地に向かう、謂わば派遣のような立場なのだ。職業柄、前線で目立った活躍をするわけでもない。そのため、ココの言うエレナ様がお母様のことなのかは疑わしかったのだが――その疑問は、ココの一言により解消された。


「私、治癒術師を目指しているの! アリスちゃんが、あのエレナ様の娘さんだったなんて!」


 その言葉に私が喜ぶより先に、教室中が騒めいた。先程ココが叫んだことで注目を集めていたようだ。あちこちから「おい、聞いたか?」とか「エレナ様だって」なんて話す声が聞こえてきた。注目されていることに戸惑った私は、ただあたふたする事しかできなかった。

 その騒めきも、バンッ、という音により静寂に変わった。見ると、ヴェレリアが机に両手をついて立ち上がっている。彼女は取り巻きに「行くわよ」と告げると教室から去って行った。

 一瞬の沈黙の後、クラスの皆がわらわらと私たちの元へ集まり始めた。


「お前の母ちゃん、エレナ様なのか!?」

「エレナ様のお話聞かせて!」

「娘さんが居るなんて知らなかった!」


 怒涛の質問の嵐に、私はもういっぱいいっぱいだった。意図せず注目を集めてしまうことは増えたものの、決して慣れたわけではない。ましてや話しかけられるなんて、そんな……


「静かにしてください」


 シュリの一言で、再び教室に静寂が訪れた。「何、あの子」とか「こえー」とか言う声が聞こえてシュリには申し訳なく感じたが、一人、また一人と立ち去って行くのを見て、私は内心ホッとしていた。

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