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33 所有者登録

 リュシュシエル様にこっぴどく叱られ、私とシュリは人目も憚らず泣いた。……シュリの部屋であるため、そもそも人目などないのだが。

 どうやらリュシュシエル様は、私たちの様子を天界からずっと覗いていたようだ。本人曰く、"たまに"程度であるらしいのだが、私たちの行動を私たち以上に覚えているあたり、その発言は疑わしかった。


 彼女は私たちが杖を手に入れたことで大変満足したようで、忙しそうにしているし、報告については少しくらい遅れても見逃してやろう、と思っていたらしい。旅の間は勿論のこと、ホーヴィッツに戻ってきてからも魔術の練習に明け暮れる姿を見て、色々とやるべきことがあるのだろう、と目を瞑ってくれていたそうだ。

 だが、今日の彼女は不機嫌だった。自分で「今日は朝から機嫌が悪いのよ! それなのにあんたたちときたら!」と言っていたので間違いない。報告すらせず暇そうにしている私たちの姿が癇に障ったのだろう……。リュシュシエル様の怒りは、急速に沸点へと達したようだ。


 私たちが忘れていたのには、それなりに理由があった。式典には制服とマントを着用し、杖を持って参列することが義務付けられている。そのため、失くさないように当日までお母様が預かることになったのだ。何せ、お母様にとって私たちは9歳の子供である。不安になるのも致し方ない。決して、私の普段の行いを鑑みたわけではないのだ。……決して!

 …というわけで、それ以降杖を目にする機会もなく、それ故に思い出すこともなかった。そもそも預ける前から忘れていたのだが、それは怒り狂うリュシュシエル様には秘密である。たまに(ずっと)見ていた彼女には全てお見通しだと思うが……


『今すぐ持ってきなさい』

『そう言われましても……』


 リュシュシエル様は我慢の限界のようだが、お母様は家に居ない。部屋には鍵がかかっているし、そうでなくても不在の間に入るようなことはしたくない。ナタリアは買い物に出かけたばかりだ。私たちには成す術がなかった。


『持ってきたら、呼びなさい』


 彼女はそう言うと、念話をガシャンと切った。勿論そんな音はしないのだが、そう聞こえそうな勢いだった。

 シュリと二人でどうしたものかと頭を抱えていると、この場にそぐわぬお気楽な声が耳に入った。


「たっだいまー!」


 自身の食料調達のため、森へ行っていたセシルが帰ってきた。

 初めは私たちも一緒に行っていたのだが、最近は彼女一人でふらっと行ってくることが増えていた。たまにエリックと森の植物なんかを【鑑定】して楽しむこともあるそうだ。それのどこが楽しいのか、私にはさっぱり理解できない。


「あれー! 二人とも、どうかしたのー!?」


 目を赤く腫らした私たちの姿に、セシルが目を丸くした。彼女はそんな私たちを慰めようとしたのか、取ってきたばかりのローベルをアイテムボックスから取り出し、手のひらに置いてくれた。

 私はそのローベルをじっと見ていた。以前は運びやすいようにと小さくしたが、小さくするのも元の大きさに戻すのも魔力を使うため、今はそのままの大きさで収納しているようだ。


 小さくする魔術と、アイテムボックス……


「セシル! あなた、小さくなることできるよね!?」


 つい先日、私はタンスと壁の隙間に髪留めを落としてしまった。どうにかして取ろうとする私を見て、彼女は自身を小さくして取ってきてくれたのだ。ナタリアのおかげで綺麗に掃除されているとはいえ、少しホコリが溜まっていたようで「もうこんなとこ入らない!」と怒らせてしまったのだが…

 彼女はあの時のことを思い出したのだろう。僅かに顔を引き攣らせた。


「できる……けどぉ?」

「セシルに取ってきて欲しいものがあるの! お願い!」

「いやぁぁぁ!」


 逃げようとするセシルに今回は違うと懸命に説得すると、どうにか了承してくれた。どうやらあの出来事は、彼女に多大なトラウマを与えたようである……


 私がお母様の部屋へ入るのは気がひけるが、セシルであればまぁ良いだろう。彼女は妖精だし。……という、よく分からない理由により、杖奪還作戦が始まった。別に、奪われたわけではないのだが…

 セシルはステッキを取り出して「えいっ!」と自身に緑色の粒子を振り撒くと、彼女の体はみるみる小さくなっていった。ありんこ程の大きさの彼女が、いつも以上に高い声を響かせる。


「いってきまーす!」


 セシルはそう言うと、鍵穴を何事もなく抜けて行った。

 お母様が杖をどこに仕舞っているのかは知らないが、【鑑定】を使えば何となく分かるそうだ。セシル、マジ有能。

 暫く扉の前で待っていると、鍵穴からセシルが戻ってきた。彼女はポンッと音をたてて元の大きさに戻った。


「えっとねー、似たような杖が二本あったから、どっちも持ってきた!」


 そう言うと、アイテムボックスから杖を二本取り出した。どちらも装飾が施された綺麗な杖だった。セシルは一目見ただけであったため、"すごそうな杖"という記憶を頼りに持ってきたのだろう。何度も目にしていた私とシュリは、どちらがリュシュシエル様の杖なのか瞬時に判別した。

 もう一本の杖のことは気になったが、今の様子もきっと見られているに違いない。余計な時間をかければ、更に機嫌を損ねることになるのは目に見えている。


「セシル、この杖は元の場所に戻してきて」

「わかった!」


 後のことはセシルに任せ、私たちは急いでシュリの部屋へ戻った。


『リュシュリエル様。持ってまいりました』

『遅かったわね』


 声のトーンから、後少し遅くなっていたら怒りが爆発していただろうと察した。……大天使様、コワイ。前の所有者がどのような理由で手放したのか、私には知る由もないが、もしかしたら……と頭をよぎった。


『杖の先端の魔石に手をかざして』

『はい』


 私は言われるがままに、杖の上部に輝く金色の球体に右手をかざした。魔石と言われて初めて気付いたのだが、それは先日シュリが貸してくれた魔石と同じ色をしていた。借りたものは手のひらに収まる程度であったが、目の前にあるものは私の手よりも大きい。こんなに大きな魔石がついているにも関わらず、シュリの装飾のない杖と重さがほぼ変わらないのだから不思議だ。それでも子供の身体をした私にとっては、重い事に変わりないのだが。


『大天使リュシュシエルの名の下に、汝に加護を授ける』


 その声に呼応するように、魔石が発光した。直後、かざした手から魔力が奪われたのを感じた。


『……もういいわよ』


 その声と同時に、魔石の光が消えた。私はただ魔力が減っただけで、他には何の変化もないように思えた。


『これでシュリエルと同期しなくても、杖に魔力を流して念じれば直接私と念話ができるようになるわ』

『わかりました』

『ま、分からないことはシュリエルにでも聞きなさい』


 リュシュシエル様の声はそこで途切れた。あまりにも簡単に終わって拍子抜けしたが、無事に終わったことに私たちは安堵の溜息を吐いた。こんなに簡単に終わるのであれば、あの時済ませておけば良かったと思うのだが――終わったことをとやかく言っても仕方ない。


「アリスぅ! 戻してきたよ!」


 丁度良いタイミングでセシルが廊下から声をかけた。扉を開けると、セシルが中へ入ってきた。彼女が手伝ってくれたことに心底感謝した。

 無事に終わったことで、私の意識は先程の綺麗な杖へと移っていた。


「さっきの杖、お母様のだよね……?」

「おそらく、そうでしょうね」


 私はお母様が杖を使う姿を見たことがない。そして、持っている杖を見せてもらったこともなかった。あの杖は、もしかして誰かの加護を――?


「ねぇ、さっきの杖って――」


 シュリの眉が僅かに動いた。


「あまり詮索しない方がいいですよ」

「どういうこと?」

「知らない方が良い事もあるのです」

「でもそれは――」


 デウス様から与えられた条件に反する、と言いかけたが、シュリの表情を見て口を噤んだ。その顔には、嫌悪感のようなものが浮かんでいた。


 ……ここまで巻き込んでおいて、知らない方が良い事もある、か。


 その言葉が歯がゆく感じたが、私は何も言えなかった。

 所有者登録に魔力を使ったからだろうか。私はその後疲れを感じ、自室で眠りについた。目を覚ましたときには、外はもう真っ暗になっていた。





 翌日、待ちわびていた制服が届いた。早速着てみると、試着したものよりもぴったりだった。体に合ったものを着用しないと怪我や事故につながる事もあるようで、体型に合わなくなったらその都度採寸して支給されるそうだ。

 マントに関してはこの限りではなく、少々長いように感じた。


 その翌日には靴が届いた。今まで履いていたものよりも軽く、大きさもぴったりだった。私が依頼した刺繍も入っている。私は大満足だった。

 ふくらはぎまである私のものとは違い、シュリのブーツは足首までの短めのものだった。天界では裸足で過ごしていたため、この方が彼女にとっては動きやすいそうだ。


 制服と靴が揃ったことで、私たちはいよいよ入学式を待つのみとなった。

閑話を一話挟んで、学園編に入ります。

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