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29 中央の商業区 1

 部屋の外が騒がしくて目が覚めた。眠い目をこすり、居間へと向かう。聞こえてくる声には聞き覚えがあったが、ぼうっとする頭では誰のものかは分からなかった。


「まぁまぁ、いいじゃないか。おっ、起きたか」

「おとう……さま?」


 見間違いかと目をこすったが、目の前の景色に変化はなかった。ソファに座る男性は、私を見てにっこりと微笑んでいる。別れ際に「近いうちにまた会おうな」と言われていたものの、まさかこんなに早く会えるとは思わず、嬉しさよりも驚きが勝った。


「……ええと、何でここに?」

「お前たちが来てるって聞いて、急遽休みを貰ったんだ」


 お父様がガハハ、と豪快に笑った。近衛騎士とはそれほど簡単に休みが取れるものだろうか。窓の外はまだ薄暗い。こんな早朝から来なくてもと少し呆れたが、その笑顔を見たら何も言えなくなった。

 私たちの声が聞こえたのか、シュリとエリックもそれぞれ部屋から出てきた。セシルはエリックの部屋に居たようで、彼の肩に座り眠そうに眼をこすっている。


「今日は俺がお前たちを案内するぞ。早く準備してこい!」

「ふぁーい……」


 状況を理解できていないのか、二人の反応は薄い。部屋で着替え終えた頃、ようやくエリックの弾んだ声が聞こえてきた。

 身支度を整え、一階の食堂へ向かう。お父様は朝食も摂らずにここへやってきたようで、私たちと並んで食事をした。 

 お父様がどうしてもと言い張ったため、今日はお母様とミレイユとは別行動することになった。それならと、二人は魔術師団本部へ向かうことにしたようだ。


「ねぇ、何でお母様とミレイユが一緒じゃ駄目なの?」

「あいつが居ると騒げないだろ?」


 こっそり耳打ちすると、お父様がニヤリと笑った。制止する側の保護者であるはずだが、本人にその意識は薄いようだ。「今日は俺も観光客気分だ」と笑う姿はまるで子供のようだった。


「どこか行きたい所はあるか?」

「うーん……」

「オレはおじさんに任せる!」

「そうか、任せとけ!」


 お父様はエリックの言葉に気を良くしたのか、彼の頭をわしゃわしゃと撫でた。どんな所があるかも分からないため、私もお父様に任せることにした。


「それじゃあ、商業区を見て回るか」


 中央は広く人口も多い。そのため、街は領主の館を中心に平民の居住区・貴族の居住区・商業区・工業区の四つに分かれているらしい。

 商業区には商店はもちろん、宿や娯楽施設なんかもあるようだ。魔術師団本部、騎士団本部、そして今居るこの宿も商業区内にあるらしい。


「皆、おじさんの言うことを聞くんだよ?」

「あなた、この子たちから目を離さないでくださいね」

「おう! 夕方には戻るからな!」


 お母様とミレイユに見送られ、私たちは宿を後にした。昨日は気分が落ち込んで周りを見る余裕もなかったが、改めて見ると賑やかな街並みに心が躍った。行き交う人の数も多く、街が活気に溢れている。

 お父様は完全オフモードのようで、ホーヴィッツに帰省したときと同様、鎧は勿論マントも着用していない。「この街をマントをつけずに歩くのは久しぶりだ」と言うお父様の足取りは軽やかだった。「普段はこんな厳格な顔をしてるんだぞ」なんて言って一瞬キリッとしてみせた顔が面白くて、私たちは声を上げて笑った。昨日の憂鬱な気分がまるで嘘のように感じた。


 お父様に連れられ、街をぶらぶらと歩く。カラフルな街並みは歩いているだけでも楽しかった。中央は流行の発信地でもあるため、衣服や装飾品の類を取り扱う商店が多いようだ。

 魔術学校に入れば殆どの日を制服で過ごす事になるため、特に必要性は感じなかった。前世からファッションに興味が薄かったというのもある。

 シュリとセシルは揃って目を輝かせていたが、私には良さが理解できなかった。二人の目に映っていたものは、ホーヴィッツやウェルリオで着用していたら目立つこと間違いなしのド派手なドレスだったのだ。

 お父様によると、この街では平民も貴族を真似た服を着用するらしい。周囲を見渡すと、私たちのような簡素な服を纏う者は半数以下だった。シュリはともかく、セシルは大きさが合うわけもない。残念だね、と言うと「魔術で小さくすれば着れるもん!」と言っていた。なるほど、と頷いた後、私は足を止めた。


「あれは――」


 その輝きに目が釘付けになる。店先で無造作に積み上げられた装飾品の山の中には、一つだけ金色に輝く腕輪があった。視線が吸い込まれるようなこの感覚には覚えがある。シュリを呼び寄せ、そっと耳打ちした。


「ねぇ、あの腕輪も天界に関する魔術道具かな?」

「……よく気付きましたね」


 シュリが訝し気に私を見たが、大天使様の杖も見えたのだ。別におかしなことではないだろう。何故そんな顔をするのか理解できず、私は首を傾げた。


 ――ん? 杖?


「あ! 所有者登録! しなくていいの!?」


 先程の耳打ちが意味をなさない程の大声をあげてしまった。慌てたシュリに口を塞がれる。通行人の視線を一気に浴びたのを感じた。


ほへん(ごめん)……」


 先を歩いていたお父様とエリックもこちらを振り返っている。何でもないよ、と言って慌てて追いかけた。


「今夜、済ませましょう」


 シュリが耳元で囁く。私はコクリと頷いた。





「なにこれ! おいしい!」

「はぁ、おいひいです」

「うんめー!」

「そうだろう?」


 私たちは初めての食べ物に舌鼓を打っていた。中央名物、ハイオークの串焼きである。ハイオーク、それはオークの上位種だ。ハイオークは個体数が少ない上、討伐が難しいため出回る量が少ないらしい。以前ウェルリオで食べたオークの串焼きと見た目はほぼ同じだが、味は格別だった。お値段一本300ティオル。推定三千円也。これほど高価なものが名物とは、さすがは富裕層の多い中央である。

 セシルが私の耳元で「ちょーだーい!」とうるさかったためこっそりひと切れあげた。彼女もとても満足しているようだ。やはり私は装飾品より食べ物の方が良いな、と一人で頷く。


「今日はお前たちに買ってやりたいものがあってな」

「なになに? 美味しい?」


 期待に目を輝かせていたら、「食べ物じゃないぞ」と笑われてしまった。

 ついてこい、と言うお父様の後ろに続いて歩く。賑やかな大通りから小路に入ると、雰囲気がガラリと変わった。先程までの賑やかさは一切なく、各商店の前には兵士と思しき男性が槍や剣を携えて立っている。その物々しい雰囲気にゴクリと息をのんだ。窓越しにちらりと見えた店内はキラキラと光り輝く宝石や革製品ばかりが並んでいる。店先にいるのは、さしずめ用心棒といったところか。


「着いたぞ」


 お父様が立ち止まる。そこは用心棒は立っているものの、今まで通ってきた商店に比べると地味な佇まいだった。入りやすそうな店で良かったとほっと息を吐く。


「やあ。店主は居るかい?」

「おう。入れ」


 お父様が声を掛けると、男性が扉を開けてくれた。お父様に続いて中へ入ると、そこは驚く程殺風景だった。あるのは二人掛けのソファが二つと小さなテーブルが一つだけ。先程通ってきた商店は何かしら展示されていたというのに、ここには商品と思しき物は何もなかった。一体何のお店だろうと頭を捻っていると、奥からお爺さんが顔を覗かせた。


「よっ。爺さん」

「あぁ、アンタか」

「今日はこいつらのを頼みたいんだ。受けてもらえるかい?」


 お父様がニカッと笑うと、お爺さんは「勿論さ」と頷いた。話が読めず、首を傾げる。


「この子らは、騎士志望なのかい?」

「いいや、残念ながら全員魔術師志望だよ」


 お爺さんがハハッと笑って「残念だね」と言った。お父様から「一人ずつあっちへ行きなさい」と言われ、まずはエリックが中に入った。


「お父様、ここは何のお店なの?」

「ん? まぁ、あっちに行ってからのお楽しみだな」

「ふぅん」


 セシルが「あたしが見てこよーか?」と言ったが、首を横に振った。今回は大人しく待つことにしよう。

 順番を待つ間、お父様にこの街の話を聞いた。この商業区には、なんと貴族が来ることもあるらしい。とはいえ階級が上位の貴族は商店を家に呼びつけるため、ここに現れることはないそうだ。外商顧客のようなものだろう。私は彼らを現代の貴族だと思っていたが、あながち間違いではなさそうだ。


 上位の貴族は来ないと知って少し安心したのも束の間、この店は領主様御用達であると聞き、自然と背筋が伸びた。ラピスラズリもこの店の物を支給されているらしい。

 領主様が街を視察することもあるそうで、その際には平民であるお父様はとても重宝されているようだ。お父様の口から聞く領主様は意外と気さくな方のように感じた。勿論、その実力を認められたお父様だからこそ、なのだろう。


「おじさん! ここ、すっげぇな!」


 エリックが目を輝かせて戻ってきた。お父様に「次はアリスだ」と言われ、緊張しつつ立ち上がる。


「失礼しま――わぁ……」


 中に入って驚いた。そこは今までの殺風景な部屋とは違い、所狭しと多くの物が積み上げられていた。ぱっと見て分かるものは、筒状に巻かれた沢山の皮、工具のような道具類、そして、壁一面を埋め尽くす程大量の――


「あれは、靴の……?」


 同じ形をしながらも微妙に大きさの違うそれらは、靴職人の工房に置いてあるような木型に見えた。


「お嬢ちゃん、詳しいねぇ」


 振り向くと、お爺さんが微笑んでいた。


「お嬢ちゃんはあいつの娘だろう? よく似てるよ」

「はぁ……」


 お父様に似てると言われたのは初めてで、少しむずがゆく感じた。靴を脱いでここに座りな、と言われ小さく頷く。


「お嬢ちゃんの予想通り、ここは靴の工房だよ」


 お爺さんはそう言うと私の横に適当な大きさの角材を置いた。ステッキを持って呪文を唱える。何が起きるのかと目を見開いていると、一瞬のうちに木が私の足と同じ形に変わった。


「私は造形魔術が得意でね。まぁ、こんな事にしか役立たないんだがね」

「す、すごい……!」


 私は初めて目にするその魔術に感激していた。

 前世で見ていた物語の主人公は、皆その知識を駆使して異世界に新しい風を吹き込んでいたのだ。碌に知識のない私でも、これが使えるようになれば憧れの異世界転者っぽくなれるかもしれない。


 ――これって、前世の知識を生かすチャンス!?


 私は造形魔術を覚えることを強く決意した。

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