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27 進化

 シュリは暫く目を閉じていたが、周囲のマナや彼女を纏うもやが消えると同時に、ゆっくりと目を開いた。


「どう!? 見えた!? どこに居た!?」


 部屋が静寂に包まれる。私がゴクリと息を飲む音すら周囲に聞こえた気がした。私の言葉を受けたシュリは、しっかりと私を見据えた。



「分かりません」



「何じゃそりゃああああ!」


 珍しいことに、私、エリック、そしてセシルの声が重なった。あんなに大掛かりで神々しい魔術を使ったのに、分からないとは……

 呆れて何も言えなくなった私の隣で、エリックがぽつりと呟いた。


「前にオレの前で使ったときも成功しなかったよな……」


 セシルの年齢の事といい、エリックは頭が良いにも関わらず、たまにグサッとくることを平然と言う。エリックさん、それは多分言っちゃ駄目だと思う…。ちらりとシュリを見ると、瞳には薄らと涙が浮かんでいた。…がんばれ、200歳。

 ――と、こんな事を思っている場合ではない。シュリの茶番のおかげで何だか気が抜けた。…エリックよりひどい事を思った気がするが、多分気のせいだ。

 私はぽすん、とソファに身体を沈めた。


 シュリの気配感知がどれ程の精度なのかは不明だが、それを使っても分からなかった。お母様は一体何処に行ったというのか。

 お母様が行きそうな所と言えば、魔術師団ウェルリオ支部…は、ミレイユが居なかったと言っていたし、他には――


「杖を買った、お店……?」


 私の脳裏にお婆さんの不気味な笑みが浮かぶ。その瞬間、全身に鳥肌が立った。嫌な予感が全身を支配し、鼓動が激しくなる。


「今日行ったあの店? 何でそう思うんだ?」


 エリックが首を傾げた。


「あのお店のお婆さんとは古くからの知人だって…」

「ふぅん。それなら心配する必要ないんじゃないか?もうすぐ帰ってくるだろ」

「違うの!」

「……なにが?」


 気が付くと、私は隣に座るエリックの袖を握りしめていた。眉をひそめた彼の顔が目に映る。身体が硬直して上手く言葉が出てこない。あ、とか、う、とか言葉にならない声を発していると、シュリの両手が私の手を包んだ。


「大丈夫です。私が見てきますから。アリスはここに居て下さい」

「……シュリ」


 彼女に握られた手から熱が伝わり、徐々に身体がほぐれていく気がした。


「あのお婆さんからは不穏な空気を感じました。アリスが不安に思うのは無理もありません」


 シュリはそう言うとすっくと立ち上がり、颯爽と部屋から出て行った。


「シュリ、待って! 行かないで!!」


 扉が閉まる直前、私の悲痛な声が響いた。エリックが顔をしかめる。


「一人で出歩くのは道を覚えてからって言ったでしょ! 迷子になっても知らないから!」


 言い終わると同時に、エリックとセシルからパシン、と頭を叩かれた。何故叩かれたのかも分からない上に地味に痛くて涙目になっていると、何故か二人から「空気を読め!」と言われた。慌てて「そうでした」と戻ってきたシュリも同じように叩かれていた。…私たちは事実を述べただけだというのに。


 気を取り直し、どうするか考えることにした。すると今度は「はーい!」とお気楽妖精セシルが手を挙げた。


「あたしが見てくるよ! 転移魔術使えるしさ! 店内の様子を見たらすぐに戻ってくるよ!」

「うーん……それなら飛んで行った方が確実じゃない? セシルの転移魔術が成功したところ見たことないしさ。これで別のところに転移したら探しに行けないよ?」


 セシルは「そうだった」と大袈裟に頭を抱え、「じゃあ飛んで行くね! あたしは道覚えてるしさ!」と言うと窓から飛び立っていった。元々小さい彼女の姿は、あっと言う間に見えなくなった。


「大丈夫かなぁ……」


 ポツリと呟くと、エリックが「シュリよりは大丈夫だろ」と言った。直後、シュリから頭を叩かれて「何故叩く!?」と言っていたが、私も少しスッキリした。お母様が居なくなって不安な気持ちは勿論あるが、皆が居て本当に良かった。

 宿から商店街までは近いこともあり、セシルはすぐに戻ってきた。


「外から覗いた感じだと、誰も居なかったよ! お店も真っ暗だった!」

「うーん、あの店元々薄暗いからなぁ」

「ちゃんと見てきたもん! 真っ暗だったのー!」


 実際見てきた彼女がそう言うのなら、そうなのだろう。セシルとエリックの会話に耳を傾けながらも、そこに居るものだとすっかり思い込んでいた私は頭が真っ白になった。


 私を呼ぶ三人の声が、遠くに聞こえた気がした――





 気が付くと、そこは暗闇だった。

 目を凝らすと、一人の少女が見えた。……あれは、幼い頃の私。

 少女の両隣に大人が現れる。……お父さん、お母さん……

 三人の会話が、直接脳に響く。


「れいもはしりたい! あそびたい!」

「玲は駄目よ。大人しくしてて」

「やだあ! おにーちゃん、おねーちゃんとれいもあそぶ!」

「玲。お母さんの言うことを聞きなさい」

「うわぁぁーん」


 ――これは、前世の私の記憶……? なんで今頃こんなことを……



「―――ス」


 誰かに呼ばれた気がした。


「――リス」


 声が徐々に鮮明になる。


「アリス!」


 アリス……? それ、だれ――



 大きく揺すられ目を開けると、目の前には薄いピンク色の瞳があった。


「あなた、だれ――」


 パァン、と頭を叩かれた。その瞬間、脳にかかった霧が一気に晴れた。


「ふざけてる余裕はないですよ、アリス。気が付きましたか?」

「……うん、シュリ。痛いよ」


 どうやら記憶が混濁していたようだ。一瞬、何も分からなくなっていた。頭は痛いが、今はシュリに感謝する。叩かれた頭を右手でさすった。


「えーっと、私……」

「僅かな間ですが、気絶していました。気になることがあるのでアリスだけ私の部屋へ」


 まだ頭が碌に働いていない私は、半ば引き摺られるようにシュリの部屋へと連行された。エリックとセシルの心配そうな顔が徐々に小さくなっていく。

 椅子に座るよう言われ大人しく従うと、シュリも向かいの椅子に腰かけた。


「気絶していたとき、何か見ましたか?」

「え? 昔の記憶、かな?」

「昔とは?」

「前世の幼い頃……」

「具体的に」


 シュリが事務的に質問していく。その姿は初めて死後の世界で会ったときの姿を彷彿とさせた。お仕事モード、とでもいうのだろうか。

 私は先程見た夢の内容を話した。遊べないことに泣いていてね、と言うと、彼女はなるほど、と呟いた後、私に一つの魔石を手渡した。それはこの世界の虹色のものとは違う、金色の魔石。セシル一家が精界へ帰ったときにシュリが即興で作ったものと同じ色をしていた。


「これをアリスに貸します」

「え? あ、ありがとう……?」

「貸すだけですよ。あげませんからね」


 シュリが念を押すように言った。分かってる、と言うと彼女が溜息を吐いた。


「こんなことになるなら、所有者登録をしておくんでした。……今は代わりにこれを使ってください」

「え? 急に何なの?」


 話の意図が読めず混乱する私に、諭すように言った。


「身体を見て下さい。金色に光っているのが分かりますか?」


 私は自分の身体を見下ろした。薄らと金色のもやを纏っているように見える。これは、暴走したときのような――


「私、暴走を!?」

「いえ、似て非なる物です。過去の記憶が呼び起こされ、それに反応した固有スキルが進化を遂げようとしています」

「進化ぁ!?」

「おや。伝えていませんでしたか?」

「聞いてないっ!」


 声を上げると、シュリが目を泳がせた。これってまた監視役の職務が果たせていないことになるんじゃないの?と彼女をジト目で見つめた。

 シュリは「時間がないので簡単に」と話し始めた。


 固有スキルは次の人生になるべく不満を持たせないようにする措置であるため、前世で叶わなかったことを希望する者が多い。私もその中の一人で、前世の虚弱な身体に不満を持っていた。そこで、神様からの提案とはいえ、私も前世で叶わなかった健康体を希望したのだ。


 固有スキルは思いの強さに応じて能力が上がっていくのだという。これを天界では進化と呼んでいるそうだ。それには前世で感じた悔しさを再び経験したり思い出したりすることによって、強く「こうありたい」と願うことが必要らしい。


「アリスが気絶した後すぐに身体が発光し始めたので、もしや、と思っていました。先程の夢で強く"健康でありたい"と願ったのでしょう」


 ……んなアホな話があるか!と思ったのだが、あるのだろう。だって、目の前に居るのは天使見習いだもの。進化でもなんでも勝手にすればいいよ、と自分の事なのに半ば投げやりになっていると、私を纏う金色のもやが徐々に薄くなっていった。


「どうやら【健康体】の進化が終わったようです。慣れるまで制御が難しくなりますから、今回はこの魔石を持っていてください」


 今は魔力が垂れ流しになっているそうだ。流れ出る魔力を魔石で受け止め、その魔力を取り込むことで固有スキルを発動するらしい。魔石を握りしめると、自然と魔力がみなぎってくる気がした。


「アリスは身体能力の一部が劇的に強化されたはずです。視力を強化して、お母様とミレイユの姿を探しましょう」

「それが進化して得た能力?」

「もちろんです」

「えぇ!? しょぼっ!!」


 進化とか大袈裟なことを言うから期待したのに、まさかその程度とは……

 今のところ何も変化はないように感じるが、本当に大丈夫なんだろうか。些か不安を抱いたが、これに関してはシュリの言葉を信じるしかなかった。


「視力を強化させる際は、双眼鏡を覗くようなイメージをして下さいね」


 双眼鏡って……シュリは本当に地球のことに詳しいな、と呆れつつも頷いた。二人で居間へと戻る。そこには未だ心配した様子のエリックとセシルがいた。


「もう大丈夫。ありがとう」


 二人にそう告げ、窓を開ける。少しでも良く見えるようにギリギリまで身を乗り出した。慌てて止めるエリックの声が聞こえたが、シュリがそれを制止した。


 よし、双眼鏡を覗くイメージ――視力強化!


 ……魔術名をつける必要はないけれど、なんだかしっくりこないな。後でまた考えよう。

 そんなどうでもいいことを考えているうちに、本当に双眼鏡を覗き込んでいるかのように視界が徐々に狭くなると同時に、遠くのものが大きく、更に細部まで見えるようになっていった。

 急な変化に吐き気を催す。どうやら急に視力が良くなると気分が悪くなるようだ。これは精神的なものなのか、視力強化に【健康体】を使っているから治らないのか。

 吐き気に耐えつつ視線を動かしていく。視界が狭いため、見たい場所に上手く視線を合わせることができない。


 徐々に空が赤みを帯び始めた。お母様が出て行ってから、また、ミレイユが再びここを出てから一体どれほど経過したのだろうか。気絶していたため正確な時間が分からなかった。

 焦れば焦る程、視線が合わなくなっていく。慣れていないため魔力の消費も多いようだ。視界が徐々に元に戻り始める中、私の視線は一人の女性を捕えた。


 その瞬間、魔力が切れ、ガクリと身体の力が抜けた――

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