26 新たな情報
その後もセシルは色々と教えてくれたのだが、やはりというか何というか、彼女の所持品は植物等自然のものが殆どだった。似たようなものが多く、私とシュリはその説明に飽き始めていた。一方、エリックだけはそれらに興味を持ったようで、熱心に話を聞いていた。
『この隙に、神様に杖の件を報告しとこうか』
『そうですね』
私達は部屋に居るね、と言って二人でシュリの部屋へと入る。夢中で話し続ける二人の耳に届いたかは不明だが、別に問題はないだろう。
前回同様、シュリが私の額に手をかざして念話を同期する。シュリの声が頭に響いた。
『神、聞こえますか。シュリエルです』
暫しの沈黙の後、神様の声が頭に響いた。
『やあ、シュリエル。杖のことかな?』
『はい』
『勿論見ていたよ。リュシュシエルも見ていたんじゃないかな。よくやったね』
『はい。アリスのおかげです』
シュリが私の腕をつついた。話せ、ということだろう。何度か会話を交わしたとはいえ、神様と話すのはまだまだ緊張する。
『神様、アリスです』
『やあ、アリス。買い取ってくれてありがとう』
『いえ…』
まさか私の人生で神様に感謝される日が来ようとは。神様の声はとても温かく、思わず目頭が熱くなった。
『これでリュシュシエルも安心するだろう。彼女には念話したかい?』
『あ、それはまだ…』
『折を見て念話しておくれ。それと、所有者登録もね』
『所有者登録?』
初めて聞く言葉に首を傾げる。ちらりとシュリを見ると、忘れてた、とでも言うように目を見開き、口元を手で覆っていた。
『それは後でシュリエルに教えてもらうといい』
『はい』
ついでだからと、シュリは神様に細々とした報告を始めた。徐々に魔術の発動が早くなってきている、という自身についてのことを始め、この領の気候は想像していたよりも快適だとか、天界から見ていたときよりも平和に感じるだとか、下界に降り立って分かったことなんかも報告していった。その姿に、これも監視役の職務なのかと感心した。
『他には何かあるかい?』
『いえ……そういえば、アリスのお母様については何か分かりましたか?』
『……あぁ、エレナのことか』
シュリは思い出したかのようにお母様のことを尋ねた。神様も頭から抜けていたようで、この様子だと大したことは分からなかったのだろうと察した。
『そうだね。彼女についてはいくつか分かったことがあるよ』
「ええぇぇぇぇ!?」
予想外の言葉に思わず声を上げてしまった。慌てて口を塞いだものの、時既に遅し。扉の外から「アリス? どうかした?」とエリックの声が聞こえた。慌てて「何でもない!」と返す。シュリにごめん、と両手を合わせると、彼女が小さく溜息を吐いた。
『失礼しました。……それで、分かったこととは?』
『結論から言うと、彼女は転生者だよ』
シュリから可能性として聞いてはいたものの、実際に神様から聞くといまいちピンとこなかった。神様はそんな私に気付くことなく話を続ける。
『でもね、地球からの転生者ではないんだ。つまり、私の担当ではないのさ。』
『担当?』
シュリが"神"と言うから神様はこの世に一人しかいないと思っていたのだが、どうやら違うようだ。シュリに聞くと「私にとっての神はデウス様だけですから」と言われた。次いで「日本でも、社長のことは社長と呼ぶんですよね?そういうことです」とわけの分からないことを言われたが、そもそも社会人経験がほぼ皆無の私に一体何を言っているのか。
ともかく、"神"というのは複数存在するらしい。精霊神もその中の一人だ。詳しいことは話せないらしいが、一人の神が複数の世界を担当し、管理しているそうだ。神様――否、デウス様は少なくとも地球とこの世界の管理者であるのだろう。
つまり、お母様は他の神様の管理下にある世界から、この世界へと転生した。故に、デウス様はお母様の事を把握していなかった。通常、他の神の管理下にある世界に転生させる権限はないそうだが、「精霊神のときと同様、勝手にゲートを開かれたのだろう」とデウス様は言った。神様であるにも関わらず、苦労が絶えないようだ。
『それと、もう一つ。彼女の固有スキルは【治癒】だということが分かったよ』
――治癒、それはお母様を現すのに欠かせない言葉だ。
『エレナが治癒魔術に優れているのは、その固有スキルを持っているからだ』
デウス様の言葉で、すとんと腑に落ちた。その類い稀なる治癒魔術の才能も、お母様が治癒魔術を使う際にマナが出ていたのも、それ自体が固有スキルだからだ。固有スキルはその個人に限られた能力であり、他より突出した才能である。
……と、いうことは――?
『アリスに治癒魔術の適性がないのは、これが理由だよ』
『うぅっ……』
私は項垂れた。固有スキルは遺伝しないのだ。シュリが落ち込む私の肩をポンッと叩き、「【健康体】があるからいいじゃないですか」と言ったが、そういう問題ではない。もう諦めていたとはいえ、確定するとこみ上げてくるものがあるのだ。
そもそも、神様は私に適性がないって知ってたんだね……
『お母様は、何故【治癒】を望んだのでしょう……?』
『それは当人のみぞ知ることだよ。私たちも心の中までは分からないからね』
そうなんだ、と呟くとデウス様が言葉を続けた。
『けれど、予想することはできるだろう?』
その言葉にハッとした。シュリを見ると「きっと前世でも優しいお方だったんでしょうね」と微笑んでくれた。彼女のふいに出てくる年上感は嫌いじゃない。私はそうだね、と頷いた。
神様との念話を終えたため、早速杖の所有者登録をしよう、と言ったところ「疲れることが目に見えています。後日にしましょう」と断られてしまった。リュシュシエル様の性格上早く終わらせた方がいいと思うのだが、シュリはやる気が出ないらしい。私だけでは方法も分からないため、今日は諦めるしかなかった。
シュリと二人で居間へ戻ると、エリックとセシルは未だ話を続けていた。こんもり積みあがっていた山は、半分以下にまで減っている。
「そろそろお母様とミレイユが戻ってくるかもよ」
「おお、そうだな。じゃあ最後に……これ!」
エリックが物の山を掻き分け、その先にあった透明な球を指さした。水晶のようなその球体は私の拳ほどの大きさで、光を反射しキラキラと輝いていた。その美しさに目を惹かれ、最後なら一緒に聞くか、と近くの椅子に腰かける。
「えーっと、これはね! ……あれ? 何も出てこないや」
「今までそんなことなかったのに、どうしたんだ?」
「あたしの鑑定も万能じゃないからね! 見えないものもあるんだよ!」
「そういうもんなのか」
最後だと意気込んでいただけに、エリックは気が抜けてしまったようだ。私も少しがっかりした。セシルはうーん、と首を傾げている。
「こんなもの、どこで拾ったんだろ?」
セシルは暫し考えた後、諦めたのか「分かんないから仕舞うねー!」と言うと、瞬時にその球を消した。残っていたものも全て片付け、「これでいつ戻って来ても大丈夫だね!」と笑う。
ソファに座ると、エリックが「オレも【鑑定】欲しいな」と呟いた。
「エリックは研究者とか向いてそうだよね」
「おっ、それいいな」
エリックは根性もある。先程は思っただけであったが、口にすると何だか実現しそうな気がした。
「そしたらさ! あたしが助手になって色々手伝ってあげるよ!」
「頼むぞ、相棒!」
セシルが楽しそうに飛び回り始めたが、一体彼女はいつまでこの世界にいるつもりなのだろうか。自分が禊の最中だと忘れてるんじゃなかろうか…。
そんな事を考えつつ寛いでいると、居間の扉が開いた。
「お帰りなさい! ……あれ? 一人?」
駆け寄ろうと立ち上がったが、その場で足を止めた。そこに居たのは、ミレイユ一人だけだった。
「ただいま。そうだけど……もしかして、エレナさん戻って来てないの?」
彼女が目を丸くした。その言葉にコクリと頷く。
「まだ居るなら一緒に戻ろうかと思って探したけど、見つけられなかったんだよ。だから、もう戻ってるんだと思ってた」
彼女の言葉に、何故だか胸騒ぎがした。お母様の身に何かあったら…なんて物騒なことが頭をよぎる。居ても立ってもいられず、その場から走り出した。
「私が探しに――」
通り過ぎる私の腕を、ミレイユが掴んだ。
「待って。私が行くから」
「でも……」
「任せてよ! 頼りないかもしれないけど」
ミレイユが苦笑いした。首を左右に振ると「大丈夫だよ」と私の頭を撫で、直ぐに部屋から出て行った。
彼女を信用していないわけじゃない。でも、私にはじっと待つことはできそうになかった。何かこの部屋で出来ることはないか、と必死に頭を回転させる。
「ねぇ、セシルは気配感知できる?」
私の頭の中に、一筋の光が差した。以前、セシル父が森で「今のところ危険な気配は察知していません」と言っていたのを思い出したのだ。それ以上にすごい魔術を次々披露されすっかり忘れていたのだが、もしかしたら――
期待を込めて彼女を見ると、ばつが悪そうに俯いた。
「アリスぅ、ごめん。それはパパのスキルなんだ…」
「そっか…」
私は肩を落とした。勝手に期待して勝手に落ち込むなんて自分勝手もいいところだが、そんなことを考える余裕はなかった。そんな私を慰めるかのように、肩に手の温もりを感じた。振り向くと、シュリがにこやかな顔で私を見ていた。
「……なによ」
「私が、気配感知ができると言ったのをお忘れですか?」
「そんな事言った?」
「ひどいです! ここに来たばかりの時に言いました!」
ふぅん、とシュリを訝しげに見ると、エリックが「前に言ってた特別な魔術か!?」と食いついてきた。そんな話したかな?と首を傾げていると、シュリがやれやれ、と言った様子で肩をすくめた。
「まぁ、それはどうでも良いです。気配感知、始めますよ」
シュリはそう言うと全身に金色のもやを纏わせた。背後にはうっすらと翼が見えている。いつかも見たその姿はとても神々しかった。シュリが手を動かすと、それに追随するように金色の粒子――マナが弧を描いていく。
「―――――――」
シュリが耳馴染みのない言葉を発した。エリックにはどこまで見えているのだろうか。ちらりと彼を一瞥すると、真剣な眼差しで彼女を見ていた。