25 セシルの能力
ウェルリオでの用事は全て済んだため、明日はお父様のいる中央へと向かうことになっている。そこでお父様に会えるかは未定だが、中央を観光するのだ。初めての場所に今から心が躍る。
どんなとこだろうね、と話していると、ミレイユがおもむろに立ち上がった。
「私も支部に顔出してこようかな。皆はここに居てね」
「はーい」
ミレイユが部屋から出て行くと、すかざすお気楽な声が響いた。
「やーっと皆と話せるよ! ねーねー! あたし、寂しかったんだから!」
セシルは私たちの頭上をくるりと一周した。至る所をぶんぶん飛び回り始終ご機嫌のように見えたが、やはり会話ができないのは寂しかったようだ。
「あたしも学園について行けるんだよね!? 楽しみだなー! 昔を思い出すよ!」
「セシルも学校に通ってたの?」
「もちろん! 楽しかったなー!」
どこの世界にも学校ってあるもんなんだな、と妙に感心していると、エリックの声が聞こえた。
「学校に通ってたのが昔って、セシルは何歳なんだ?」
「それ、乙女に聞くー!?」
セシルはテーブルに降り立つと、両手を腰に当て頬をぷくっと膨らませた。年齢の話題がタブーなのはどの世界も共通のようだが、実のところ私も気になっていた。教えてよ、と言うとしぶしぶながらも教えてくれた。
「150歳……」
「ひゃくごじゅう!? セシルっておばーちゃんだったのか!」
エリックが素で驚くと、セシルは「おばーちゃんじゃないもん!」と顔を真っ赤にして彼の頭をポカポカと叩いた。痛てぇよ、と言うエリックを無視してちらりとシュリに目を向けると、我関せず、といった様子で紅茶を飲んでいた。これが200歳の余裕か、と感心していると、それが伝わったのかキッと睨まれてしまった。年齢のことになるとシュリは怖い。
「妖精の150歳は、まだまだ若いんだからね!」
セシル曰く、妖精の成長は100歳を境に一旦止まるらしい。それから500歳位までそのままで、その後ゆっくりと老化が進むのだそうだ。一家全員が同年代に見えたのも納得だ。
そんな話は前世でも聞いたことがあった。勿論空想の話であるが、当たらずと雖も遠からず、と感心した。……空想といえば、気になっていたことがあった。
「ねぇねぇ、セシルはエルフって知ってる?」
「勿論知ってるよ! 精界にはエルフ族とドワーフ族もいるよ!」
「えぇ! そうなの!?」
エルフのみならず、ドワーフも存在していたとは。この世界では見聞きしないなと思っていたが、精界にいるのなら納得だ。妖精とエルフとドワーフの住む世界――そこは、ファンタジー感溢れる魅力的な世界に思えた。
「エルフとドワーフも小さいの?」
「うーん、妖精よりは大きいけど、人間よりは小さいかな!」
「なるほど」
……さっぱり分からん!
それぞれの特徴も聞いたが、エルフは妖精と同じ耳をしており、ドワーフは体毛が濃い者が多い、ということしか分からなかった。エルフはともかく、ドワーフに関しては特徴というより個性ではなかろうか…。ともかく、どちらも見た目は人間とさほど変わらないようだ。
「長老からはね、耳が丸いのが人間だって教わったんだ! だから、アリスを見てすぐに人間だ!って気付いたんだよ!」
「ふぅん。長老は妖精なの?」
「そうだよ! 妖精族は長生きだから、長老は代々妖精族が継いでるんだ!」
なるほど、と一つ頷く。
「精界では長老が一番偉いの?」
「あったり前じゃん! でも信仰してるのは精霊神様だよ!」
「あぁ、あの時の。そんなに偉い方が祀られてるところで遊ぶなんて、本当に罰当たりだよねぇ……」
私はセシルがこの世界に来た経緯を思い出していた。彼女は真っ赤な顔を両手で隠して「知らなかったんだもん!」と言っているが、非常識以外の何者でもないと思う。
「ねぇ、長老はどうして人間に詳しいの? 会ったことでもあるの?」
「んーとね、昔、人間だったんだって!」
「え!?」
「ぜんせ、ってやつが人間だったって言ってた! そんなの分かんないって言ったら、昔のようなものだって教えてくれたんだ!」
つまり、前世が人間で現世が妖精。しかも前世が人間だったことを覚えている。と、いうことは――。
『シュリ。この長老って私と同じ記憶持ちの転生者かな?』
『おそらく、そうでしょうね』
記憶持ちの転生者は数百年間いないと聞いていたため、実在しているなんて思ってもいなかった。だが、長寿の妖精であれば生きていても疑問はない。
転生する際、何に転生したいかという希望はある程度聞いてもらえる。私も性別を指定したのだからそれは間違いないだろう。人間以外に転生するなんて考えもしなかったため、その柔軟な思考に驚いた。
「なぁなぁ、えふるとか、どわーふとかって一体何なんだよ。なんでアリスがそんな事知ってんだ?」
随分前から頭にはてなマークを浮かべていたエリックが、遂に口を開いた。それに気付いてはいたものの、説明が面倒なため無視していたのだ。どう説明しようかと考えていると、セシルの弾んだ声が聞こえた。
「精界のことはあたしにお任せー!」
そう言うとセシルは精界のことを話してくれた。
エルフもドワーフも厳密には妖精の一種であるらしい。その見た目の違いから、種族として分類しているそうだ。精界には他にもクー・シーという妖精犬や、ケット・シーという妖精猫なんかもいるらしい。彼女の説明から犬と猫を想像しただけであるため、これが合っているかは不明だが。
「エルフ族とドワーフ族はあんまり仲が良くないから、仲を取り持つのもあたしたち妖精族の役目なんだ!」
「へー! 面白いな!」
エリックは初めて聞く話に目を輝かせていた。セシルのおかげで、何故私が知っているのかという疑問からは話を逸らすことができたようだ。座学が得意なことからも分かるように、エリックは頭がいい。そして知的好奇心が旺盛なのだ。セシルと話す姿から、何となく研究者や学者に向いていそうだと感じた。
「暇だね」
「暇だな」
「暇ですね」
「暇すぎるよー!」
セシルの話を聞き終えた私たちは、暇を持て余していた。ミレイユにここに居るように、と言われているため外には出られない。神様とリュシュシエル様に杖を手に入れたことを伝えようにも、エリックとセシルが居ると念話に集中できそうにもない。というより、その過程をリュシュシエル様は見ていたはずだ。それにも関わらずシュリに念話がないということは、今はしない方が良いのだろうと察した。
「セシル、何か面白い魔術見せてよ」
「えー! そんな無茶な事言わないでよ!」
あっさり却下され、ちぇっ、と呟く。
「それじゃあ、アイテムボックスに珍しいもの入ってないの?」
「うーん。あたしにとっては普通のものばっかりだからなー」
確かに彼女の言うことはもっともだ。しかし、いい暇つぶしになりそうなものを逃すわけにはいかないのである。
「何でもいいから出してみて」
「うーん」
セシルは困った顔をしつつ、適当にぽいぽいと空間から物を取り出していった。それらが徐々に積み上げられていく様子を、私たちはただじっと見ていた。
「ちょ、ちょっと! ストップ!」
「ほぇ?」
「こんなに出さなくていいから! 手を止めて!」
もう終わりかな、もう終わるよね、と思っているうちに、いつの間にか広い居間の一角にはこんもりと3つの山ができていた。彼女の様子から、私が止めなければ未だ手を止めなかったであろうことは容易に想像できる。
改めて積み上げられた山を見て、私は顔を引き攣らせた。私は彼女を見くびっていたようだ。アイテムボックスといえど、妖精が所有するものなのだ。さほど入らないだろうと勝手に思い込んでいた。
「ねぇ……セシルのアイテムボックスにはどれだけ入るの?」
「うーん、限界まで入れたことないから分かんないよ!」
彼女は何でもない事のように平然と答えた。
……どうやら私の周囲のチートがまた一人増えたようである。
「まぁ、せっかくだから見てみようぜ」
急に静かになった私に代わり、エリックが仕切り直した。明らかにガラクタっぽいものやセシルの服なんかは仕舞ってもらい、興味をそそる物だけを残していく。それでも山一つ分は残った。
セシルの所持品は精界から持ってきたものであるため、当然と言えばそうなのだが、初めて目にするものばかりだった。彼女は木の実が好きなようで、様々な植物の実を所持していた。以前、この世界の木の実に興味を持ったのもそういうことか、と納得した。大量の麻袋に入れられた木の実を、一つ一つ説明していく。
「この袋に入ってるのはラスの実でねー、炙って食べると美味しいんだー! この袋はコルンの実で、煎じて飲むと元気になるよ! こっちはマイリナの実で、魔力を流すと使い捨ての魔石になるの!」
「へぇ、詳しいね。これ全部覚えてるの?」
すらすらと説明する姿に感心して聞いただけであったが、セシルがよくぞ聞いてくれました、と言わんばかりにぺたんこの胸を張った。
「あたしが持ってるスキルは【鑑定】なんだ!」
「鑑定……? って、あの!?」
その意味を察した瞬間、私は目を輝かせた。転移魔術といいアイテムボックスといい、この妖精は私の興味関心をくすぐるのが上手い。…私が勝手に興味を持っているだけだが。興奮が抑えきれず、セシルの小さな両手を取り上下にぶんぶん振った。
「セシル! あんたすごすぎでしょ! 鑑定ってなにそれ! やばすぎ!」
私の口調が少々変わってしまうのも、致し方ないことである。これには彼女も上機嫌で「でしょでしょ! もっと褒めて!」と飛び跳ねた。
この【鑑定】を持つ者は珍しいようで、精界ではこれを活かして研究者の助手をしていたそうだ。「助手っていっても、頼まれたものを探して持ってくるだけなんだけどね!」とセシルは言ったが、彼女の意外な一面を知った気分だ。
「なぁなぁ、鑑定って何だよ?」
再び知らない言葉が出てきたことにムッとしつつ、エリックが訊ねた。セシルが得意気に話し始める。
「妖精の持つスキルの一つでね、色んなものの説明が見えるんだー!」
「へぇー! すげーな!」
「でしょでしょー!」
「ほーんと! セシルすごーい!」
私達が騒ぎ立てる隣で、シュリは口をあんぐり開けていた。
『シュリ、天界に【鑑定】はないの?』
『ありますよ。……ですが、それが使えるのは天使以上の者だけなのです。見習いである私には使えません。まさかセシルに負けているとは……』
彼女は別の意味で驚いているようだ。私は、知れば知るほど妖精も天使もチートだなぁ、と遠い目をするしかなかった。